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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第68話 最初の仮出向組が戻ってきましたけれど、同じ準王国騎士団服でも、帰ってきた方々は少しだけ“外”の匂いがしますわね

 最初の仮出向組が出てから、一か月と少し。


 三年次前期課程の空気は、最初に比べてかなり落ち着いていた。


 もちろん、楽になったわけではない。

 人数が減った分の圧はそのままある。

 二年を見ながら、自分も崩れず、しかも次の仮出向組の候補として見られ続ける。


 つまり、緩む理由は一つもない。


 だが、“足りない形”そのものには、少しずつ慣れてきた。


 慣れるというのは、鈍ることではない。

 前なら崩れていたところで、今は崩れ方が少しましになる。

 言葉が一つ減る。

 位置が半歩よくなる。

 視線の置き方が少しだけ自然になる。


 そういう意味での慣れだ。


 私はそれを、悪くないことだと思っていた。


 その日の朝も、準騎士宿舎から訓練場へ向かう途中で、レオンがぼそりと言った。


「最近、やっと回るようになってきたな」


「ええ」


 私は頷く。


「かなり」


「仮出向組が抜けた直後は、本気で嫌だった」


「今も嫌ではありますわ」


「そこは変わらないのか」


「嫌なものは嫌ですもの」


 イリーナが横で小さく息を吐く。


「でも、前ほど“足りない”に振り回されなくなったのよね」


 かなり正しかった。


 カイルも静かに言う。


「足りない前提で位置を取るようになった」


「ええ」


 その通りだ。


 だからこそ、その日の空気の変化は、すぐに分かった。


 広場へ近づく前から、何かが違う。


 ざわめきではない。

 浮き立っているわけでもない。

 だが、三年生の間にうっすらとした張りがある。


 私は自然と目を細めた。


 ……戻るのですわね。


 広場へ出ると、すぐに分かった。


 最初の仮出向組が戻ってきていた。


 準王国騎士団服。

 それ自体は同じだ。

 色も形も、見た目だけなら私たちと大きく違わない。


 だが。


 少しだけ、違う。


 立ち方か。

 視線か。

 あるいは、声を出す前の沈黙か。


 上手く言葉にしにくい。

 だが確実に、向こうで何かを見てきた者の気配がある。


 私はそれを見た瞬間、無意識に少しだけ息を止めていた。


 同じ準王国騎士団服でも、帰ってきた方々は少しだけ“外”の匂いがしますわね。


 それは、格好良いというのとも少し違う。

 怖い、でもない。

 もっと静かな違いだ。


 レオンが小声で言う。


「……違うな」


「ええ」


 私は頷く。


「かなり」


「何が違う」


 その問いに、私は少し考えた。

 だが、すぐには言葉にならなかった。


 代わりにイリーナが低く言う。


「余計な力が減ってる」


 カイルが続ける。


「あと、“見てる範囲”が広い」


 その二つは、かなり本質に近かった。


 たぶんそうだ。

 しかも、それだけではない。


 “ここでならこれでいい”という甘さが、さらに薄くなっている。


 つまり、学校の中で動いていても、もう学校だけの感覚で立っていないのだ。


 主教官が前へ出る。

 そして、戻ってきた仮出向組を一列前へ立たせた。


「第一期仮出向組、帰還」


 広場が静まる。


「王国騎士団で三か月、実地訓練を受け、本日より学校訓練へ復帰する」


 短い。

 だが、それで十分だった。


 主教官は続ける。


「戻った者は、今後ただ訓練へ戻るのではない」

「見てきたものを、学校の中へ戻せ」


 よろしい。


 非常によろしいですわね。


 つまり、仮出向組は経験を積んで帰ってくるだけではない。

 その経験を、学校へ還元する役も持つのだ。


 戻ってきた者の中に、見知った顔があった。

 ハルトヴィヒだ。


 彼は以前から“外に近い”立ち方をしていたが、今はさらに違う。

 鋭くなったのではない。

 むしろ、余計な鋭さが少し削れている。


 その代わり、“今そこを見ている”がこちらへよく伝わる。


 視線の置き方が、怖いほど無駄がない。


 エルザもいた。

 彼女は前よりさらに短くなっていた。

 言葉が、ではない。

 全体が、だ。


 立つ。

 見る。

 返す。

 その全部に余白が少ない。

 だが窮屈ではない。

 必要な分だけしか出していない感じが強い。


 ああ。

 これが仮出向ですのね。


 私はそこで、ようやく少し実感した。


 王国騎士団へ三か月出る。

 それは、何か特別な技を覚えて帰ってくることではない。

 むしろ、“不要なものを削られて帰ってくる”に近いのだろう。


 主教官は、その日の訓練をすぐに合同へ切り替えた。


 戻った仮出向組を混ぜた三年教導。

 二年との総合訓練。

 つまり今日は、“違いを見せる日”なのだ。


 私の組には、エルザが入った。


「久しぶりですわね」


 私が軽く礼をすると、彼女は短く頷く。


「ええ」


 その返し一つで分かる。

 前より少し、外の速度になっている。


「三か月、どうでしたの」


 私は聞いた。

 無遠慮ではなく、だが誤魔化しすぎず。


 エルザは一拍だけ置いた。


「早かったわ」


「ええ」


「あと、学校の中で許されていた甘さが、案外多かったと分かった」


 その言葉は重かった。


 私は静かに頷く。


「かなり」


「ええ。かなり」


 それで会話は終わった。

 だが十分だった。


 訓練が始まる。


 今日の内容は、いつもの総合移動と接触想定だ。

 だが、エルザが入るだけで、流れが少し違う。


 何が違うのか。


 まず、止める前に整う。


 こちらが崩れかけた時、彼女は大声を出さない。

 だが、次の一歩で“そこへ立たないで”を位置で示す。

 言葉を足す時も、一つしか言わない。


「左、そのまま」

「前、今切るな」

「遅いのはいい。止まるな」


 短い。

 だが、驚くほど足りる。


 二年生たちも、途中でそれを感じたのだろう。

 いつもより視線が前へ集まる。

 待ちが短くなる。

 無駄な確認が減る。


 私はその中で、少しだけ悔しさに似たものを感じた。


 ええ。

 こういうの、見せつけられると少し悔しいですわね。


 去年の私たちも、たぶんこういう気持ちで三年生を見ていたのだろう。

 違いが見える。

 そして、その違いが理屈としても分かる。

 だから余計に悔しい。


 訓練の途中で、主教官が私へ言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「何を見ている」


 良い問いだった。


 私は少しだけ視線をエルザの背へ向けながら答える。


「削ったものですわ」


 主教官の目がわずかに細くなる。


「続けろ」


「増えた技術というより、不要な動きや言葉がさらに削れております。しかも、それで質が落ちておりませんの」


「そうだ」


 主教官は短く頷いた。


「では、お前に足りないものは何だ」


 私は一拍だけ置いた。

 だが、答えはすぐに出た。


「まだ、“足りるだけに削る”のが甘いですわ」


「そうだ」


 その一言で十分だった。


 訓練はそのまま続く。

 私はその中で、去年とも、仮出向組が抜ける前とも違うものを感じていた。


 戻ってきた者は、上から押さえてこない。

 だが、甘くもない。

 “ここまでは削れる”を、黙って見せてくる。


 つまり、仮出向帰りの三年生は、言葉より景色で圧をかけるのだ。


 それはかなり厄介だった。

 そして、かなり良かった。


 昼休憩、レオンが珍しく真顔で言った。


「なあ」


「何かしら」


「俺、ちょっと悔しい」


「ええ」


 私は頷いた。


「分かりますわ」


「まだ向こうを見てないのに、もう差があるのが分かる」


「ええ」


「でも、帰ってきたらああなるってことでもあるんだよな」


 イリーナが水を飲みながら言う。


「そうね。嫌なくらい分かりやすい指標だわ」


 カイルが静かに続ける。


「今ここで詰めるべきところも見えた」


 それもその通りだった。


 悔しい。

 だが、悔しいだけで終わらない。

 なぜ差がつくかが少し見えるからだ。


 午後の訓練では、戻ってきた仮出向組が三年生側へ短い講評を入れる時間があった。


 技術講義ではない。

 戦術講義でもない。

 もっと短い。


 エルザは言った。


「外では、“分かっているつもり”が一番邪魔」


 ハルトヴィヒは言った。


「学校の中では、待てる。外では、待っていいかの判断ごと速い」


 別の三年生は言った。


「上手くやることより、失敗した時にどこまで壊れず残せるかの方が重い」


 どれも短かった。

 だが、どれも深かった。


 私はその言葉を、記憶ではなく感覚として残そうと思った。


 記憶だけでは足りない。

 こういうものは、次の訓練の中で何度も反復して、自分の位置へ落とさなければ意味がない。


 解散後、主教官が最後に言った。


「戻ってきた者を見て、悔しがるのは構わん」

「だが、悔しがって終わるな」

「何が削れ、何が残るかを見ろ」


 その締めは、あまりにも正しかった。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 最初の仮出向組が戻ってきた。

 同じ準王国騎士団服でも、少しだけ“外”の匂いがする。

 増えたのではなく、削られた感じが強い。

 不要な言葉。

 不要な力。

 不要な迷い。

 それらが減っている。

 そして、減っているのに質は落ちていない。

 むしろ上がっている。


 そこまで書いて、私は少し手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら仮出向とは、“新しく何かを足して帰る”というより、“要らないものをさらに削って帰る”期間のようですわね。


 ……かなり悔しくて、かなり良いですわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を軽く押さえた。


 よろしい。


 まだ行っていない。

 だからこそ、今見える差をきちんと覚えておく。


 その差が見えるうちは、たぶんまだ伸びる。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、最初の仮出向組の帰還を通して、“外”を見て戻ってきた三年生たちが纏う静かな変化を目の当たりにし、自分がこれから先に削るべきものと残すべきものの輪郭を、また一段はっきりと掴んでいくのだった。

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