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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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幕間 ルクレツィアが帰省した夜の公爵家秘密会議

 その夜、ヴァルツェン公爵家では、やはり秘密会議が開かれていた。


 もはや様式美である。


 ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンが節目を一つ越えるたびに、父と母と兄が集まり、誰からともなく「あれは本当に大丈夫なのか」と確認し合い、最終的に「大丈夫ではないが、今さら止まらん」という妙に収まりの悪い結論へ寄っていく。


 今回も、だいたいその流れだった。


 場所はいつもの小会議室。

 扉の外には信頼できる使用人のみ。

 中にいるのは、父、母、兄の三人だけ。


 当のルクレツィア本人はもちろん不在である。

 いたらいたで話は早いかもしれないが、その場合、別の意味で収拾がつかなくなる。


 最初に口を開いたのは母だった。


「重かったわね」


 兄が小さく息を吐く。

 父は腕を組んだまま頷いた。


「ええ」


 母はカップへ指を添えながら続ける。


「騎士学校制服のまま帰ってきた姿、思っていた以上に重かったわ」


「夏とは違ったな」


 父が低く言う。


「ええ」


 母は頷く。


「夏は、騎士学校へ行った娘が戻ってきた感じだったの。でも今回は違う。“騎士学校の側の人間になった娘”が、そのまま家へ入ってきた感じだった」


 兄がそこへ乗る。


「分かる。しかも、制服に着られてるわけじゃなかった」


 父は兄を見た。


「お前もそう思ったか」


「かなり」


 兄は率直だった。


「もっとこう、屋敷の空気と制服がぶつかるかと思った。でも浮いてない。あれは、あいつの方がもう制服の意味ごと呑んでる」


 少しの沈黙が落ちる。


 誰も、すぐには次を言わなかった。

 それは悪い沈黙ではない。

 全員が同じ違和感と、同じ納得を持っていたからだ。


 父がようやく口を開いた。


「似合っていた」


 兄が少しだけ笑う。


「珍しいな。父上が最初からそこを認めるの」


「認めるしかないだろう」


 父は本気で嫌そうな顔をした。

 だが、その嫌そうな顔の中に、少しの諦めと少しの感心が混じっているのを、母は見逃さなかった。


「あなた、今回は本当に褒めたでしょう?」


「褒めた」


 即答だった。


「騎士服の時とは違う。今回は制服だ。制服を着て、それでも“着ている”ではなく“そういう者として立っている”ように見えた」


 母が静かに息を吐く。


「そうなのよね。そこが一番重かったのよ」


「重い、か」


「ええ」


 母は父を見る。


「騎士学校制服は、単なる服ではないわ。立場でしょう? しかも日常も休暇中も常時着用。つまり、家へ帰っても“そちら側”を脱げない」


「そうだ」


「なのに、ルゥはもう、それを“脱げない重さ”として嫌がるだけではなく、自分の中へ入れ始めている」


 父は黙った。

 だが否定はしなかった。


 そこへ兄がぼそりと言う。


「夏は、“学校で得たものを持ち帰った”だった」

「ええ」

「今回は、“学校の側のわたくしごと、そのまま来た”だった」


 父と母の視線が兄へ向く。


「聞いていたのか」


「夕食のあと、母上と話してただろ。聞こえた」


 兄は少しだけ肩をすくめた。


「でも、たぶんあれが一番正確だ。夏は調整期間だった。冬は、もう向こう側の立場ごと持って帰ってきてる」


 父が低く言う。


「つまり、戻れなくなっている」


 母はすぐには答えなかった。

 少し考えてから、静かに言う。


「戻れない、というより……もう“戻る”という発想そのものが薄くなってきているのではなくて?」


 その言葉は重かった。


 父は腕を組み直した。


「どういう意味だ」


「前は、騎士学校へ行く娘と、公爵家の娘を、どこかで行き来していたのよ。でも今は違う。ルゥの中で、それが少しずつ一つになり始めている」


 兄が頷く。


「俺もそう思う。前は“公爵令嬢なのに騎士学校へ行く”だった。でも今は“公爵令嬢のまま騎士学校の側へ入っていく”感じだ」


 父はそれを聞きながら、少しだけ目を閉じた。


 嫌な話ではない。

 だが、簡単な話でもない。


 ルクレツィアが騎士学校へ行くと決めた時、父はそれを“家の外れた進路”として見ていた。

 今もその認識が完全に消えたわけではない。

 だが、目の前の娘はもう、その外れた進路をただ踏んでいるだけではなかった。


 そこに立ち、そこへ馴染み、しかも家へ戻ってきても壊れていない。


 その事実が、父には少し厄介で、かなり重かった。


「オズヴァルトの見立ても同じだったな」


 父が言う。


「ええ」


 母が頷く。


「制服に着られていない、と」


「夏より立ち方が迷っていない、とも言っていた」


 兄が補足する。


「しかも“学校の型を消す必要はない段階に入っている”ようにも見えた」


 その言葉で、父が少しだけ顔を上げた。


「それだ」


「何が」


「そこが、一番大きい」


 父の声は低かったが、かなりはっきりしていた。


「夏は、学校で得たものを家で再調整していた。だが今は違う。学校の型そのものを自分の中へ納め始めている。つまり、もう一時的な変化ではなくなっている」


 母が静かにカップを置いた。


「ええ。だから重いのよ」


「だが」


 父はそこで少しだけ声を落とす。


「悪いことではない」


 兄が目を細める。

 母は父を見た。


 父は言葉を選んでいた。


「悪いことではない。少なくとも、壊れてはいない。むしろ、前より芯が通っている」


「ええ」


「だがその分、今後はますます“公爵家の娘が騎士学校へ行っている”では済まなくなる」


 それはその通りだった。


 母も、そこはすぐに頷く。


「ええ。制服は隠さないもの。しかも休暇中まで常時着用なら、今後は王都でも地方でも、見られる時は必ず“騎士学校の二年進級者”として見られる」


「そこへ公爵家の娘まで乗る」


 兄が低く言う。


「正直、目立たない方がおかしいな」


 父は本気で嫌そうな顔をした。


「目立つ。かなり目立つ。しかも、夏より違和感が薄くなっている以上、物珍しさではなく“そういうもの”として見られ始める」


 母が言う。


「つまり、評判も固まりやすくなる」


「そうだ」


「良くも悪くも」


「その通りだ」


 少しの沈黙。


 そこで兄が、少しだけ気楽そうに聞いた。


「で、父上は何が一番嫌なんだ」


「聞くな」


「聞く」


 父は兄を睨んだが、やがて深く息を吐いた。


「……似合っていることだ」


 母が少しだけ笑いそうになる。

 兄は口元を押さえた。


「それ、かなり本音だな」


「本音だ」


 父は本当に疲れた声で言う。


「似合わなければ、まだ“無理をしている”とも言えた。だが違う。本人も制服を嫌がりながら、その重さを理解して、自分のものへしている。なら、止めようがないだろう」


 母が静かに言う。


「あなた、少し安心しているわね」


「していない」


「嘘ね」


「……少しだ」


 その訂正は、かなり正直だった。


 父は続ける。


「少し安心している。だが、その分だけ次が怖い」


「二年次ね」


「そうだ」


 父の顔が少し険しくなる。


「騎馬。歩兵。複合訓練。役割。実地に近いもの。今までより、はるかに外へ寄る」


 兄が言う。


「しかも制服がある。つまり、外での見られ方まで前提に入る」


「ええ」


 母も頷く。


「だから今回の帰省は、夏よりずっと“家の中の娘”の時間が少なくなるのよね」


「どういう意味だ」


 父が問う。


「ルゥは屋敷へ戻ってきた。でも、今までのように“家の中だけで完結する娘”としては戻ってきていない。向こうでの立場と責任ごと、そのまま連れて帰ってきている」


 その言葉は、父にも兄にもよく伝わったらしい。

 二人ともすぐには返さなかった。


 兄がやがて低く言う。


「だから“戻った感が薄い”のか」


「そう」


 母は頷いた。


「でも、それは悪いことばかりでもないわ。少なくとも、向こうの顔を家で脱いで、また向こうへ行くたびに着直すよりは、ずっと自然だもの」


「自然、か」


 父がその言葉を反復した。


「自然ではないだろう。公爵家の娘が、騎士学校制服を着て、冬季休暇に屋敷へ帰ってくるんだぞ」


 兄がそこで笑った。


「それを言い出したら最初から自然じゃないよ」


「うるさい」


 だが、兄の言う通りでもある。


 今さら“自然かどうか”を問う段階ではない。

 問題は、そこからどう形にしていくかだ。


 母が話を戻す。


「冬季休暇の間は、何を見ます?」


 父は少し考えた。


「まず、制服のままでどう振る舞うかだな」


「ええ」


「屋敷の中で崩れすぎないか。逆に、固まりすぎないか」


「かなり大事ですわね」


「それと、二年次へ向けての気配だ」


 兄が頷く。


「戦術じゃなくて、役割の取り方とかか」


「そうだ。二年次は、ただ強いだけでは足りん。あいつがそこをどう捉えているか」


 そこで母が少しだけ笑う。


「そこは案外、心配していないのよね」


「なぜだ」


「ルゥは“見える”子だから」


 父が少しだけ目を細めた。

 母は続ける。


「問題は、見えたものを拾いすぎること。そこは昔から変わらないわ。でも今は、少なくとも“全部を一人で回収すると駄目”だと学び始めている」


 父はそれを聞いて、小さく頷いた。


 そこは確かに大きい。

 夏の帰省でも見えた変化だったが、冬はそれがさらに深くなっていた。


「……つまり、少しずつ本当に“外で使えるように”なってきているわけか」


「ええ」


 母が即答する。


「かなり」


 兄も笑う。


「嫌な言い方だけど、そうだな」


 父は長く息を吐いた。

 その息は、疲れでもあり、納得でもあり、少しの観念でもあった。


「本当に忙しい娘だ」


 母が穏やかに言う。


「でも、良い娘でしょう?」


「誰も悪い娘だとは言っていない」


「そういう意味ではありません」


 兄がそこへ挟む。


「父上は、だいぶ誇らしいんだよ」


「余計なことを言うな」


「図星か」


「黙れ」


 だが、父はそこで強くは否定しなかった。


 それが答えなのだろう。


 会議はそこから、制服での休暇中の過ごし方、外出時の扱い、屋敷内でどこまで騎士学校側の習慣を維持させるか、二年次前の心身の整え方など、かなり実務的な話へ移った。


 それらを一つずつ詰めながら、三人ともどこかで分かっていた。


 この冬の帰省は、ただの帰省ではない。


 ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンという娘が、公爵家の娘でありながら、騎士学校二年進級者という立場を“服ごと”自分へ馴染ませ始めた、その途中経過を家が確認する時間なのだ。


 そして、その途中経過は、少なくとも今のところ悪くない。


 かなり重く。

 かなり厄介で。

 だが、かなり良い方向へ進んでいる。


 会議の終わり際、父が最後にぽつりと言った。


「夏はまだ、戻ってきた娘だった」


 母と兄が父を見る。


「だが、今回は違う。あれはもう、“向こうで立つ者”がそのまま来た」


 母は静かに微笑んだ。


「ええ」


 兄も小さく頷く。


「たぶん、それで合ってる」


 父はそれ以上は言わなかった。

 だが、その言葉が、この夜の会議の結論だった。


 ――こうしてルクレツィアが冬季休暇で帰省した夜の公爵家秘密会議は、夏とは違い、“騎士学校の側の立場ごとそのまま家へ入ってきた娘”を前にして、その重さと自然さを家族が改めて確認し、二年次へ向けた新しい見方へ少しずつ切り替わっていく夜になったのだった。

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