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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第66話 仮出向組が抜けたあとの総合訓練は、少し静かになった分だけ、残った側の粗がよく見えますわね

 最初の仮出向組が発表され、数日のうちに実際に準騎士宿舎から出ていったあと、三年次前期課程の空気は少し変わった。


 派手に変わるわけではない。

 誰かが泣くわけでもない。

 広場で大げさな見送りがあるわけでもない。


 だが、確かに違う。


 人数が減る。

 それだけで、訓練の響き方まで変わるのだ。


 まず、声が少し減る。

 そして、その減った声の分だけ、残っている者の立ち位置が前へ出る。

 つまり、今まで誰かが薄く拾ってくれていたものが、そのままこちらへ落ちてくる。


 良い。

 かなり良いですわね。


 嫌ですが。


 最初にそれを強く感じたのは、二年生との混成総合訓練だった。


 仮出向組が抜けたことで、当然ながら三年生一人あたりの受け持ちが増える。

 今までより一つ多く見る。

 半歩広く拾う。

 半拍早く崩れを察する。


 それを自然にやれるかどうかで、残る側の質が露骨に出る。


 朝の集合で、主教官はそれをきわめて簡潔に言った。


「今日から、お前たちは少し足りない形で回す」


 広場が静まる。


「足りない分は、文句では埋まらん。位置と視界で埋めろ」


 非常によろしい。


 そうですわよね。


 足りない。

 ならば、その足りなさを前提に組み直すしかない。

 そこへ感情を混ぜても意味は薄い。


 レオンが小さく言う。


「嫌なこと言うなあ」


「ええ」


 私は頷いた。


「かなり」


 イリーナが低く言う。


「でも、嫌なくらい正しいのよね」


 カイルは何も言わない。

 だが、その無言はもう二年の頃の無言とは違う。

 今のカイルは、黙りながら位置を取る。


 そこが良い。


 その日の編成では、私は二年生五人を見る位置へ置かれた。

 去年なら多い。

 だが今の三年では、そこまで珍しくない。


 二年生の顔ぶれは、前へ出たがる者、丁寧だが遅れる者、言葉を待ちすぎる者、見えた瞬間に全部動きたがる者。

 つまり、少し前の私たちを薄く分けたようなものだった。


 ええ。

 大変によく分かりますわね。


 訓練が始まる。


 小隊前進。

 停止。

 変換。

 左右の開き。

 接触想定。

 短い指示。

 役割交代。


 今までと違うのは、こちらの余裕が薄いことだった。


 一人が崩れる。

 それを拾う。

 だが、その間に別の二人が薄く緩む。

 そこで全部へ言葉を投げると、今度は誰も自分で見なくなる。


 つまり、今まで以上に“どこだけ拾うか”の選別が要る。


 かなり面倒ですわね。


 かなり良いですけれど。


「先頭、そのまま」

「右二人、開きすぎない」

「後ろ、今は遅くていいから切らない」

「見えていないなら、前ではなく横を見なさい」


 言いながら、私は理解していた。


 今の私は、去年より確かに喋りすぎない。

 だが、それだけでは足りない。

 喋らない分、位置が正しくなければ意味がない。


 つまり、残る側に必要なのは“言葉を減らすこと”ではなく、“減らした言葉でも通る位置へ立つこと”なのだ。


 そのことを、主教官はすぐに見抜いた。


「ヴァルツェン」


「はい」


「今のは悪くない」


「ありがとうございます」


「だが、二つ目の遅れを声で拾ったな」


 私は一拍だけ置いて頷く。


「ええ」


「位置で拾え」


 短い。

 だが深い。


 私はそこで、少しだけ息を吐いた。


 ええ。

 そこですわね。


 声で拾うのは、まだ甘い。

 もちろん必要な時はある。

 だが、毎回それをやっていれば、結局“声の管理”に頼ることになる。


 残る側の三年生に必要なのは、その前に位置で圧を作ること。

 そこへ立つだけで、二年生が崩れにくくなるような置き方をすること。


 嫌ですわね。

 かなり上級の話ですわね。


 だからこそ良い。


 訓練の途中、二年生の一人が私へ少し苛立った声を向けた。


「先輩、今の、どっちを優先すればよかったんですか」


 良い問いだった。


 苛立ちごと、かなり良い。


「今は左ですわ」


「でも前も崩れてました」


「ええ」


「なら、前では」


「前は崩れても、まだ詰まりませんでしたもの。でも左が切れると、次で全体が死にますの」


 二年生は少しだけ悔しそうな顔をした。

 だが、そこで口を閉じて頷いた。


 よろしい。


 悔しい、は大事ですわね。

 そこから先に入りますもの。


 昼休憩、レオンが水筒を片手に言った。


「仮出向組が抜けただけで、こんなに変わるんだな」


「ええ」


「思った以上だ」


「ええ。かなり」


 イリーナが横で額の汗を拭う。


「今までは、上に一人余裕があったのよね」

「ええ」

「それがなくなるだけで、三年の粗が前へ出る」


 かなり正確だった。


 カイルが静かに言う。


「二年から見られる側でもあるしな」


「ええ」


 そこも大きい。


 三年生は、二年生を教える。

 だが同時に、二年生から“来年の自分”として見られてもいる。


 その時に、足りない形をそのまま晒すわけにはいかない。

 完璧である必要はない。

 だが、“足りないなりにどう回しているか”は見せなければならない。


 その意味で、残る側の三年には三年なりの見栄も要るのだろう。


 悪い意味ではない。

 責任としての見栄である。


 午後は、さらに露骨だった。


 仮出向組が抜けた穴を埋める形で、三年生同士の横連携まで一段広く見る訓練へ切り替わる。


 つまり、もう自分の組だけでは済まない。

 隣が崩れた時、その崩れがこちらへどう流れ込むかも拾わなければならない。


 私はそこで、一つ失敗した。


 隣の三年が二年の詰まりへ入る気配を見た。

 その分、自分の組の後ろが一拍緩んだ。

 分かっていた。

 だが、見る優先を切り替えるのが遅れた。


 止めのあと、主教官が言う。


「今の、何が悪い」


 誰もすぐには答えなかった。

 その沈黙に、私は少しだけ嫌な既視感を覚えた。


 去年の私たちですわね。


 だが今は三年だ。

 黙ったままでは終われない。


「わたくしですわ」


 私は言った。


「隣の流れを見て、自分の後ろの緩みを半拍遅らせました」


 主教官が頷く。


「そうだ」

「はい」

「隣を見るのは悪くない。だが、自分の中を死なせてまで見るな」


 その言葉は、深く入った。


 ええ。

 その通りですわね。


 外へ視界を広げる。

 それ自体は三年として必要だ。

 だが、自分の持ち場の芯を薄くしてまでやれば本末転倒になる。


 つまりここでもまた、“全部は拾わない”が必要なのだ。


 ただし去年より、もっと広い範囲で。


 かなり面倒ですわね。


 かなり良いですけれど。


 訓練の終わり、主教官が全体へ言った。


「仮出向組が抜けた」

「だから足りない」

「それは当然だ」


 広場が静まる。


「だが、足りないことを理由に質を落とすな」

「足りないなら、足りないなりにどこを保つかを選べ」


 その言葉は、今の三年全員に刺さっただろう。


 足りない。

 だから全部は守れない。

 ならば、どこを保つかを選ぶ。


 それはもう、訓練の話であると同時に、現場の話でもあるのだろう。


 解散後、イリーナが言った。


「今日、かなり嫌だったわね」


「ええ」


 私は頷く。


「かなり」


「でも、少し分かった」


「何がかしら」


「“まだ行かない者”の役目って、こういうことなのね」


 私はそちらを見た。


 ええ。

 たぶんそうですわね。


「行った者の代わりをするのではありませんの」

「ええ」

「行った者が抜けた形で、残った側がどう立て直すかを覚えるのですわ」


 レオンが苦笑する。


「聞いてると嫌になるな」


「実際、嫌ですもの」


「そこは認めるんだな」


「当然ですわ」


 カイルが最後に静かに言った。


「でも、今日の方が昨日よりましだった」


 それは大きかった。


 足りない。

 だが、その足りない形に身体が少しずつ慣れていく。

 ならば、この圧にも意味がある。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 仮出向組が抜けたあとの総合訓練は、思っていた以上に露骨だった。

 人数が減った分、残る側の粗がよく見える。

 喋りすぎないだけでは足りない。

 位置で拾う必要がある。

 さらに、自分の組だけでなく隣の流れまで見なければならない。

 ただし、外を見すぎて自分の中を死なせても駄目。


 そこまで書いて、少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら“まだ行かない者”の役目とは、行った者の穴を埋めることではなく、“穴が空いた形でも質を落としすぎない立ち方”を覚えることのようですわね。


 ……かなり嫌で、かなり良いですわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団制服の袖を静かに払った。


 よろしい。


 今はまだ行かない。

 ならば、今しか積めないこの形を積むだけだ。


 それが、たぶん残る側の三年の役目なのだろう。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、最初の仮出向組が抜けたあとの総合訓練を通して、“まだ行かない者”に求められるのが単なる待機ではなく、人数が欠けた形でも質を落としすぎずに全体を回す立ち方そのものであることを、また一段深く理解していくのだった。

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