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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第64話 三年次前期課程が始まりましたけれど、準王国騎士団制服のまま整列すると、さすがに「もう学校の中だけではない」のだと分かりますわね

 三年次前期課程の始まりは、二年次とはまったく違って見えた。


 校門をくぐる。

 寄宿舎へ荷を置く。

 制服を整える。

 広場へ向かう。


 やること自体は同じである。

 だが、感覚が違う。


 騎士学校制服の時は、まだ“学校の中でどう立つか”が中心だった。

 準王国騎士団制服は違う。

 これは、学校の中にいながら、もう外へ繋がっている者の服だ。


 だから、着て広場へ立った瞬間に分かる。


 ああ。

 もう本当に、学校の中だけではありませんわね。


 しかも三年生は、二年までのように騎士学校の寄宿舎へそのままいるわけではなかった。


 即応の観点から、三年生は王国騎士団の準騎士宿舎へ移る。


 最初にそれを聞いた時、私はかなり納得した。

 そして同時に、かなり重いとも思った。


 なるほど。

 そこまで行くのですわね。


 学校へ通っている、ではない。

 もう生活の場所そのものが、騎士団側へ半歩入る。


 準王国騎士団制服の意味も、そこでさらに分かりやすくなる。


 これは、先のための飾りではない。

 生活そのものを、王国騎士団へ接続するための服なのだ。


 広場には、同じ準王国騎士団制服を着た三年生たちが静かに集まっていた。


 レオン。

 イリーナ。

 カイル。

 そして私。


 二年次までの空気とは少し違う。

 浮つきがない。

 だが、重苦しすぎもしない。

 その代わり、皆どこかで“近いうちに出るかもしれない”を身体の奥へ入れている顔をしている。


 良い顔だと思った。

 嫌ですけれど。


 レオンが小声で言う。


「まだ慣れないな」


「何がかしら」


「これだよ」


 彼は自分の準王国騎士団制服の袖を軽く引いた。


「着てるだけで、何かちょっと責任が増えた感じがする」


「増えておりますもの」


「お前、そこは毎回即答だな」


 イリーナが横で言う。


「でも分かるわ。騎士学校制服の時は“学校の中で見られる”だった。こっちは“外へ出してもいい顔をしていなさい”に近いもの」


 かなり正確だった。


 カイルが静かに続ける。


「見られるだけじゃない。いつ呼ばれてもおかしくない」


 ええ。

 そこですわね。


 三か月ごとに学年の四分の一ずつ王国騎士団へ仮出向する。

 最初の組は、進級直後から選抜される。


 つまり三年生とは、“いずれ行く者”ではない。

 “順番が来ればすぐ行く者”なのだ。


 しかも、その行き先は一つではない。


 王国騎士団は、第1騎士団から第13騎士団まである。


 第1騎士団は近衛。

 第13騎士団は辺境警備。


 その間に、それぞれ役割も土地も空気も違う騎士団が並ぶ。


 そしてさらに重要なのは、配属が身分で決まらないということだった。


 公爵家の娘だから近衛、などという甘い話ではない。

 逆も同じ。

 平民出身だから辺境、でもない。


 適性、必要、総合判断。

 そういうもので決まる。


 私はそれを知識としては知っていた。

 だが、三年生になって準王国騎士団制服を着ると、その情報が急に質量を持つ。


 つまり、わたくしが辺境へ出る可能性も普通にありますのね。


 そう考えた時、さすがに少しだけ背筋へ冷たいものが走った。


 辺境では紛争もある。

 つまり、実際の斬り合いもある。


 模擬ではない。

 想定でもない。

 木剣でもない。

 訓練用の止めでもない。


 実際に刃が交わる場がある。


 そこまで来ると、もう“騎士学校の延長”とは言いにくい。

 それはもう、王国の現実そのものだった。


 主教官による三年次前期課程開始の説明は、短かった。

 だが、その短さが逆に重かった。


「三年次前期課程に入る」


 広場が静まる。


「ここからは、騎士学校の最終段階だ」


 その一言だけで十分だった。


「お前たちは、もう“鍛えられる側”だけではない」

「教える」

「支える」

「通す」

「そして、順に外へ出る」


 非常によろしい。

 非常に重いですけれど。


「準王国騎士団制服は、飾りではない。仮出向の前提だ。着ている時点で、お前たちはすでに学校の看板の一部である」


 私はその言葉を、かなり真面目に受け取った。


 看板。

 たしかにそうだ。

 もう個人の好き嫌いで済む段階ではない。


「三年は二年に教える」

「二年は三年に学ぶ」

「だが、去年までとは違う」


 主教官がそこで少しだけ間を置いた。


「今年の三年は、“教える側の練習”ではない。“教える責任がある側”として動け」


 深い。


 かなり深いですわね。


 二年の時は、三年生から学んだ。

 あの時の彼らは、確かに上だった。

 だが今なら分かる。

 彼らもまた、“教えることを通じて自分の理解を晒す側”だったのだ。


 そして今、その位置に自分たちが来た。


 レオンが小さく息を吐く。


「嫌だな」


「ええ」


 私は頷いた。


「かなり」


「何でそんなに落ち着いてるんだよ」


「落ち着いてはおりませんわ。嫌ですが、必要ですもの」


 イリーナが呆れた顔をする。


「その返し、本当に変わらないわね」


「変える理由がありませんの」


 初日の訓練は、いきなり三年らしかった。


 二年生との混成。

 小隊単位での総合移動。

 途中で役割を入れ替え、三年生側が二年生へ短く教えながら、全体を通す。


 つまり、“自分が出来る”だけでは何の意味もない。


 私の組に入った二年生は四人だった。

 一人は前へ出たがる。

 一人は反応が速いが、見える範囲が狭い。

 一人は丁寧だが、丁寧すぎて遅い。

 もう一人は静かだが、言葉が足りない。


 ああ。

 去年の私たちですわね。


 そう思うと、少しだけ妙な気分になった。


 ハルトヴィヒが、遠くから三年側の監督役として全体を見ていた。

 もう彼は“教える三年”ではなく、“仮出向を複数回こなした上級三年”として立っている。


 こちらを見る目が、前より少しだけ外側に近い。


 訓練が始まる。


 私はまず、一つだけ決めた。


 全部は言わない。

 だが、何も言わずに崩させもしない。


 そこが一番難しい。


「前二人、そのまま」

「右、半歩だけ狭く」

「後ろ、今は遅くていいから切らないで」

「見えていないなら、まず前を見なさい」


 言葉は短く。

 だが、切りすぎない。

 相手が自分で拾える余地は残す。


 二年の一人が、途中で私を見て言った。


「先輩、どこまで見るんですか」


 良い問いだった。


「全部は見ませんわ」


「え?」


「全部を見ようとすると、こちらが死にますもの。今は、“ここだけ崩れると全体が鈍る”ところだけ見ますの」


 二年生は一瞬だけ止まり、それから頷いた。


「……はい」


 それでよい。


 その受け取り方が出来るなら、言葉は少なくて済む。


 途中、主教官が私の組を見て、短く言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「去年より喋りすぎないな」


 私は少しだけ目を細めた。


「努力しておりますもの」


「そうだろうな」


 その返しが、少しだけ可笑しかった。


「ただし」


 来ましたわね。


「二年を信じすぎるな。まだ落ちる」


 その言葉は重かった。


 私はすぐに理解した。

 ええ。

 そこですわね。


 二年の時の自分は、“拾いすぎるな”が課題だった。

 三年になった今は、“任せるが、落ちる前に拾え”へ変わっている。


 つまり、裁量の角度が変わるのだ。


 それはかなり面倒で。

 かなり良い。


 午前の訓練が終わる頃には、私はもう一つ気づいていた。


 三年次前期課程は、二年の延長ではない。

 仮出向前の圧縮に近い。


 教える。

 見せる。

 通す。

 崩れたら拾う。

 そして、自分もいつ外へ出されても困らない形へ整える。


 全部が“すぐ使う前提”で進む。


 だから速い。

 だから重い。


 昼休憩に入ると、レオンが木陰で座り込みかけて、途中で姿勢を立て直した。

 よろしい。

 三年生らしくなってきましたわね。


「なあ」


「何かしら」


「俺たち、去年の三年みたいに見えてるのかな」


 私は少し考えた。


「まだ完全には」


「だよな」


「ですが、二年生から見ればそれなりに上でしょう」


 イリーナが言う。


「問題は、そう見えるだけじゃ足りないことよね」


「ええ」


 カイルが小さく続ける。


「すぐ仮出向がある」


 それで、少しだけ空気が重くなった。


 話題が、現実に近すぎるのだ。


 仮出向。

 三か月。

 王国騎士団。

 現場。

 学校の外。


 しかも王国騎士団は一つではない。


 第1騎士団から第13騎士団まで。

 近衛もあれば、辺境警備もある。

 整った王都の空気の中で立つ場所もあれば、紛争の気配が濃く、実際の斬り合いが起こる場所もある。


 私はそれを考えるたび、妙に冷静になる自分と、少しだけ息を詰める自分の両方を感じた。


 嫌ですわね。

 ですが、分かりやすいですわね。


 主教官は午後の締めで、それをさらに明確にした。


「なお、最初の仮出向組は近日中に発表する」


 広場が静まる。


「選抜理由は、総合成績だけではない。現時点で外へ出して壊れにくいか。そこを見る」


 私はその言葉に、少しだけ目を閉じた。


 壊れにくいか。

 それは本当に、その通りだ。


 強いかではない。

 優秀かだけでもない。

 外へ出して壊れにくいか。


 しかも、その外が王都の近衛か、辺境の紛争地帯かで、壊れ方の質も変わる。

 それでも通すべき者を選ぶ。

 そういう話なのだろう。


 解散後、イリーナが言った。


「壊れにくい、ね」


「ええ」


「腹立つくらい納得する基準だわ」


「まったくですわ」


 レオンが苦笑する。


「俺、ああいう言われ方するとちょっと緊張するんだよな」


「分かりますわ」


「お前もか?」


「当然ですわ。わたくしだって、壊れないわけではありませんもの」


 カイルがそこで初めて少しだけ笑った。


「でも、壊れにくい方ではあるだろ」


「少々」


「少々じゃない」


 イリーナが即座に切る。

 だが、否定の仕方がもう少し近い。

 その変化が少しだけ嬉しかった。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 三年次前期課程開始。

 準王国騎士団制服で整列する重さは、やはり騎士学校制服とは違う。

 しかも三年生は即応の観点から準騎士宿舎へ移る。

 生活そのものが王国騎士団側へ半歩入る。

 王国騎士団は第1騎士団から第13騎士団まである。

 身分に関係なく決められる。

 辺境では紛争もあり、実際の斬り合いもある。

 つまり、仮出向とは学校の延長ではなく、王国の現実そのものへ近づくことですわね。


 そこまで書いて、少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら三年次前期課程とは、“教える責任を持つこと”と“どの騎士団へ出されても壊れにくい者になること”を、同時に求められる課程のようですわね。


 ……かなり重いですけれど、嫌いではありませんわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団制服の袖を軽く払った。


 よろしい。


 三年は、思っているよりさらに現実に近い。

 ならば、見えるものをきちんと拾っていくだけである。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、追って現実になる仮出向と王国騎士団の多様な行き先をはっきり意識しながら、三年次前期課程という“学校の中で最後に整える時間”へ、より静かで、より重い覚悟を持って踏み込んでいくのだった。

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