第70話 第二次仮出向組が発表されましたけれど、どうやら今回は「行く側」へ入ったようですわね
第二次仮出向組の発表当日、朝の準騎士宿舎は妙に静かだった。
誰も騒がない。
だが、落ち着いているわけでもない。
音が少ないのは、たぶん皆が自分の中で言葉を使いすぎているからだろう。
外へ出るか。
まだ残るか。
その違いは、もう三年次に入った今では単なる順番以上の意味を持つ。
最初の仮出向組が抜けたあと、残る側の三年は“足りない形で質を落としすぎない”訓練を積んだ。
戻ってきた者たちは、少しだけ“外”の匂いを纏っていた。
その差も見た。
その差が、どこから来るのかも少し見えた。
だから今は、ただ怖いのではない。
行けば何が削られるのか。
何が足りないままだと危ういのか。
それが少し分かるからこそ、重いのだ。
レオンが宿舎の廊下で言った。
「嫌だな」
「ええ」
私は頷く。
「かなり」
「お前、最近それしか言わないな」
「他に適切な言葉がありますの?」
イリーナが壁にもたれたまま言う。
「ないわね」
カイルは少しだけ遅れて来て、短く言った。
「考えても、増えるのは嫌さだけだ」
かなり正しい。
だから私は、その言葉にただ頷いた。
広場の空気は、第一次仮出向組の時よりさらに静かだった。
理由は単純だろう。
一度目は、まだ“最初の選抜”だった。
二度目は違う。
最初の組が出て、戻り、差も見えたあとでの選抜だ。
つまり今回は、想像で怖がるのではない。
見た上で、行くかもしれない。
それが重い。
主教官の後ろには、今回も王国騎士団の者が立っていた。
しかも前回より人数が多い。
それだけで、妙に現実味が増す。
準王国騎士団服の上からでも分かる。
向こうの制服は、同じ騎士でもやはり違う。
学校の延長ではない。
王国の側の服だ。
主教官が前へ出る。
「第二次仮出向組を発表する」
それだけで十分だった。
名が呼ばれていく。
一人。
また一人。
広場は静かだ。
だが、一つ名が呼ばれるたび、空気が薄く切れていく。
レオンは呼ばれなかった。
イリーナも。
カイルも。
そして。
「ルクレツィア・フォン・ヴァルツェン」
「はい」
私は、自分の名が呼ばれた瞬間、驚かなかった。
少しだけ、驚かなかったことに驚いた。
前へ出る。
礼。
顔を上げる。
主教官の目は、いつも通り厳しい。
だが、そこに余計な感情はない。
「第二次仮出向組へ編入する」
「はい」
「三か月、王国騎士団で実地訓練に当たれ」
「はい」
それだけだった。
だが十分だった。
私は下がりながら、自分の呼吸が思ったより静かなことに気づいた。
……どうやら今回は、「行く側」へ入ったようですわね。
広場の空気は、第一次の時と同じようでいて少し違った。
前は、呼ばれなかった側の安堵と悔しさが濃かった。
今は、それに加えて“見た上で行く者”と“見た上でまだ残る者”の差がある。
その差は、少しだけ深い。
主教官は、発表のあとすぐに言った。
「勘違いするな」
広場が静まる。
「第二次で呼ばれたからといって、第一次より上ということではない」
よろしい。
そこは言いますわよね。
「第一次は、その時点で最もましに回る配置だった」
「第二次は、今の形で最もましに回る配置だ」
その言葉は重かった。
つまり、今回呼ばれたことは単純な順位の話ではない。
残る側として積んだ時間込みで、今ここで切られた、ということだ。
主教官は続ける。
「行く者は、見た差を埋めに行け」
「残る者は、見た差を埋めるための位置をまだ積め」
短い。
だが、あまりにも正しい。
解散後、広場の端でレオンが言った。
「呼ばれたな」
「ええ」
「おめでとう、でいいのか分からん」
私は少しだけ考えた。
その迷いは、かなり分かる。
嬉しいだけの話ではない。
怖くないわけでもない。
だが、呼ばれた以上は行く。
ならば、言葉は一つでよいのかもしれない。
「ありがとうございます」
そう答えると、レオンは少しだけ苦笑した。
「まあ、そうだよな」
イリーナが私を見る。
その目は、悔しさもあるが、それだけではなかった。
「行くのね」
「ええ」
「そう」
それだけ言って、彼女は小さく息を吐いた。
「悔しいわね」
「ええ」
「でも、納得もする」
私はそちらを見た。
それが一番重い言葉だった。
納得もする。
そう言われると、嬉しいより先に背が伸びる。
適当に行けない。
そういう意味で。
カイルはいつも通り静かだった。
だが、最後に短く言った。
「向こうを見てこい」
「ええ」
「戻ったら、削れたものをちゃんと見せろ」
その言葉に、私は少しだけ目を細めた。
よろしい。
かなりよろしい送り方ですわね。
その日の午後、第二次仮出向組には別枠の説明が入った。
行き先。
期間。
持ち物。
報告系統。
準騎士宿舎からの移動日程。
そして、仮出向先の騎士団。
私はそこで、自分の行き先を知った。
第八騎士団。
近衛ではない。
辺境警備でもない。
王都の奥でも、最果てでもない。
だが、実務の密度は高いと説明された。
なるほど。
かなり嫌ですわね。
いや、嫌というより、気が引き締まる。
第1騎士団から第13騎士団まで。
身分に関係なく配属される。
それを頭では知っていた。
だが、実際に「第八騎士団」と具体的に言われると、一気に輪郭が出る。
王国騎士団は抽象ではない。
実在する配置だ。
実在する上官がいて、実在する任務があり、実在する失敗がある。
そこへ三か月、出る。
説明の最後に、王国騎士団から来ていた士官が言った。
「学校で許される迷いは、向こうでは許されない場面がある」
広場が静まる。
「だが、学校で積んだものが無意味になるわけでもない」
「向こうで削られるのは、“学校でしか通らない余計な部分”だ」
私はその言葉を、かなり真面目に受け取った。
ええ。
そうですわよね。
向こうへ行って別人になるわけではない。
学校で積んだもののうち、要らないものが削られる。
戻ってきた第一次仮出向組が纏っていた“外の匂い”は、その結果だったのだろう。
説明を終えて準騎士宿舎へ戻る道すがら、私は少しだけ考えていた。
怖くないわけではない。
だが、嫌なだけでもない。
第一次仮出向組を見て、差を知った。
残る側として、その差を埋める訓練もした。
そのうえで今回呼ばれた。
ならば、行く理由は十分だ。
夜、荷を整えていると、イリーナが来た。
「入っても?」
「ええ」
彼女は部屋へ入り、壁にもたれた。
「少しだけ顔を見に来た」
「わたくしの?」
「そう」
「かなり光栄ですわね」
「そういうのいいから」
だが、その言い方はそこまで刺々しくなかった。
「……平気そうね」
私は少しだけ考えた。
「平気、ではありませんわ」
「でしょうね」
「ですが、行くと決まれば、そのつもりになりますもの」
イリーナは小さく頷いた。
「そこは、あんたらしいわ」
「褒めておりますの?」
「少しだけ」
それで十分だった。
彼女は帰り際、短く言った。
「戻ってきたら、何が削れたかちゃんと見せなさいよ」
「ええ」
「見せびらかせ、じゃないわよ」
「分かっておりますわ」
「ならいい」
入れ違いにレオンも来た。
「忙しい部屋だな」
「本当ですわね」
彼は苦笑し、それから少しだけ真顔になった。
「なあ」
「何かしら」
「お前が呼ばれたの、悔しくないわけじゃない」
「ええ」
「でも、それ以上に“行ってこい”って感じなんだよ」
私はその言葉を、少しだけ大事に受け取った。
「ありがとうございます」
「だから戻ってきたら、ちゃんと差を持ってこいよ」
「ええ」
「俺たちが嫌になるくらいにな」
それは、かなり良い送られ方だった。
最後にカイルが来た。
本当に短く。
「荷は」
「整っておりますわ」
「そうか」
「ええ」
「じゃあ、向こうで余計なものだけ削ってこい」
私は少しだけ笑いそうになった。
「善処いたしますわ」
「それでいい」
その夜、私は記録帳を開いた。
第二次仮出向組に選ばれた。
わたくしは入った。
少し驚かなかった。
そのことに少し驚いた。
行き先は第八騎士団。
具体的な行き先が与えられると、王国騎士団は抽象ではなくなる。
怖くないわけではない。
だが、見てきた差を埋めに行くのだと思えば、筋は通る。
そこまで書いて、少しだけ手を止めた。
それから最後に、一行だけ静かに足した。
どうやら今回は、“まだ行かない側”ではなく、“見た差を自分で確かめに行く側”へ入ったようですわね。
……かなり重いですけれど、悪くありませんわ。
私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を軽く撫でた。
よろしい。
次は外だ。
ならば、見て、削られて、戻ってくればいい。
それだけの話である。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、第二次仮出向組の選抜でついに“行く側”へ入ることになり、第一次仮出向組に見た静かな差を自らの身体で確かめに行くため、準王国騎士団服の重さを改めて受け止めながら、第八騎士団への三か月へ向けて静かに荷を整え始めるのだった。




