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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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幕間 続・公爵家秘密会議――ルクレツィアは婚約者が居ないが、家族である我々は心配すべきか否か

 冬季休暇の夜。


 ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンが騎士学校制服のまま屋敷へ戻り、その重さと自然さについて一通り秘密会議で確認し終えたあと。


 ヴァルツェン公爵家の小会議室には、まだ父と母と兄が残っていた。


 会議が終わったのかと言えば、終わっていない。

 終わらせようと思えば終われる。

 だが、終わらない。


 なぜなら、ルクレツィアという娘は、一つ話をすると必ずもう一つ話題を生むからである。


 父が疲れた顔でお茶を一口飲み、ようやく口を開いた。


「……もう一つある」


 兄が椅子へもたれたまま言う。


「あるだろうとは思ってた」


 母は静かにカップを置いた。


「今度は何ですの」


 父は少しだけ間を置いた。

 その間が妙に長かったので、兄が先に察した。


「婚約か」


 母の目が少しだけ細くなる。

 父は低く答えた。


「そうだ」


 沈黙。


 これは少し質の違う沈黙だった。

 騎士学校だの制服だのとは別の、もっと家の内側へ寄った話だからだろう。


 母が最初に言う。


「……そういえば、いないわね」


「いない」


 父が即答する。


「ルクレツィアには婚約者がいない」


「今さら確認することでもないだろ」


 兄が言う。


「そうか?」


 父は本気で聞いていた。


「確認する価値はある。年齢を考えれば、いなくて自然とも言い切れん」


 それはたしかにそうだった。


 ルクレツィアは公爵家の娘である。

 しかも容姿に難があるわけでもない。

 家格もある。

 本来なら、婚約話の一つ二つあっても不思議ではない。


 だが実際には、ない。


 母が静かに言う。


「正確には、“なかった”というより、“進めようとしても進まなかった”のよ」


 兄が少しだけ笑う。


「まあ、そうだな」


 父が母を見る。


「お前は前から気にしていただろう」


「当然でしょう」


 母は即座に返した。


「私は母ですもの。娘の婚約や縁談を一度も意識していなかったと思って?」


「で」


 父が促す。


「どう見ていた」


 母は少し考え、それから穏やかに、しかし遠慮なく言った。


「正直に言えば、最初は気にしていたわ。かなり」


「理由は」


「ルゥは容姿も整っているし、家格もある。性格だって、外向きに整えればきちんと“令嬢”として成立するもの。なのに、本人の意識がそちらへまるで向かない」


 兄がそこへ挟む。


「まるで、っていうか本当に向いてないよな」


「ええ」


 母は頷いた。


「小さい頃から、同年代の令嬢たちが“誰それ様が素敵”とか“舞踏会でどう見えるか”とか言い出す年頃になっても、ルゥだけはそういう話へ一切食いつかなかった」


 父が低く言う。


「食いつく代わりに木剣を欲しがった」


「ええ」


「そして断罪を警戒し始めた」


「ええ」


 兄が小さく息を吐く。


「何度聞いてもおかしい流れだな」


「おかしいのよ」


 母は即答した。


「でも事実でしょう?」


 そこは誰も反論できない。


 父が少しだけ顔をしかめる。


「問題はそこではない。今のルクレツィアに婚約者がいないことを、家として心配すべきかどうかだ」


 その問いは、かなり本題だった。


 母は少しだけ首を傾げる。


「“心配”の意味によるわ」


「どういう意味だ」


「縁談の機会という意味なら、完全に心配していないわけではない。でも、本人の幸福という意味なら、今の時点では無理に心配する方が危ういと思う」


 兄が言う。


「俺もそっちだな」


 父が兄を見る。


「理由は」


「簡単だよ。今のルクレツィアに婚約者がいたら、たぶんその相手の方が先に死ぬ」


 母が目を閉じた。

 父は深く息を吐いた。


「死にはせん」


「比喩だよ」


 兄は平然としている。


「でも本質はそうだろ。今のあいつ、恋愛とか婚約とかを“人生の中心に置く前提”がない」


 それはかなり正しかった。


 ルクレツィアは、公爵令嬢であることは理解している。

 婚姻が家にとって持つ意味も、頭では分かっているだろう。

 だが、それを自分の中で優先順位の高いものとして扱っていない。


 いや、扱っていないどころか、かなり下の方に置いている。


 父が低く言う。


「だからこそ問題なのだ」


「本当に問題かしら」


 母が返す。


「何だと」


「だって今のルゥに婚約者を置いても、その相手を“自分の進路や鍛錬より優先する”とは思えないもの。なら、形だけ先に決めても歪むだけでしょう?」


 父は黙った。

 その通りだと分かっているからだ。


 兄が笑う。


「しかも相手が普通の貴族子弟だったら、“なぜこの公爵令嬢は俺より鎧と槍の話を楽しそうにするんだ”で詰むと思う」


「言い方」


 母が咎める。

 だが完全には否定しない。


 父は少しだけ視線を落とした。


「それでも、家としては考えねばならん」


「ええ」


 母は頷く。


「考えなくてよいとは言わないわ。でも、“今すぐ心配すべき問題か”と問われれば、私はまだ違うと思うの」


「なぜだ」


「今のルゥは、ようやく“騎士学校の側の自分”をちゃんと立て始めたところよ。夏は学校で得たものを持ち帰る段階だった。冬は、向こう側の立場ごと家へ入ってきた段階」


 母は言葉を区切る。


「つまり、まだ自分の足場を固めている途中なの。そこへ婚約を乗せるのは、順番として少し早い」


 兄がすぐ乗る。


「そう。今のあいつに必要なのは、たぶん“誰と結ぶか”じゃなくて、“自分が何者として立つか”の方だ」


 父はそれを聞きながら、少しだけ眉を寄せた。


「では、いつならよい」


 母は少し考えた。


「少なくとも、本人の中で騎士課程の立場がもう少し安定してから。二年次、三年次、場合によってはその先でもいいかもしれない」


「遅くないか」


「公爵家としては少し遅いかもしれないわね。でもルゥ個人としては、今の方がもっと危ういと思う」


 父が問う。


「危うい、とは」


「今のルゥに婚約を押し込めば、“騎士学校で積んでいる自分”と“婚約者を持つ令嬢としての自分”が、たぶんまだ綺麗に繋がらない」


 そこで兄がぽつりと言った。


「それに、ルクレツィア本人、たぶん恋愛感情の起動条件が普通じゃないだろ」


 沈黙。


 父がゆっくり兄を見る。


「……どういう意味だ」


「そのままの意味だよ」


 兄は肩をすくめた。


「普通の令嬢みたいに、顔がいいとか、優しいとか、家格がどうとかで簡単に動くタイプじゃないだろ」


 母がため息をつく。


「ええ。それはそうね」


「たぶんあいつ、自分より明確に強いとか、見ているものが深いとか、理不尽の時に崩れないとか、そういうところにしか反応しない気がする」


 父が本気で嫌そうな顔をした。


「条件が厳しすぎる」


「厳しいっていうか、ずれてる」


「お前が言うな」


「でも事実だろ」


 兄はまったく悪びれなかった。


「しかも、仮にそういう相手がいたとしても、ルクレツィア本人がそれを“好意”として自覚するまでに時間がかかりそうだし」


 母が静かに頷く。


「ええ。かなり」


「つまり、いないこと自体は今はそこまで異常じゃない」


「家としては異常に見えるがな」


 父が言う。


「見えるだけで、本人の内側からすると自然なんだよ」


 兄はそう言った。


 その言葉は少し乱暴だが、かなり本質的だった。


 ルクレツィアに婚約者がいない。

 それは公爵家の娘として見れば、少し気にかけるべき事項だ。

 だが、今のルクレツィアという個体として見れば、むしろ自然ですらある。


 彼女はまだ、自分が騎士学校の側でどう立つかを固めている途中なのだ。

 その途中で、婚約という別の重さを載せれば、かえって全部が歪むかもしれない。


「ただ」


 母がそこで言った。


「まったく心配しなくていい、とも思っていないわ」


 父が頷く。


「そこだ」


「ルゥ本人はたぶん、今は平気なの。でも、家の外の目は別でしょう?」


「ええ」


「“公爵家の娘なのに婚約者がいない”は、放っておけば余計な詮索を呼ぶ」


 兄が顔をしかめる。


「面倒だな」


「面倒よ」


 母は即答する。


「しかも今のルゥは、騎士学校制服まで常時着ている。余計に“何を考えている家なのか”と見られやすい」


 父が低く言う。


「つまり、問題は本人ではなく、外か」


「かなりそうね」


「本人は“必要ですもの”で済ませるだろうが」


「ええ」


「外は済ません」


 その通りだった。


 少しの沈黙のあと、兄が言った。


「じゃあ結論は、“今すぐ婚約者を作る心配はしないが、外向きの説明は考える”あたりか」


 母が頷く。


「私はそれが妥当だと思うわ」


 父も腕を組んだまま、ゆっくり言う。


「……そうだな」


「認めるのね」


「認めるというより、順序だ」


 父は少しだけ疲れた声で続けた。


「今のルクレツィアに婚約を押し込むのは得策ではない。だが、家として何も考えていないように見せるのも得策ではない」


「その通りね」


「なら、“今は騎士課程に専念させている”という形で外へ見せるのが一番ましだろう」


 それは、かなり現実的な結論だった。


 兄が小さく笑う。


「実際そうだしな」


「そうだ」


 父は即答した。


「嘘ではない」


「でも、それで何年まで引っ張る?」


 兄が聞く。


「二年か。三年か」


 母は少し考えた。


「少なくとも二年次の様子を見てからでしょうね」


「妥当だな」


 父も頷く。


「複合訓練へ入って、本人がどう変わるか。そこを見ずに次の話へ進めるのは危うい」


 兄がそこで少しだけ悪い顔をした。


「でもさ」


「何だ」


「父上も母上も、内心ちょっと面白がってるだろ」


 母が目を瞬かせる。

 父は露骨に嫌そうな顔になる。


「何をだ」


「ルクレツィアに婚約者が出来たら、相手がどんな顔するか」


 沈黙。


 母が先に口元を押さえた。

 父は天を仰ぐ。

 だが、誰も完全には否定しなかった。


 兄が続ける。


「普通の貴族子弟だったら詰むよな。たぶん数日で“何でこの人は俺より鍛錬の予定を優先するんだ”になる」


「やめなさい」


 母が言う。

 だが声に本気の咎めは薄い。


「でも、少し分かるわ」


 父が本気で疲れた顔をした。


「お前まで乗るな」


「だって、そうでしょう?」


 母は穏やかだった。


「ルゥはたぶん、自分の進路も鍛錬も手放さないわ。そこを面白がれるか、少なくとも理解できる相手でないと無理よ」


「条件が厳しい」


 父がまた言う。

 兄が頷く。


「でも、だからこそ今はいないんだろ」


「そうね」


 母は静かに結んだ。


「だから、今はそれでいいのだと思うわ」


 その言葉で、ようやく話は落ち着き始めた。


 ルクレツィアに婚約者がいない。

 家族として心配すべきか。


 結論としては、半分だけ心配すべき、だった。


 本人の心身のためには、今すぐ無理にどうこうする必要はない。

 だが家の外の目のためには、何も考えていないように見せてもいけない。


 ゆえに、今は騎士課程を優先。

 婚約は急がず。

 ただし外向きの見え方は管理する。


 かなり公爵家らしい、面倒で現実的な結論だった。


 会議の終わり際、父が深く息を吐いて言った。


「本当に、忙しい娘だ」


 母が微笑む。


「でも、面白いでしょう?」


「面白いかどうかで言えば……」


 父はそこで言葉を切った。

 兄が待つ。

 母も待つ。


 やがて父は低く言った。


「……少しはな」


 兄が笑う。

 母も静かに笑った。


 それで、この夜の会議は終わった。


 ――こうして、冬季休暇の夜に開かれた続・公爵家秘密会議は、「ルクレツィアに婚約者がいないことを今すぐ深刻に心配する必要はない。だが、家としては外向きの見え方を考えねばならない」という、かなり妥当でかなり面倒な結論に落ち着き、同時に家族全員が“あの娘の婚約相手は相当に難しい”という現実を改めて共有する夜となったのだった。

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