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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第56話 フル装備演習が始まりましたけれど、初手で「指揮官は前に出すぎるな」と言われるのは、かなり大事ですわね

 一学年時最終試験――フル装備演習は、朝から空気が違った。


 前期課程修了試験の時も重かった。

 だが今回は、もっと静かに重い。


 理由は明白である。


 今回は、ただ耐えるだけではない。

 ただ動くだけでもない。

 各員が順番に指揮官役を回す。


 つまり、自分が崩れないだけでは足りない。

 他人の崩れ方まで見て、配置し、動かし、持たせ、必要なら切る。

 そこまで求められている。


 大変に本質的である。


 そして、大変に嫌でもある。


 集合場所へ向かう途中、レオンが本気で嫌そうな顔をしていた。


「お前、ちゃんと眠れたか」


「ええ」


 私は答えた。


「かなり」


「何でだよ」


「逃げても始まりますもの」


 イリーナが横で言う。


「それは正しいけど、朝一番で聞くと腹が立つのよね」


 カイルは無言だった。

 だが、その無言は悪い無言ではない。

 自分の中で組み立てている時の無言だ。


 広場には、すでに全学年の教官がかなりの数集まっていた。

 主教官だけではない。

 補助教官、戦術教官、野営担当、武装担当。

 つまり今回は、本当に全部を見るつもりなのだろう。


 よろしい。


 大変によろしい。

 嫌ですが。


 整列。

 確認。

 装備点検。


 帯剣。

 部分鎧。

 背嚢。

 携行食。

 水。

 簡易野営具。

 訓練用の槍と弓は、必要時に支給されるらしい。

 つまり、武器の選択まで演習のうちということだ。


 主教官が前へ出た。


「一学年時最終試験を開始する」


 短い。

 だが十分だ。


「内容は既に通達した通り、フル装備演習だ」


 広場は静かだった。

 ざわつきはない。

 ざわつく段階は、もう昨日までで終わっている。


「行軍、警戒、野営、模擬戦闘、伝達、判断、武器選択、地形理解、隊列維持」


 主教官の声が、朝の冷たい空気へ通る。


「そして」


 ここで少しだけ間が置かれた。


「各員が指揮官役を回す」


 もう分かっている話だ。

 だが、改めて言われるとやはり重い。


「勘違いするな。指揮官役とは偉そうに命令を出す役ではない」


 よろしい。


 私は少しだけ目を細めた。

 そこはかなり重要だ。


「見る役だ。選ぶ役だ。切る役だ。残す役だ。崩れた時に何を守るか、何を捨てるかを決める役だ」


 深い。

 かなり深い。


「そして、自分が一番目立つ役でもある」


 そこへレオンが小さく息を吐いた。

 ええ。

 そこが本当に嫌なのですわよね。


 主教官は続ける。


「だからこそ、お前たちに回す」


 その一言で、広場の空気がもう一段だけ張った。


「自分が指示される側でしかない者は、二年次に入って複合訓練へ進んだ時、どこかで詰まる」


 それはその通りだろう。

 動く側だけを知っていても、全体を読む側にはなれない。


「今回の試験で見るのは、“上手く指揮できるか”だけではない。“自分が指揮に向くかどうかを含めて、何が足りないかを自覚できるか”も見る」


 かなり良い。

 勝ち負けだけではない。

 自己認識まで試験に入っている。


 大変に教育機関らしく、そして嫌らしい。


 そのあと、班ごとの再編成が行われた。

 固定班ではない。

 演習の中で役割を変えながら、都度組み替えも入るらしい。


 だが、最初の導入班には見覚えのある顔が多かった。

 私、レオン、イリーナ、カイル。

 そして別組から混ざった二人。

 一人は大柄な少年で名をブラム、もう一人は中背の少女で名をセシリアと言った。


 悪くない。

 少なくとも、最初の班としては回しやすい。


 主教官が配置表を配る。

 今日は演習初日。

 導入行軍、地形確認、初回野営、夜間警戒まで。

 そして途中の小規模模擬接触で、最初の指揮官役が回る。


 嫌ですわね。


 かなり嫌ですわね。


 行軍そのものは、前期課程修了試験を経た今となっては、ただ長いだけではない。

 誰がどこで崩れるか。

 荷の揺れがどこで雑さになるか。

 誰が声を失い、誰が余計に喋るか。

 その観察が自然に入る。


 ブラムは足が強い。

 だが、強い分だけ前へ行きたがる。

 セシリアは軽い。

 だが、軽さの代わりに荷の位置が少し甘い。

 レオンは相変わらず肩から死ぬ。

 イリーナは顔に出にくいが、呼吸へ苛立ちが混じる。

 カイルは一定だが、一定すぎて限界の見え方が遅い。


 見える。

 かなり見える。


 そして、それが見えるからこそ、私は初手で一つ学んだ。


 指揮官役になる前から、見えたものを全部拾いたくなるのですわね。


 これは危ない。

 非常に危ない。


 まだ私の役ではないのに、頭が先へ行く。

 そこを抑えないと、自分が一兵の役を崩す。


 よろしい。

 課題が早めに見えて助かりますわね。


 昼前、最初の小休止のあと、主教官が班ごとに指揮官役を告げた。


「最初はヴァルツェン」


 来ましたわね。


 レオンが小さく言う。


「頑張れよ、指揮官殿」


「その呼び方はやめてくださいまし」


「でも事実だろ」


「事実ですけれど」


 主教官がこちらを見る。


「ヴァルツェン」


「はい」


「一つだけ先に言う」


「何でしょう」


「指揮官は前に出すぎるな」


 私は少しだけ目を瞬かせた。


 それから、すぐに理解した。


 ああ。

 かなり大事ですわね、それ。


「はい」


「見える位置を取れ。強いからといって、自分で前を片づけに行くな」


 後ろでイリーナが小さく笑った。

 たぶん、“ぴったり言われた”と思ったのだろう。


 レオンも横で言う。


「完全にお前向けだな」


「ええ。かなり」


 私は素直に認めた。


 演習の最初の課題は、林沿いの道を進み、分岐で正しいルートを選び、その先の仮設拠点へ指定時刻までに全員揃って到達することだった。

 単純に見える。

 だが、単純ではない。


 速さだけなら簡単だ。

 だが、遅れ、荷、足場、疲労、周囲の気配、全部を見て時間内に揃えるとなると話が違う。


 私はそこで、まず前に出るのをやめた。


 先頭固定にしない。

 少し後ろ。

 全体が視界に入る位置。

 前が見えて、後ろの乱れも拾える位置。


 これはかなり違った。


 自分で道を切る方が楽な時もある。

 だが、それをやると後ろが死ぬ。

 つまり今の役目は、自分が強く動くことではなく、全体が崩れにくい形を選ぶことだ。


「レオン、先頭」

「俺か?」

「ええ。歩幅を広げすぎないなら、問題ありませんわ」

「信用してるのかしてないのか分からんな」

「半分ずつですわ」


 イリーナを二番手。

 前が崩れた時に刺さる役としては一番良い。

 カイルを後方寄り。

 黙っていても全体が見える人間は、後ろに置いた方が機能する。

 ブラムは中央。

 前へ行きたがるので、外へ出しすぎると乱れる。

 セシリアはその補佐。

 荷の位置が甘いが、気づけば直せる。


 歩きながら、私は一つずつ短く置いた。


「レオン、少しだけ狭く」

「イリーナ、そのまま」

「ブラム、前へ出ない」

「セシリア、荷紐」

「カイル、最後尾の間、どう?」

「……まだ保つ」


 すると、驚くほど素直に回った。


 もちろん完璧ではない。

 だが、“私が全部見て全部やる”より明らかにましだ。


 そして途中、最初の小模擬接触が入った。


 林際からの接触想定。

 敵役は教官補。

 前方の二人が止められた時、後ろをどう崩さないかを見る。


 レオンが少し前へ出すぎる。

 そこへ教官補が入る。

 イリーナが反応して鋭く寄る。

 ブラムも出たがる。


 私はそこで、前へ出るのを我慢した。


「イリーナ、半歩だけ」

「分かった」

「ブラム、中央を割らない」

「ちっ、はい」

「レオン、下がる時に道を塞がない」

「了解」

「カイル、後ろを止めないで流して」


 前に出て片づけた方が、たぶん私自身は早い。

 だが、それでは試験の意味がない。

 それに何より、今は私が見える位置を残す方が大事だ。


 少し詰まりはした。

 だが潰れなかった。

 そこから全体を右へ逃がし、再び前へ向け直す。


「止め」


 主教官の声が入る。


 全員が息を吐いた。

 私はそこでようやく、自分が思った以上に呼吸を詰めていたと気づいた。


 主教官がこちらを見る。


「悪くない」


 よろしい。


「前へ出なかったな」


「かなり我慢いたしましたわ」


 その返しで、何人かが小さく笑った。

 だが主教官は真顔のままだった。


「そこは評価する。お前はそこを我慢しないと試験にならん」


 まことにその通りですわね。


「ただし」


 来た。


「全体を見すぎて、一度レオンの戻しへ介入が遅れた」


 私はすぐに頷いた。


「ええ」


「なぜだ」


「全体の詰まりを先に見ましたわ」


「そうだ。間違いではない。だが、その一手で前の戻しが半拍遅れた」


 それは深かった。


 全体を見た。

 それ自体は正しい。

 だが、その結果、目の前の一点が薄れた。


 つまり、指揮官役で見える範囲が広がった分だけ、“どこに焦点を置くか”の選択がさらに重くなるのだ。


 かなり面倒ですわね。

 かなり本質でもありますけれど。


 行軍はそのまま続き、夕方前に仮設野営地へ着いた。

 到達時刻は悪くない。

 隊列の崩れ方も最小限だった。

 だが、主教官はそこで終わらせない。


「指揮官役を解いたからといって、頭を解くな」


 よろしい。

 非常によろしい。


 野営準備では次の者へ指揮官役が回った。

 私は一兵へ戻る。

 すると、今度は逆に見えることも多い。


 “指揮される側”として、どの指示が分かりやすく、どの指示が曖昧か。

 どこで迷いが生じ、どこで一言足りないか。


 これはこれで大きい。

 自分が指揮するためには、指揮される側の不便も知らなければならない。


 かなり面白い。


 夜、野営地の火を前にして、レオンが言った。


「お前、指揮官役の時、思ったよりちゃんとしてたな」


「思ったより、とは少々失礼ですわね」


「いや、もっと全部自分でやるかと思った」


「わたくしも少しそう思っておりましたわ」


 イリーナが小さく笑う。


「でも我慢してたわね」


「ええ。かなり」


 カイルが火の向こうで言う。


「前に出ないの、ちゃんと意識してた」


「ええ」


「良かった」


 短いが、十分だった。


 私はその夜、野営地で記録帳は開けなかった。

 その代わり、頭の中で一つだけ反復した。


 指揮官は前に出すぎるな。


 それは今日一番重い言葉だった。


 強い者ほど、自分でやった方が早い場面が見える。

 だが、指揮官役の時にそれをやれば、全体の視界を失う。

 つまり、自分の強さを一段抑える勇気が要る。


 かなり面倒である。

 かなり大事でもある。


 火が小さくなり、見張りの交代が近づく中、私は静かに理解した。


 この最終試験は、ただの総まとめではない。

 “自分の強さを、全体の中でどこまで使い分けられるか”を試しているのだ。


 大変によろしい。

 嫌ですけれど。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、一学年時最終試験フル装備演習の初日、自身が最初の指揮官役を担うことになり、“見えること”と“前へ出すぎないこと”の両立という、またしても嫌だが本質的な課題へ真正面から向き合うことになるのだった。

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