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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第69話 第二次仮出向組の選抜が近づく頃には、残る側の三年も“待つ者”ではなく“次に出る者”の顔へ寄っていきますわね

 最初の仮出向組が戻ってきてからというもの、三年次前期課程の空気はまた少し変わっていた。


 最初は、ただ差が見えた。


 同じ準王国騎士団服でも、帰ってきた者たちは少しだけ“外”の匂いがした。

 余計な力が削れ、言葉が短くなり、視線の置き方が静かになっていた。


 それを見た瞬間の感情は、たぶん三年全員ほとんど同じだっただろう。


 悔しい。

 そして、納得する。


 その二つである。


 だが、悔しいままで訓練は止まらない。

 納得しただけでも意味は薄い。

 ならば、その差をどう埋めるか。

 何を削り、何を残すか。

 そこへ向かうしかない。


 つまり、次だ。


 第二次仮出向組の選抜。


 まだ正式発表はない。

 だが、近い。


 それは誰も明言しないまま、三年生たちの間に薄く共有されていた。


 準騎士宿舎の朝も少し変わる。

 声が減るわけではない。

 だが、浮いた軽口が減る。

 その代わり、短く確認する声が増える。


「今日は騎馬前提の歩兵連携だったな」

「ええ」

「戻ってきた組が教導に入るらしい」

「そう聞いておりますわ」


 そういう会話だ。


 レオンは前より朝に無駄な文句を言わなくなった。

 言わないわけではない。

 だが、昔のように“嫌だ嫌だ”で流す感じではなくなった。


「嫌だな」

「ええ」

「でも、今日は昨日よりましにしたい」


 そういう言い方になった。


 かなり良い変化だった。


 イリーナはもっと分かりやすい。

 もともと口数は多くない。

 だが今は、その少ない言葉の中に“次は外されない”が混じるようになっている。


 カイルは相変わらず静かだ。

 静かだが、前より視線が遠い。

 たぶん、今見ているのが目の前の訓練だけではなくなったのだろう。


 そして私は、自分の中に少し奇妙な静けさが生まれているのを感じていた。


 最初の仮出向組に入らなかった時の、あの少しの安堵と少しの悔しさ。

 それは、まだ残っている。

 だが、その形はもう変わっていた。


 今はただ、


 次はどう見られるか。


 それが静かに前へ出ていた。


 主教官は、そういう三年生の空気を当然見抜いているのだろう。

 ある日の訓練開始前、全体へ向けてこう言った。


「三年」


 広場が静まる。


「次の選抜を意識するなとは言わん」


 その一言で、全員の背が少しだけ固くなる。

 だが主教官はそこで止めない。


「だが、選ばれる顔を作ろうとするな」


 深い。


 かなり深いですわね。


「選ばれる顔を作る者は、だいたい中身が薄い」

「選ばれる位置を取り続ける者だけが、最後に残る」


 それは耳に痛かった。

 だが、痛いからこそ正しい。


 私たちは今、どうしても“次の組に入りたいか、入りたくないか”で揺れる。

 だが、それに気を取られすぎると、訓練の中身が濁る。


 必要なのは、外へ出して壊れにくいと見られる位置を、一つずつ積み上げること。

 願望を顔へ出すことではない。


 その日の総合訓練は、かなり厳しかった。


 戻ってきた仮出向組が三年側へ入り、残留組と混ぜて、小隊単位での複合訓練を回す。

 歩兵前提。

 槍。

 弓想定。

 地形変換。

 途中で二年へ役を渡し、また取り戻す。


 つまり、“教える”“支える”“通す”“拾う”を全部やる。


 しかも、その全部が“次の選抜を見ている目”の前で行われる。


 嫌ですわね。


 かなり嫌ですわね。


 私の組には、戻ってきた仮出向組からハルトヴィヒが入り、二年生が五人、残留三年が私とレオンだった。


 これは、かなり露骨な編成だった。


 見る気ですわね。

 かなり。


 ハルトヴィヒは最初に一言だけ言った。


「今日は俺が教えるんじゃない」


 私とレオンが彼を見る。


「見てる」

「……ええ」

「回せ。崩れたらその時に言う」


 それだけだった。

 だが、十分すぎるほど重い。


 レオンが小さく言う。


「最悪だな」


「ええ」


 私は頷いた。


「かなり」


 訓練が始まる。


 二年生は、当然まだ粗い。

 前へ出る。

 遅れる。

 言葉を待つ。

 横を見ない。

 自分だけ整おうとする。


 そして私たちは、その粗さに慣れすぎてもいけないし、いちいち全部へ反応しすぎてもいけない。


 ここで見られているのは、たぶん単純な上手さではない。


 粗いものを、どこまで質を落としすぎずに通せるか。

 しかも、自分が目立ちすぎず。

 だが責任は逃がさず。


 そこだ。


「前二人、そのまま」

「右、詰めすぎない」

「後ろ、待たなくていい、流れなさい」

「今のは切らない」


 私は言葉を削りながら、二年の視線を前から横へ誘導する。

 レオンは前の二人の圧を受け持つ。

 今の彼は、前よりずっと“自分が出る前に隣を生かす”が出来る。


 良い。

 かなり良いですわね。


 途中、二年の一人が横の遅れに焦れて前へ出すぎた。

 去年の私なら、たぶん自分でそこへ入って片づけていた。


 だが今は違う。


 私は半歩だけ位置を変えた。

 その視界へ、自分の肩と剣の位置を置く。

 言葉は一つだけ。


「そこは、あなたが詰めなくてよろしいですわ」


 二年生は一瞬だけ止まり、悔しそうに唇を引いた。

 だが、そのまま踏みとどまる。


 よろしい。


 その悔しさごと、かなり良いですわね。


 そこへ、訓練を見ていたハルトヴィヒが初めて口を開いた。


「今のは悪くない」


 私はそちらを見ない。

 だが、耳は拾う。


「だがヴァルツェン」

「はい」

「止めたあとを見ろ」

「……ええ」

「止められた二年が、そのあと何を見失ったかまで拾え」


 深い。


 かなり深いですわね。


 私はそこで理解した。


 ただ崩れを止めるだけでは足りない。

 止めたあと、その者の中でどこが空くのかまで見なければならない。


 前へ出すぎる者を止めた。

 だが、止められたことで今度は判断が固くなるかもしれない。

 なら、その次に何を見せるかまでいる。


 教導とは本当に面倒だ。

 だが、面倒だからこそ深い。


 午前の終盤、主教官が全体を止めて言った。


「三年」


 広場が静まる。


「次の選抜を意識している顔が増えたな」


 誰も返さない。

 返せない。


「悪いとは言わん。だが、その顔で二年を見るな」

「見られていることを意識するなとは言わん。だが、“見られる自分”を作って二年へ教えるな」


 その言葉は痛かった。


 かなり。


 だが、痛いからこそ私は少しだけ安心もした。


 ああ。

 この揺れは、自分たちだけではないのですわね。


 三年全体が、第二次仮出向組の選抜を前にして、少しずつ顔を作りたくなる。

 そこを主教官は、最初から分かったうえで切っている。


 ならば、やるべきことは単純だ。


 作るな。

 積め。


 それだけである。


 昼休憩。

 レオンが地面へ座りそうになって、途中でやめた。

 その癖はかなり三年らしくなったが、まだ少し面白い。


「さっきの主教官の言葉、刺さったな」


「ええ」


「俺、ちょっと格好つけてたかもしれん」


 私は少しだけ笑いそうになった。


「少しでしたの?」


「お前、そういうところ容赦ないよな」


 イリーナが水筒を持ったまま言う。


「でも分かる。私も、“次に入るならこう見られたい”が少し出てた」


 カイルが静かに言う。


「出るのは仕方ない」

「ええ」

「でも、そのまま訓練に混ぜるなってことだろ」


 その通りだった。


 私はそこで、一つだけはっきり理解した。


 第二次仮出向組の選抜が近づく頃には、残る側の三年も“待つ者”ではなく“次に出る者”の顔へ寄っていく。


 それ自体は自然だ。

 だが、その自然さをそのまま出してはいけない。

 出すなら、訓練の中身へ変えなければならない。


 そういう段階なのだ。


 午後の訓練では、それを少し意識した。


 よく見られようとしない。

 代わりに、昨日より一つだけ粗を減らす。

 二年の詰まりを、言葉ではなく位置で一つ早く拾う。

 レオンとの役割の境目を、半歩だけ滑らかにする。

 ハルトヴィヒの視線が外れた時でも、質を落としすぎない。


 そういうことだ。


 派手さはない。

 だが、終わった時に自分の中で一つだけ分かった。


 今日は、少しだけ昨日よりましだった。


 それで十分だ。


 訓練の終わり、ハルトヴィヒが短く言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「午前より、午後の方が良かった」


「ありがとうございます」


「理由は分かるか」


 私は一拍置いて答える。


「見られる顔を作るのをやめて、粗を一つ減らす方へ寄せましたの」


 ハルトヴィヒはわずかに口元を動かした。


「そうだ。次の選抜に要るのは、そっちだ」


 それだけだった。

 だが十分だった。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 第二次仮出向組の選抜が近づいている。

 そのせいか、残る側の三年も少しずつ“次に出る者”の顔へ寄る。

 だが、その顔を訓練へ混ぜると質が濁る。

 見られる自分を作るのではなく、昨日より粗を一つ減らすこと。

 それが結局、一番ましな積み方ですわね。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら次の選抜前に必要なのは、“選ばれそうな顔”ではなく、“選ばれても壊れにくい位置を淡々と積んだ顔”のようですわね。


 ……かなり面倒で、かなり良いですわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を軽く払った。


 よろしい。


 次が来るなら来る。

 来ないなら、まだ積む。


 どちらであっても、やることは同じなのだろう。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、第二次仮出向組の選抜が近づく中で、自分もまた“待つ者”から“次に出るかもしれない者”へ静かに変わりつつあることを自覚しながら、その揺れを訓練の中身へ変えるために、また一段だけ自分の粗を削っていくのだった。

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