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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第65話 最初の仮出向組が発表されましたけれど、どうやら“まだ行かない者”にも、行かないなりの役目があるようですわね

 三年次前期課程が始まってしばらくすると、学校全体の空気が少しだけ変わり始めた。


 訓練そのものは変わらない。

 むしろ、日々の総合訓練は容赦なく続く。

 二年生へ教える。

 混成で動く。

 役割を替える。

 崩れかけたところを拾う。

 そして、自分が外へ出されても困らない形へ整える。


 その流れは変わらない。


 だが、その全部の下に、別の緊張が流れ始める。


 最初の仮出向組。


 その発表が近いからだ。


 広場でも。

 準騎士宿舎でも。

 食堂でも。

 露骨に口へ出す者は少ない。

 だが、皆どこかでそのことを考えている。


 三年生は三か月ごとに学年の四分の一ずつ王国騎士団へ仮出向する。

 最初の組は、進級直後から選抜される。

 つまり今ここにいる誰かが、近いうちに王都の外、あるいは王都の中のより現実へ近い場所へ出る。


 それは、知識として知っていた時より、ずっと重かった。


 準王国騎士団制服を着て準騎士宿舎から訓練へ出る生活にも、少しずつ慣れてきていた。

 だが、慣れることと、仮出向の現実が軽くなることは別である。


 むしろ、慣れてきたからこそ分かる。

 この生活は、“学校の最終段階”であると同時に、“出る前の生活”なのだ。


 レオンがある朝、準騎士宿舎の廊下でぼそりと言った。


「嫌だな」


「何がかしら」


「発表」


「ええ」


 私は頷いた。


「かなり」


「お前もそう思うんだな」


「当然ですわ」


 イリーナが後ろから来て、低く言う。


「行くのが嫌、というより、もう“行く者と行かない者”に分かれるのが嫌なのよ」


 かなり正確だった。


 カイルが静かに続ける。


「最初の組に入れば、先に外を見る」

「ええ」

「入らなければ、残って待つ」

「ええ」

「どっちも重い」


 まったくその通りだった。


 最初の仮出向組に選ばれる。

 それは、現時点で外へ出して壊れにくいと判断されたということだ。

 名誉でもある。

 重圧でもある。


 一方で選ばれない。

 それは、単純に劣るという話ではない。

 だが、少なくとも“今はまだここで積め”と見られたということになる。


 どちらも、軽くはない。


 訓練の中でも、その違いは少しずつ出た。


 三年生同士の見方が変わるのだ。

 互いに、何が足りていて、何が足りないかを、今までより少しだけ現実寄りに見るようになる。


 剣が強い。

 だが、外へ出した時に焦るかもしれない。

 言葉が短い。

 だが、短すぎて二年を置き去りにする。

 崩れにくい。

 だが、状況が変わった時の切り替えが遅い。


 そういう見方だ。


 そして、自分でも自分をそう見始める。


 私は、自分がどちらへ入るのか、少し考えた。


 最初の組か。

 残る側か。


 正直に言えば、半々だった。


 行けと言われれば、行くのだろう。

 準備がゼロだとも思わない。

 だが同時に、まだ学校の中で詰めるべき点があるのも分かる。


 見えるものを渡すこと。

 二年を信じすぎず、だが管理しすぎないこと。

 自分が前へ出るべき場面と、出ない方がよい場面の切り分け。


 そういうものは、まだ磨ける。


 だからこそ、最初の組であっても、なくても、どちらにも理屈が立つ。

 そこが厄介だった。


 発表の日、広場の空気は異様に静かだった。


 主教官が前へ立つ。

 その後ろには、王国騎士団から来たらしい人物もいる。

 制服の質が違う。

 完全な王国騎士団のそれだ。


 近いですわね。


 本当に。


「最初の仮出向組を発表する」


 短い。

 だが、それで十分だった。


 名が呼ばれる。

 一人。

 また一人。

 全部で学年の四分の一。


 レオンは呼ばれなかった。

 イリーナも。

 カイルも。


 そして、私の名も呼ばれなかった。


 発表は静かに終わった。


 広場には、妙な空気が落ちた。

 安堵でもない。

 落胆でもない。

 どちらも混ざっている。


 選ばれた者は、姿勢が少しだけ固くなる。

 選ばれなかった者は、力が抜ける。

 だが、その抜け方も一様ではない。


 主教官は、その空気ごと見ていたのだろう。

 発表のあと、すぐに言った。


「勘違いするな」


 広場が静まる。


「最初の仮出向組に入った者が上で、入らなかった者が下、ということではない」


 よろしい。

 そこは言いますわよね。


「今この時点で、どこへ置けば全体が最もましに回るか。それで切っただけだ」


 その言葉は重かった。


 全体が最もましに回るか。


 つまり、仮出向は個人へのご褒美ではない。

 学校と騎士団の接続の中で、どこへ誰を置くのが最も機能的かで決まる。

 そういう話だ。


「残る者にも役目がある」

「出る者を見て学ぶ」

「残った三年として、二年を通す」

「穴が空いた分の圧を受ける」

「次の仮出向組へ向け、自分を整える」


 そこまで言われて、私は少しだけ腑に落ちた。


 ああ。

 どうやら“まだ行かない者”にも、行かないなりの役目があるようですわね。


 それはかなり大きかった。


 行かない。

 だから待つだけ。

 ではない。


 行く者が抜ける。

 その分、残る者の立ち位置が変わる。

 二年を見る位置も変わる。

 訓練の密度も変わる。


 つまり、残る側には残る側の圧がある。


 主教官は最後に、かなり嫌らしく、かなり正しい言葉を置いた。


「残った者は、自分が選ばれなかった理由を勝手に美化するな」

「選ばれた者は、自分が選ばれた理由を勝手に誇るな」


 広場が静まる。


「どちらも、今の配置にすぎん」


 大変によろしい。


 嫌ですけれど。


 解散後、広場の端でレオンが息を吐いた。


「……呼ばれなかったな」


「ええ」


「ちょっと安心した」


「ええ」


「でも、少し悔しい」


 私はそちらを見た。


「ええ」


 その感覚は、かなり分かる。


 イリーナが腕を組んだまま言う。


「私も同じよ。今すぐ行けと言われたら腹が決まる気もする。でも呼ばれなかったら、それはそれで自分の足りなさを考える」


 カイルが静かに言った。


「考えるなら、まだましだろ」


「どういう意味」


「悔しいも安心もなく、“まあいいか”になる方が危ない」


 それはその通りだった。


 私は少しだけ考えてから言った。


「わたくし、少しだけ両方ですわ」


「両方?」


 レオンが聞き返す。


「ええ。呼ばれなかったことに、少し安心しましたの」

「ええ」

「ですが同時に、“まだこちらで詰めろ”と見られた部分があるのだろうとも思いましたわ」


 イリーナが小さく笑う。


「本当に、そういう整理は早いわよね」


「必要ですもの」


「出たわね」


 だが、今はその言葉もそこまで嫌がられなかった。


 その日の午後の訓練は、いつも通りではなかった。


 最初の仮出向組が抜ける前提で、小隊の組み方が少し変わる。

 三年の人数が減る。

 だから残る側は、今までより少し多く見なければならない。


 私はその変化を、すぐに理解した。


 なるほど。

 残る側は、いきなり“次の形”を始めるのですわね。


 レオンが前より一つ多く二年を受け持つ。

 イリーナは横の隊列まで薄く見るようになる。

 カイルは後方の安定を一段強く担う。

 私は、自分の組だけでなく、隣の詰まりまで少し意識するようになる。


 つまり、仮出向組が発表された瞬間から、残る側の訓練内容も変わるのだ。


 かなり良い。

 かなり嫌ですけれど。


 主教官が訓練中に言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「今の方がいい」


「何がかしら」


「“自分が行かなかった理由”を考える顔ではなく、“残った位置で何を持つか”を考える顔になった」


 私は少しだけ目を瞬かせた。

 そして、理解する。


 ああ。

 見られておりますわね。


「ええ」


「それでいい。残るなら残る仕事がある」


 その言葉は、思った以上に軽く胸へ入った。


 私はその夜、記録帳を開いた。


 最初の仮出向組が発表された。

 わたくしは入らなかった。

 少し安心し、少し悔しかった。

 だが、呼ばれなかったことそのものより、“まだこちらで詰めるべき位置がある”と見られたのだろうと理解した。

 主教官は、残る者にも役目があると仰った。

 実際、仮出向組が抜ける前提で、残る側の訓練の圧はすぐ変わった。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら三年次とは、“行く者”と“まだ行かない者”に分かれるのではなく、それぞれが別の形で王国騎士団へ近づいていく課程のようですわね。


 ……かなり面倒で、かなり良いですわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団制服の袖を軽く撫でた。


 よろしい。


 今はまだ行かない。

 ならば、今ここでしか詰められないものを詰めればよい。


 順番がまだ来ていない。

 ただ、それだけの話である。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、最初の仮出向組の発表を受け、自分がそこへ入らなかったことに対する安堵と悔しさの両方を静かに受け止めながら、“まだ行かない者”にもまた別の役目と圧があることを理解し、残る側としての三年次前期課程を改めて深く踏み始めるのだった。

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