第55話 後期課程は思ったより速く過ぎ、気づけば一学年最後の試験が“フル装備演習”になっておりましたわ
後期課程は、前期より明らかに“先へ進むための準備”だった。
槍。
弓。
隊列。
地形。
騎馬前提の理解。
役割の違い。
歩兵の密度と、騎馬の速度と、武器ごとの届く距離。
どれも重要だった。
どれも面白かった。
そしてどれも、一つずつ丁寧に噛み砕いていたら日が暮れる類のものだった。
ゆえに、騎士学校の後期課程は大変に誠実だった。
必要なことは教える。
だが、説明だけで終わらせない。
触らせる。
動かす。
違いを身体へ入れさせる。
つまり、“分かったつもり”で済ませない。
大変によろしい。
槍は、思った通りの武器だった。
長い。
嫌らしい。
そして個人の気持ちよさより、隊列の中で“ここへ入ると困る”を作る武器である。
私はそれを好ましいと思った。
好きかと言われれば剣の方が好きだ。
だが、好ましいかと問われれば槍はかなり好ましい。
弓もまた、思った以上に良かった。
遠い。
届く。
そして“近づかなくて済むならその方が良い”という、大変健全な思想に沿っている。
レオンには「お前は本当にそういうところだな」と言われたが、仕方ない。
遠くで済むなら、その方が合理的ではなくて?
騎馬前提の講義と基礎理解は、さらに面白かった。
馬に乗れば高い。
高ければ見える。
速くもなる。
だが、見える分だけ見られるし、速い分だけ止まりにくい。
そして何より、落ちた時にかなり終わる。
これが良かった。
騎士学校は、騎馬を格好の良いものとしてだけ教えない。
利点と同じだけ、死ぬ条件も教える。
そのあたりがかなり信頼できた。
イリーナは槍に向き、レオンは歩兵連携の時に妙に生き生きしていた。
カイルは弓でも槍でも静かに器用だった。
私はと言えば、やはり“状況によって何を選ぶべきか”を考えるのが一番しっくりきた。
剣一本で全部を解決するのは綺麗だ。
だが、綺麗であることと生き残ることは時に違う。
その認識は、後期課程でさらに強くなった。
そして、後期課程の内容は思っていたより速く過ぎた。
もちろん、本当に速かったわけではない。
訓練そのものはしっかり重く、槍は腕を削り、弓は背と肩を使わせ、隊列訓練は個人の我を嫌い、騎馬前提の理解は頭まで疲れさせた。
だが、それでも前期より“節目”が明確だった。
これは槍の時間。
これは弓。
これは隊列。
これは騎馬前提。
これは役割。
そういう形で積み上がるから、流れが見えやすかったのだろう。
気づけば、空気が変わっていた。
訓練場のざわめきが少しだけ張る。
教官たちの視線が、日々の指導から“最後に何を見せるか”へ変わる。
そしてある日、主教官が全体を集めて言った。
「一学年時最終試験を行う」
広場が静まる。
ええ。
来ますわよね。
「内容はフル装備演習」
その瞬間、空気が一段重くなった。
フル装備。
つまり軽い確認ではない。
今までやった嫌なものを、きちんと全部寄せてくるということだ。
主教官は続ける。
「行軍、隊列、野営、警戒、模擬戦闘、伝達、地形判断、武器選択。すべて入る」
よろしい。
大変によろしい。
いや、よろしいわけではない。
かなり嫌である。
だが、最終試験としては非常に正しい。
「そして今回は」
ここで少し間が置かれた。
「各員に指揮官役を回す」
沈黙。
その沈黙は重かった。
かなり重かった。
レオンが小さく呟く。
「……嫌な予感しかしない」
イリーナは露骨に顔をしかめる。
カイルは黙ったままだが、目が少しだけ細くなった。
私も、そこで初めて少しだけ嫌そうな顔をしたと思う。
「指揮官役までやるのですか」
思わず口に出る。
主教官の目がこちらを向いた。
「やる」
即答だった。
「お前たちは二年次へ進めば、騎馬、歩兵、複合訓練に入る。その前に“誰かの指示で動くだけ”では足りん」
まったくその通りである。
その通りであるが、嫌なものは嫌だ。
「命じられて動ける者は多い。だが、見て、選び、割り振り、崩れた時に立て直す側は少ない」
その言葉に、私は少しだけ目を細めた。
見て。
選び。
割り振り。
崩れた時に立て直す。
ああ。
それ、少し断罪対策に似ておりますわね。
レオンが横で言う。
「お前、こういうの得意そうだろ」
「心外ですわ」
「何でだよ」
「指揮は責任が重いではなくて?」
「当たり前だろ」
「でしたら嫌ですわ」
イリーナが呆れた顔をする。
「嫌なのに、たぶんやれるのよね」
そこが困るところだった。
私は、全部を抱え込まない練習をしてきた。
だが同時に、崩れそうな流れを先に見つける癖もある。
となれば、指揮官役そのものは、たぶん相性が悪すぎるわけではない。
むしろ、変に噛み合う可能性まである。
かなり嫌ですわね。
主教官は最後に言った。
「最終試験で見るのは、強いかどうかだけではない。自分の役割を理解し、他人の役割を理解し、そのうえで崩れた時に何を残せるかだ」
良い締めだった。
前期が“自分がどう崩れるか”なら、後期の終わりは“全体が崩れた時に何を残せるか”なのだろう。
それはかなり本質的で、かなり面倒で、そして大変に良い。
解散後、レオンが本気で嫌そうな声を出した。
「なあ、指揮官役ってことは、失敗した時めちゃくちゃ目立つよな」
「ええ」
私は頷いた。
「かなり」
「嫌すぎる」
「同感ですわ」
イリーナが腕を組む。
「でも、逃げられないわよ」
「ええ」
「で、あんたはたぶん“崩れる前に何を置くか”で指示を出すんでしょ」
私は少し考えた。
それは、たぶんそうだ。
私が班でやってきたことを広げるなら、自然にそうなる。
「そうかもしれませんわね」
「やっぱり」
カイルが小さく言った。
「……向いてるんじゃないか」
「心外ですわ」
「何でだよ」
レオンが笑う。
「お前、自分で思ってるよりそういうの向いてるだろ」
「見えるものがあるのと、人へ指示を出すのは別ですの」
「でも最終試験じゃ、その別のところまでやるんだろ」
それもその通りだった。
その夜、私は記録帳を開いた。
後期課程は、思ったより速く過ぎた。
槍、弓、隊列、騎馬前提、役割理解。
剣が強いだけでは足りないと、さらによく分かった。
そして一学年時最終試験はフル装備演習となる。
行軍、野営、警戒、模擬戦闘、伝達、武器選択を含む。
しかも各員が指揮官役を回す。
そこまで書いて、私は少しだけ止まった。
それから最後に、一行だけ加える。
どうやら一学年の締めとして、“最後に全体が崩れそうな時、何を見て何を置くか”まで試されるようですわね。
……かなり嫌ですけれど、かなり本質ですわね。
私は羽根ペンを置き、短い髪を軽く払った。
よろしい。
逃げられないなら、やるしかない。
しかも、どうせやるなら見えるものは全部使う。
それだけの話である。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、後期課程をテンポよく駆け抜ける中で、槍、弓、隊列、騎馬前提の理解を積み、一学年の締めとして待ち受ける“フル装備演習かつ各員指揮官役あり”という嫌だが本質的すぎる最終試験へ向けて、否応なく意識を切り替えていくのだった。




