第60話 冬季休暇という名の冬季練成を終えた頃には、騎士学校制服の重さも少しだけ自分のものになっておりましたわ
冬季休暇は、夏季休暇とは違った。
何が違うのかと言えば、最初から“戻ってきた娘の休み”ではなかったことだろう。
私は騎士学校制服を着たまま屋敷へ帰ってきた。
しかもそれは、規則だから嫌々着ているだけではなく、すでに“そういう者として見られる重さ”ごと着ている服だった。
つまり、この冬季休暇は最初から、公爵家の娘が少し休みに戻る時間ではなかった。
王国騎士学校二年進級者であるルクレツィア・フォン・ヴァルツェンが、その立場のまま屋敷で整え直す期間。
言い換えるなら、冬季練成である。
極めて自然な話だった。
冬の屋敷は、夏とは違って身体の動き出しが少し遅い。
朝の空気が冷たい。
庭の石も冷える。
筋が温まるまでの時間も変わる。
その違いを、私はまずきちんと身体へ入れ直した。
朝。
起きる。
制服を着る。
屋敷の中でも、まずその重さを意識する。
夏の時は、騎士学校で得た型と自分の型の接続が中心だった。
だが今回は違う。
今回の中心は、騎士学校制服を着た“立場込みの自分”を、屋敷の空気の中でも自然に保つことだった。
つまり、技術だけではなく、存在の調整に近い。
かなり面倒で。
かなり大事だった。
最初の数日は、オズヴァルトもあえて大きく動かさなかった。
「まず、立ち方ですな」
「ええ」
「剣より前に、制服のままどこまで静かにいられるかを見ます」
それはその通りだと思った。
制服は、ただ着るだけなら誰でも着られる。
だが、着ていることで無駄に固くなったり、逆に屋敷だからと気を抜いて崩れたりするなら意味が薄い。
必要なのは、制服の重さに引っ張られず、しかし軽くも見せず、自然に背負うことだ。
私は廊下を歩いた。
庭へ出た。
礼をした。
座り、立ち、振り向いた。
ただそれだけで、色々分かる。
制服は、騎士服より“立場”が強い。
そのぶん、雑に着ると目立つ。
逆に意識しすぎると固くなる。
つまり、ちょうどよく馴染ませる必要がある。
「お嬢様」
オズヴァルトが言う。
「まだ少し、制服を“前へ出して”おります」
「そうかしら」
「ええ。着ていることを自分でも意識しすぎておられる」
鋭い。
かなり鋭い。
「それはいけませんの?」
「悪くはありません。ですが、二年次へ入ればその意識が動きを遅らせる場面もあるでしょう」
つまり、制服を着ていることを忘れるくらいでなければ足りない。
だが、忘れてよいほど軽くも扱えない。
面倒ですわね。
大変によろしいですけれど。
そこから冬季練成は、夏より少し静かな方向へ深まっていった。
重り入り部分鎧も使った。
だが、夏のように“外側の揺れを身体へ入れる”が主ではない。
今回は、“制服という前提が乗った状態で、自分の型が崩れないか”を見るための負荷になった。
制服。
その上に軽い負荷。
帯剣。
歩法。
入り。
戻り。
冬の冷えた空気の中でやると、余計な力が入りやすい。
だからこそ、そこが見える。
肩が上がる。
首が固まる。
腰が少しだけ遅れる。
それを一つずつ消す。
消しすぎない。
残すべき芯は残す。
オズヴァルトは言った。
「夏は、“学校で削ったものを戻す”練成でした」
「ええ」
「冬は違います。“学校の側の立場を着たまま、それでも自分の戻しを失わぬ”練成です」
その違いは大きかった。
私は今、ただ騎士学校で鍛えている娘ではない。
制服を貸与され、二年次へ進む者として、外から見ても“そういう側”へ置かれている。
ならば、動きも、立ち方も、休み方も、その前提込みで整っていなければならない。
かなり厄介だ。
そしてかなり面白い。
冬季練成では、剣の稽古そのものも変わった。
父も兄も、夏よりさらによく見に来るようになった。
理由はたぶん単純だ。
制服を着た私が、どこまで自然に屋敷の中で立てるのかを、二人も見たかったのだろう。
父は相変わらず直接的だった。
「今の入りはいい」
「そこは制服の硬さが出ている」
「その戻りは二年次で使える」
「だが、それでは屋敷の庭が狭い」
短い。
だが鋭い。
兄はもっと分かりやすかった。
「前より“学校の人間”っぽい」
「でも、夏よりは屋敷でも浮いてない」
「今のは父上の言う通り、ちょっと硬い」
「その切り替えはかなりやりにくい」
やりにくい、は良い褒め言葉である。
私は最近それを理解した。
母は、やはり別のところを見る。
「ルゥ」
「何かしら」
「制服のままでも、前より“食卓にちゃんと馴染む顔”をするようになったわね」
私は少しだけ首を傾げた。
「そうかしら」
「ええ。帰ってきたばかりの時は、“制服を着て座っている”感じだったの。でも今は、“制服ごとここにいる”顔になってきた」
それはたぶん、かなり本質だった。
私はようやく、制服を外側のものとしてではなく、自分の立場の一部として扱い始めているのだろう。
そう思うと、冬季練成の意味はかなり大きかった。
そして、この冬でも食事はやはり調整の一部だった。
夏ほど露骨には変えない。
だが、冬は冬で必要がある。
冷え。
回復。
疲労の抜け。
そして二年次へ向けた維持。
私は前より“食べるべき時に食べる”ことへ迷いが減った。
母もそれに気づいていたらしい。
「あなた、もう“必要だから食べる”ことを嫌がらないのね」
「嫌がる理由がありますの?」
「前は少しだけ、“公爵令嬢らしさ”をどこかで気にしていたでしょう」
私は少し考えた。
そして、頷いた。
「ええ。たぶん」
「今は違う」
「ええ」
そこはかなり明確だった。
必要なら食べる。
必要なら休む。
必要なら鍛える。
必要なら整える。
その一連の流れの中に、ようやく制服まで入ってきたのだ。
冬季練成の終盤、オズヴァルトははっきり言った。
「お嬢様」
「何かしら」
「冬は夏より静かな練成でしたな」
「ええ」
「ですが、深かった」
私は黙ってその先を待った。
「夏は一皮剥けました」
「ええ」
「冬は、剥けた皮の下に、もう一段きちんと芯が通りました」
私は少しだけ目を細めた。
「それは良いことかしら」
「かなり」
即答だった。
「制服に着られず、しかし軽くも扱わず、その重さを前提に自然に立つ。それが少し出来始めております」
その言葉は、とても重かった。
そして、かなり嬉しかった。
私は静かに礼をした。
「ありがとうございます」
「ただし」
来ましたわね。
「二年次に戻れば、また崩れます」
「ええ」
「騎馬、歩兵、複合、役割、地形。今度は“立場”だけでなく“役割”の重さまで加わる」
「ええ」
「ですから、この冬の感覚を忘れぬことです」
「はい」
それでよいのだと思う。
休暇は、完成のためにあるのではない。
次に崩れるための、少し深い土台を作るためにある。
夏がそうだったように、冬もまたそうなのだ。
冬季休暇の最後の夜、私は鏡の前に立った。
騎士学校制服。
短い髪。
静かな立ち方。
前よりも少し落ち着いた肩。
そして、公爵家の屋敷の中で、それがもう不自然ではないこと。
良い。
かなり良い。
夏は、“学校の型と自分の型が繋がった”と感じた。
冬は違う。
“学校の立場ごと、自分の側へ納め始めた”と感じる。
それは一段重い。
だが、一段深い。
私はその夜、記録帳を開いた。
冬季休暇という名の冬季練成を終えた。
制服の重さを、自分の動きの中へ入れ直した。
重り入り部分鎧も、今度は“制服を着たまま崩れないための負荷”として使えた。
お父様もお兄様も、お母様も、前より“制服ごと馴染んでいる”ことに気づいた。
オズヴァルトは、冬は静かで深い練成だったと評した。
そして最後に、少しだけ大きく書いた。
どうやらこの冬で、騎士学校制服の重さも少しだけ自分のものになってきたようですわね。
かなり重い。
ですが、かなり悪くありませんわ。
私は羽根ペンを置き、制服の袖を静かに撫でた。
よろしい。
これでまた戻れる。
しかも今度は、ただ戻るのではない。
もう少し深いところから始められる。
そう思えるだけで、この冬季練成には十分な意味があった。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、冬季休暇という名の冬季練成を通じて、騎士学校制服という“立場そのものの重さ”を、屋敷の中でも少しずつ自分の型へ馴染ませることに成功し、二年次のより重い課程へ向けて、また一段静かに芯を深めていくのだった。




