第67話 準王国騎士団服を着たまま二年へ教えるのは、思っていた以上に「見られる側」であることを突きつけられますわね
仮出向組が抜けてから一週間ほど経つ頃には、三年次前期課程の空気は、また少し違うものへ変わっていた。
最初は、ただ足りなかった。
人数が減る。
声が減る。
視線が減る。
だからその分、残る側の粗が露骨に前へ出る。
それが、仮出向組が抜けた直後の空気だった。
だが一週間もすると、今度はその“足りない形”そのものが、少しずつ前提になり始める。
つまり。
足りないなりに、回す。
その感覚が、三年全体へうっすら入り始めるのだ。
良い。
かなり良いですわね。
もちろん、楽という意味ではない。
むしろ逆である。
だが、“足りない”をただの欠損として受け取る段階から、“足りないなら足りないなりの形を作る”段階へ移るのは、大変に重要だった。
その日の朝、準騎士宿舎から訓練場へ向かう途中で、レオンが言った。
「最近ちょっとだけ分かってきた」
「何がかしら」
「人が減っても、最初みたいに全部が崩れるわけじゃないってこと」
「ええ」
「嫌だけどな」
「ええ。かなり」
イリーナが横で言う。
「でも逆に、その“かなり嫌”が普通になってきてるのよね」
私はそれに少しだけ目を細めた。
ええ。
そこですわね。
慣れた、のではない。
だが、理解した。
そして理解したものには、対処の形ができる。
それが一番大きい。
カイルが静かに言った。
「今日は二年が多いらしい」
「ええ」
私も頷く。
「そう聞いておりますわ」
仮出向組が抜けたあと、残る三年生には当然ながら二年生の受け持ちが増える。
だが今日は、さらにその比率が高い。
つまり、一人の三年が二年をより多く見なければならない日だ。
主教官は広場へ整列した私たちを見渡し、短く告げた。
「本日は二年への教導比重を上げる」
広場が静まる。
「三年は、自分が出来ることを見せるな。二年が出来るように通せ」
その言葉は、思った以上に重かった。
ええ。
かなり重いですわね。
“自分が出来ることを見せるな”。
それは、三年としての見栄を薄く切る言葉でもある。
格好良く見せることは簡単だ。
短く指示して、自分で前へ出て、綺麗にまとめればいい。
だが、それでは二年は育たない。
今見られているのは、“見本として綺麗か”ではなく、“二年を通せるか”なのだ。
かなり嫌で。
かなり本質的だった。
今日の私の受け持ちは、二年生六人だった。
六人。
一人増えただけ、と言えばそうだ。
だが、その一人が増えるだけで、目の置き方も、声の置き方も、位置の取り方もかなり変わる。
しかも二年生たちは、決して無知ではない。
もう一年の新入りではない。
戦術理解も、総合訓練の流れも、役割の意味も、一応は頭へ入っている。
だからこそ難しい。
分かっているつもりのまま崩れるのだ。
それが一番厄介だった。
訓練は、小隊前進から始まった。
前進。
停止。
左右展開。
後列入れ替え。
接触想定。
短い伝達。
ごく基本的な流れ。
だが、基本だからこそ二年の粗がよく見える。
一人は前へ出る。
一人は言葉を待つ。
一人は横が見えていない。
一人は丁寧すぎて遅れる。
一人は見えたものを全部拾おうとして死ぬ。
最後の一人は、安定しているが圧が薄い。
ああ。
いますわね。
昔のわたくしたちが、かなり薄くばらけておりますわね。
その認識自体は悪くない。
だが、それを面白がっている余裕はない。
六人。
しかも仮出向組が抜けた今、横の三年も余裕が薄い。
つまり、“うちの二年が少し崩れても、隣が拾ってくれる”は期待しにくい。
私は最初の一巡で、一つだけ徹底することにした。
言葉を増やさない。
だが、位置は増やす。
前へ出すぎる二年の斜め後ろへ、半歩だけ早く入る。
遅れがちな二年の視界へ、自分の肩を一瞬だけ置く。
横が見えていない者には、声ではなく、自分が少しだけ横を見ることで視線を誘導する。
これが、思っていた以上に効いた。
つまり、二年へ教えるとは、説明の量を増やすことではないのだ。
理解させるための景色を、こちらがどう作るかの方がずっと大きい。
訓練の途中で、二年の一人が小さく焦れた声を出した。
「先輩、今、どっちを優先ですか」
私はそちらを見ずに答えた。
「今は右ですわ」
「でも前が」
「前はまだ自分で戻せますの。右が切れると、その次で全体が鈍りますわ」
二年生は少しだけ悔しそうな顔をした。
そのまま頷く。
よろしい。
悪くない。
そこで主教官の声が飛んだ。
「ヴァルツェン」
「はい」
「説明が短いな」
「ええ」
「意図は」
「二年が、自分で次を見られる余地を残したいですの」
一拍の沈黙。
それから主教官が言う。
「悪くない。だが、短ければいいわけでもない」
来ましたわね。
「今の二年は、まだ“勝手に見える者”ではない」
「ええ」
「お前が言葉を削る時は、その分だけ景色を置け」
「はい」
深い。
かなり深いですわね。
私はその言葉を、その場で少しだけ反復した。
言葉を削るなら、景色を置け。
つまり、説明を減らしたいなら、その分だけ相手が理解しやすい状況を作れということだ。
位置。
視線。
順番。
間。
そこまで含めて教導なのである。
かなり面倒ですわね。
かなり良いですけれど。
午前の後半には、二年生たちの動きが少しだけ変わった。
私が全部を言わなくても、右が鈍る前に一人が自分で半歩詰める。
前へ出すぎる者の横を、別の一人が薄く支える。
遅れがちな者も、言葉を待たずに自分で視線を前から横へ切り替え始める。
それを見た時、私は少しだけ嬉しかった。
ああ。
ちゃんと通る時は通りますのね。
その瞬間、私は二年へ教えているのに、同時に三年として見られている自分も感じていた。
準王国騎士団服を着たまま二年へ教える。
それは思っていた以上に、“見られる側”であることを突きつけてくる。
二年は、内容だけを見ていない。
立ち方を見ている。
言葉の間を見ている。
焦れた時にこちらがどう表情を動かすかまで見ている。
それはつまり、“何を教えるか”だけではなく、“どういう者として立つか”まで含めて三年の課題ということだった。
昼休憩、レオンが草地へ腰を下ろしながら言った。
「疲れるな」
「ええ」
私は頷いた。
「かなり」
「自分でやる方が楽な場面、普通にあるんだよ」
「ええ」
「でも、そこでやると二年が育たない」
「ええ」
イリーナが水を飲みながら言う。
「それに、二年が見てるのよね。“三年ってこう動くんだ”って」
「ええ」
「だから雑に前へ出ると、そのまま真似される」
その通りだった。
カイルが静かに言う。
「教えるっていうより、移るんだろ」
私はその言葉に、少しだけ目を細めた。
ええ。
たぶんそうですわね。
教える。
というより、こちらの見方や立ち方が、少しずつ向こうへ移る。
言葉で直接渡す部分もある。
だが、それより、景色として移る部分が大きい。
だからこそ雑に出来ない。
午後は、二年生側へ一時的に指揮役を渡す訓練が入った。
三年はその後ろにつき、必要なら修正する。
だが、奪わない。
これがまた、かなり嫌だった。
二年の指揮は当然まだ荒い。
見えていないところがある。
切るべきところで切れない。
逆に切らなくてよいところを切りそうになる。
それが見える。
かなり見える。
だが、見えるからといってすぐ奪うと終わる。
私はその我慢を、今日だけで何度もした。
前へ出るな。
だが、壊れる前には拾え。
奪うな。
だが、死なせるな。
面倒すぎますわね。
けれど、訓練が終わる頃には、二年の指揮役が朝より明らかにましになっていた。
その変化だけで、今日の意味はあった。
主教官が締めに言った。
「三年」
広場が静まる。
「二年へ教える時、自分が上手く見えたかどうかを気にするな」
「二年が昨日よりましになったかだけ見ろ」
それは、あまりにも正しかった。
そして同時に、かなり耳が痛かった。
自分が上手く見えたか。
そこを完全に捨てるのは、案外難しい。
だが三年には、それを捨てるだけの責任があるのだろう。
解散後、イリーナが言った。
「今日、すごく疲れたわ」
「ええ」
「でも、自分でやるより疲れるのよね」
「ええ」
レオンが笑う。
「なのに、二年がちょっとでもましになると、少し報われるんだよな」
「ええ」
私はそこは素直に頷いた。
「かなり」
カイルが最後に言う。
「残る側の三年って、こういうことかもな」
私はその言葉を静かに受け取った。
ええ。
たぶん、そうですわね。
行かない。
だから待つ、ではない。
今ここで、次の層を少しましにしながら、自分もまた磨かれていく。
その意味で、残る側の三年も、ちゃんと前へ進んでいるのだ。
その夜、私は記録帳を開いた。
準王国騎士団服を着たまま二年へ教えるのは、思っていた以上に“見られる側”であることを突きつけられる。
言葉を削るなら、その分だけ景色を置かなければならない。
自分でやる方が楽な場面は多い。
だが、それでは二年に移らない。
教えるとは、説明することだけではなく、見方や立ち方を移すことでもある。
そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。
それから最後に、一行だけ静かに足した。
どうやら残る側の三年に必要なのは、“足りない人数で回すこと”だけではなく、“自分の立ち方そのものを二年へ渡しても崩れないこと”のようですわね。
……かなり面倒で、かなり良いですわ。
私は羽根ペンを置き、準王国騎士団制服の袖をゆっくり撫でた。
よろしい。
今はまだ行かない。
ならば、今ここで出来るだけきちんと渡しておく。
それもまた、外へ出る前の仕事なのだろう。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、仮出向組が抜けて静かになった総合訓練の中で、残る側の三年に求められるのが単なる穴埋めではなく、“教える姿そのものが見られ、移っていく立場”であることを、さらに深く、さらに具体的に理解していくのだった。




