第58話 冬季休暇で屋敷へ戻りましたけれど、騎士学校制服のまま帰るのは思っていた以上に「戻った感」が薄いですわね
二年進級を終え、騎士学校制服を貸与され、そのまま後期の締めを越えたあとで迎える冬季休暇は、夏季休暇とは少し違っていた。
夏は、まだ“帰ってきた娘”だった。
騎士学校へ行き、一学期を終え、少し変わって戻る娘。
だが今回は違う。
二年進級者。
騎士学校制服貸与。
しかもそれを、日常でも休暇中でも常時着用。
つまり、私はもう“屋敷へ帰る時だけ元の娘へ戻る”ことが許されない。
それは思っていた以上に大きかった。
冬の朝、王都を発つ馬車の中で、私は自分の袖口を少しだけ見下ろした。
騎士学校制服は、やはりよく出来ている。
動きやすい。
整っている。
だが同時に、これは明らかに“学校のもの”だった。
騎士服ではない。
私物でもない。
公爵家の娘の普段着でもない。
王国騎士学校の二年進級者である、という立場そのものを布にしたような服だ。
なるほど。
重いですわね。
もちろん、布が重いわけではない。
意味が、である。
夏季休暇の時は、屋敷へ向かうにつれて少しずつ“帰る”感覚が強くなった。
だが今回は違う。
制服のまま馬車へ乗り、制服のまま景色を見て、制服のまま家へ帰る。
つまり、帰るのに、少しも“元へ戻る”感じがしない。
それが、妙に面白かった。
屋敷へ着いた時、空気は冬らしく澄んでいた。
石畳も冷え、吐く息が少し白い。
出迎えは夏と同じく、大げさすぎない。
だが整っている。
父がいる。
母もいる。
兄もいる。
オズヴァルトも、なぜか最初からいる。
かなり分かりやすい。
私は馬車を降り、一礼した。
「ただいま戻りましたわ」
そして、その瞬間に理解した。
やはり、少し違いますわね。
視線がまず制服へ行くのだ。
顔より先に。
髪より先に。
立ち方より先に。
母が最初に口を開いた。
「……本当に、それで帰ってくるのね」
私は少しだけ首を傾げた。
「規則ですもの」
「ええ。分かっているわ」
母はゆっくり近づき、袖口と胸元の徽章を見る。
その目には、夏の時とは違う複雑さがあった。
「思ったより、重いわね」
私は少しだけ笑いそうになった。
「お母様もそう思われますの?」
「ええ。騎士服の時とは違うのよ。あれは“行くための姿”だった。でもこれは、“向こう側の人間として戻ってくる姿”なの」
かなり鋭い。
さすがお母様である。
兄がそこで言う。
「分かるな。夏よりずっと“戻ってきた”というより“来た”感じがする」
悪くない表現だった。
父はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。
「似合うな」
それは前にも聞いた。
だが今回は少し違った。
前は、騎士服が似合う、だった。
今回は、騎士学校制服を着た立場ごと似合っている、に近い。
私はその違いを感じ取りながら答えた。
「ありがとうございます」
「褒めている」
父が言った。
今度は本当に、だった。
私は少しだけ目を見開いた。
「まあ」
「ただし」
来ましたわね。
「それが似合うということは、今後ますます外からもそう見られるということだ」
「ええ」
「屋敷の中だけで済む話ではなくなる」
「ええ」
その通りだった。
制服は、隠してくれない。
むしろ明らかにする。
公爵令嬢であること。
騎士学校二年進級者であること。
その二つを、まとめて外へ見せる。
だから重いのだ。
オズヴァルトがそこで言う。
「まずは動きを見たいですな」
さすがである。
話が早い。
冬の屋敷へ戻ったばかりだというのに、結局その日のうちに私は庭へ出ることになった。
母は少々呆れた顔をしていたが、止めはしなかった。
礼。
構え。
歩法。
入り。
止め。
戻り。
騎士学校制服は、騎士服とはまた違う。
公的な形が強い。
だが、動きを殺すほどではない。
終えたあと、オズヴァルトは少しだけ目を細めた。
「夏とはまた違いますな」
「ええ」
「今度は、学校の型を通したうえで、立場が前へ出ております」
父が問う。
「どう違う」
「夏は“学校で得たものを持ち帰った”感じでした。今回は、“学校の側の人間になったまま帰ってきた”感じです」
母が静かに息を吐く。
「やはりそう見えるのね」
「ええ」
オズヴァルトは頷いた。
「ただし、悪いことではありません」
「ほう」
父が少しだけ眉を動かす。
「夏より、立ち方が迷っておりません。制服に着られていない。制服ごと自分の型へ入れ始めている」
それはかなり大きな評価だった。
私は静かにそれを受け取り、少しだけ頷いた。
「そうかもしれませんわね」
「自覚は」
「ええ。少しは」
夏は、“学校の型をどう戻すか”が中心だった。
だが今は違う。
今の私は、学校の型を消す必要がない。
むしろ、その型ごと自分の中へ納めてしまう段階に近い。
それが冬の帰省の違いなのだろう。
夕食の席では、当然ながら制服の話になった。
兄がまず聞いた。
「常時着用って、やっぱり面倒か」
「ええ」
私は素直に頷いた。
「かなり」
「だよな」
「ですが、意味は大きいですわ」
母が問う。
「どう大きいの」
「制服は、考えなくても立場を思い出させますの」
皆が少し黙った。
私は続ける。
「私服なら、だらける余地がありますわ。ですが制服は、“何者として見られているか”を消してくれませんの」
父が低く言う。
「責任の常時化、か」
「ええ」
「嫌ではないのか」
「嫌ですわ」
私は即答した。
「ですが、必要ではあります」
兄が笑う。
「結局そこへ戻るんだな」
「当然ですもの」
だが、今回はその“当然”に少しだけ別の意味も混ざっていた。
前は、必要だから着る、だった。
今は、必要だから着る、に加えて、着ている方が自分も崩れにくい、がある。
そこが違う。
母は食後、お茶を飲みながら言った。
「ルゥ」
「何かしら」
「今回は、夏よりも少し“帰ってきた違和感”が少ないわ」
「そうかしら」
「ええ。制服は重い。だけど、その重さごとあなたが来た感じがするの」
その言葉は、かなり深く入った。
私は少しだけ考え、それから答えた。
「わたくしも、少し似たことを思いましたわ」
「どんな?」
「夏は“戻ってきた”でしたけれど、今回は“向こう側のわたくしが、そのまま来た”感じですの」
母が静かに微笑む。
「そう。たぶん、それが二年生になるということなのね」
夜、自室へ戻ってから鏡を見た時、私はようやくその違いをもう少し正確に理解した。
髪は短いまま。
立ち方も静か。
肩も前より落ち着いている。
そして制服は、もうそこまで浮いて見えない。
これは、少し前の私ならおかしなことだったろう。
公爵家の屋敷の中で、騎士学校制服が浮かない。
だが今は、浮かない。
それだけ、私の側が変わったのだ。
私はその夜、記録帳を開いた。
冬季休暇で帰宅。
騎士学校制服のまま戻った。
思っていた以上に“戻った感”が薄い。
お母様は“向こう側の人間になったまま帰ってきた”ようだと仰った。
お父様は、今度は本当に褒めた。
オズヴァルトは、制服に着られていないと評した。
そこまで書いて、私は少しだけ止まった。
それから最後に、一行だけ静かに足した。
どうやらこの冬の帰省は、“学校で得たものを持ち帰る”ではなく、“学校の側のわたくしごと、そのまま屋敷へ持ち込む”帰省のようですわね。
……かなり重いですけれど、悪くありませんわ。
私は羽根ペンを置き、新しい制服の袖へそっと触れた。
よろしい。
冬季休暇は始まったばかりだ。
この重さを、屋敷の中でもちゃんと自分のものにする。
そのうえで、また次へ戻ればよい。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、二年進級後初めての冬季休暇で騎士学校制服のまま屋敷へ帰還し、夏とは違う形で“学校の側の自分”をそのまま家へ持ち込むことになり、その重さごと少しずつ馴染ませていく時間へ入っていくのだった。




