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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第57話 後期課程が終わり、二年進級者には騎士学校制服が貸与されるそうですけれど、常時着用なのは少々重いですわね

 フル装備演習の最終日は、初日より静かだった。


 それは余裕が出たからではない。

 むしろ逆だ。


 疲労が積み上がり、各員一度は指揮官役を回り、行軍も野営も模擬戦闘も一通り踏み、もう軽口だけで誤魔化せる段階を過ぎたのだろう。


 最終日の空気は、妙に澄んでいた。


 きつい。

 重い。

 だが、何がきつくて何が重いのかは、全員ある程度もう分かっている。


 それは悪くないことだった。


 私も疲れていた。

 かなり疲れていた。

 脚も、肩も、喉も、思考も、全部それなりに削られている。


 だが、削られたからこそ見えたものも多い。


 自分が前へ出たくなる場面。

 全体を見ようとしすぎて焦点が散る瞬間。

 一兵として動く時の方が楽に感じる場面。

 逆に、誰かが見ていないものが見えた時に、指揮官役の重さへ妙に納得する瞬間。


 嫌だった。

 だが、大変によろしかった。


 最終日の課題は、帰校まで含めた締めだった。


 最後の行軍。

 途中の模擬接触。

 簡易陣形の保持。

 そして、帰校後の講評と進級判定。


 つまり、終わり方まで見ている。


 騎士学校らしいと思った。


 帰校行軍の隊列は、入学直後とはもう全然違っていた。


 綺麗、とは言わない。

 美しい、でもない。

 だが、壊れにくい。


 前は、各員がそれぞれのきつさと戦っていた。

 今は違う。

 誰がどこで崩れやすいかを、少なくとも班の中では少しずつ分かり始めている。


 レオンは肩から死ぬ。

 イリーナは呼吸へ苛立ちが混ざる。

 カイルは限界が見えにくい。

 ブラムは力で押し切ろうとする。

 セシリアは荷の位置がずれやすい。

 そして私は、見えすぎると拾いすぎる。


 その全部を、今では全員がうっすら知っていた。


 だから、短く済む。


「レオン、肩」

「分かってる」

「セシリア、左」

「直す」

「ブラム、前出すぎ」

「分かってるって」

「カイル、水は次」

「……ああ」


 その程度で回る。

 かなり大きい変化だった。


 主教官も、それを見ていたのだろう。

 最後の模擬接触を終えたあと、初めて全体へ向けて少しだけ声を落とした。


「ようやく“ただ動く集まり”ではなくなってきたな」


 その一言は、思った以上に重かった。


 よろしい。


 かなりよろしい評価である。


 帰校した時には、もう誰も余計な言葉を口にしなかった。

 広場に整列した時の空気は、入学式の時とも、前期課程修了試験の帰校時とも違っていた。


 一学年を、本当に終える者たちの空気だった。


 装備を外す前に、講評が始まる。


 主教官だけではなく、複数の教官が前へ並んだ。

 槍。

 弓。

 隊列。

 行軍。

 野営。

 戦術。

 それぞれの担当が、それぞれの見たことを短く告げる。


「前期より、全体の維持がましになった」

「個人で強いだけの者は、後期でだいたい一度崩れた」

「その崩れを戻せた者と、まだ戻せぬ者がいる」

「武器選択を好き嫌いでやる者は減った」

「指揮官役で、自分が前へ出すぎる者はまだ多い」

「だが、一兵の時にしか生きない者もまた多い」


 どれも痛い。

 だが、正しい。


 私はその講評を聞きながら、自分の中で一つずつ照合した。


 前へ出すぎる。

 ええ。

 かなりありましたわね。


 一兵の時の方が楽。

 それもそうですわね。


 全体を見ると焦点が散る。

 そこも課題ですわね。


 つまり、やはり講評とは良いものだ。

 嫌なものですが。


 やがて、主教官が最後に前へ出た。


「一学年は終わりだ」


 広場が静まる。


「前期で見たのは、基礎と継続と崩れ方」

「後期で見たのは、役割理解と武器理解と、全体の中での自分だ」


 私は少しだけ目を細めた。

 綺麗な整理だった。


「まだ騎士ではない。だが、少なくとも“騎士課程へ進める者”と“まだ足りぬ者”はここで分かれる」


 そこへ、少しだけ緊張が混じる。


 当然だ。

 今ここに立っている全員が、二年へ進めるとは限らない。


 主教官は続けた。


「進級は情で決まらん。家格でも決まらん。大会の結果でも決まらん」


 良い。

 非常に良い。


「一学年を通して、何を積み、どう崩れ、どこまで戻したか。それで決める」


 まったくその通りだと思った。


 そして、そのあとに進級者発表が始まった。


 名が呼ばれる。

 前へ出る。

 短く返す。


 空気は静かだった。

 だが、一人ずつ確実に重い。


 レオン。

 呼ばれた。

 少し肩の力が抜けるのが見えた。

 イリーナ。

 呼ばれた。

 表情は変わらないが、呼吸が一つ深くなった。

 カイル。

 呼ばれた。

 いつも通り静かだったが、耳だけ少し赤い。


 よろしい。


 そして、私の名も呼ばれた。


「ルクレツィア・フォン・ヴァルツェン」


「はい」


 前へ出る。

 礼。

 短く姿勢を整える。


 主教官は私を見て、ほんの一拍だけ間を置いた。


「二年進級を認める」


「ありがとうございます」


 それだけだった。

 それだけだったが、十分だった。


 私は下がりながら、少しだけ静かに息を吐いた。


 よろしい。


 一学年、終わりましたわね。


 進級者発表が終わると、次に主教官が言った。


「進級者には、本日付で騎士学校制服を貸与する」


 広場の空気が少し変わった。


 来ましたわね。


 日常着としての、騎士学校制服。

 二年進級者の証。

 つまり、ここからは“ただの在籍者”ではなく、“騎士課程を進む者”として外見でも区切られるということだ。


 補助教官たちが、順に包みを運んでくる。

 制服は、私服の騎士服よりさらに統一された形だった。


 色。

 裁ち方。

 徽章。

 留め具。

 全部が“王国騎士学校二年進級者”としての形を持っている。


 過剰ではない。

 だが軽くもない。


 私は包みを受け取った瞬間に理解した。


 ……これは、かなり重いですわね。


 重いというのは、布の話ではない。

 意味が、だ。


 主教官がそれを見越したように言う。


「これは演習時のみの衣ではない」


 広場が静まる。


「日常、校内、校外、休暇中を問わず、進級者は常時これを着用する」


 沈黙。


 レオンが小さく息を呑み、イリーナがわずかに眉を寄せた。

 私も、そこで少しだけ目を瞬かせた。


 常時。

 休暇中も。

 つまり、屋敷へ帰っても、王都を歩いても、私はこの制服を着る。


 それはかなり大きい。


 主教官は続ける。


「これは誇示のためではない。責任のためだ」

「お前たちは二年次より、より外へ近い課程へ進む。ゆえに、学校の名を背負う形を常に身につけろ」


 なるほど。


 非常によろしい。

 非常に面倒ですが、非常によろしい。


 制服とは単なる衣服ではない。

 立場の可視化であり、責任の常時化である。

 隠れて楽をする余地を減らし、“何者として見られているか”を消せなくする。


 それは、かなり教育的だった。


「制服を着れば、見られる」

「見られれば、振る舞いが問われる」

「問われるなら、それに耐える形で立て」


 主教官の言葉は短かったが、十分だった。


 私は包みの重みを手の中で感じながら、静かに思った。


 つまり、二年次からは本当に“騎士学校の者として外へ見える”わけですわね。


 公爵令嬢であることに加えて、騎士学校制服まで常時着る。

 それは目立つ。

 かなり目立つ。


 少々面倒ですわね。

 ですが、本質でもありますわね。


 解散後、寄宿舎へ戻る途中で、レオンが包みを抱えたまま言った。


「なあ」


「何かしら」


「これ、休暇中も着るのか」


「そのようですわね」


「嫌じゃないのか」


 私は少し考えた。


「嫌かどうかで言えば、少々重いですわ」


「だよな」


「ですが、意味は分かりますの」


 イリーナが横で言う。


「隠れられないのよね」


「ええ」


「騎士学校の名を着て歩くって、そういうことだものね」


 カイルが小さく続ける。


「多分、慣れろってことだ」


 その通りだろう。


 二年次からは、騎馬、歩兵、複合、そしてさらに外へ近づく。

 ならば、その前に“見られること”へ慣れろ、という話だ。


 大変に正しい。

 かなり面倒ではありますけれど。


 部屋へ戻って、私は貸与された制服を広げた。


 布は良い。

 裁ちも無駄がない。

 騎士服より、さらに“学校のもの”という感じが強い。


 そして何より、着れば分かる。

 これはもう、個人の好き嫌いの衣ではない。


 役割の衣だ。


 私はその夜、記録帳を開いた。


 一学年時最終試験終了。

 後期課程修了。

 講評は重く、正しく、かなり嫌でしたわね。

 だが良かった。

 二年進級を認められた。

 レオン、イリーナ、カイルも進級。

 そして二年進級者には騎士学校制服が貸与された。

 日常、校内、休暇中も常時着用。


 そこまで書いて、私は少しだけ止まった。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 二年次からは、騎士学校の者であることを、衣の上でも常に引き受けて生きることになるようですわね。


 ……かなり重いですけれど、悪くありませんわ。


 私は羽根ペンを置き、新しい制服へそっと触れた。


 よろしい。


 一学年は終わった。

 そして、二学年はもう始まっている。


 ならば次は、それに合わせて立つだけだ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、一学年時最終試験を終え、後期課程修了と二年進級を正式に認められたうえで、ついに“日常も休暇中も常時着用する騎士学校制服”を貸与され、文字通り衣の上からも二年次の騎士課程へ踏み込んでいくことになるのだった。

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