第54話 後期課程が始まりましたけれど、どうやら今度は「剣が強い」だけでは済まなくなるようですわね
夏季休暇という名の夏季錬成を終え、私は再び王国騎士学校へ戻ってきた。
門をくぐった瞬間に感じたのは、懐かしさではない。
むしろ、“続きですわね”という妙な納得に近い感覚だった。
前期を終え、一度屋敷へ戻り、食事も、睡眠も、部分鎧の揺れも、自分の型と学校の型の接続も、ひと通り見直した。
だから今の私は、入学直後の私とは少し違う。
前期課程修了試験直後の私とも、また少し違う。
良い。
かなり良い。
何より、戻ってきた時に“またここか”ではなく“ここから先か”と思えたのが大きかった。
寄宿舎で荷を解き終えたところで、レオンが扉を叩いた。
「よう、戻ったか」
「戻りましたわ」
「何か前より落ち着いてないか」
「落ち着いておりますもの」
「いや、そういう返しじゃなくてさ」
イリーナも後ろから顔を出す。
「夏休みの間に、また妙なことしたでしょ」
「妙ではありませんわ」
「その言い方の時は、だいたい妙なのよ」
鋭い。
だが否定しない方が話は早い。
「重り入りの部分鎧を買いましたの」
沈黙。
レオンが止まり、イリーナが本気で嫌そうな顔をした。
「……何で?」
「必要だからですわ」
「やっぱり」
イリーナは額を押さえた。
だが、その顔は完全な呆れだけではない。
“まあ、やると思った”もかなり入っている。
カイルは少し遅れて来て、その話を聞くなり一言だけ言った。
「似合うな」
「何がかしら」
「そういう発想」
悪くない評価である。
後期課程初日の全体集合は、前期より明らかに空気が違った。
皆、一学期を生き残っている。
行軍で崩れた者。
野営で露呈した者。
前期課程修了試験で、自分の足りなさを見た者。
そういうものを一度通った後の空気だ。
浮つきは薄い。
だが、重すぎもしない。
“続き”をやる者の顔になっている。
主教官が前へ立つ。
「後期課程に入る」
短い。
だが十分だった。
「前期で見たのは、基礎、継続、崩れ方だ。後期ではその上に“騎士として動くための理解”を積む」
私は少しだけ目を細めた。
来ましたわね。
「二年次からは、騎士としての複合訓練が増える」
広場が静まる。
「騎馬、歩兵、隊列、連携、地形、武器の選択。それらを分けてではなく、重ねて扱うことになる」
よろしい。
かなり本質ですわね。
「後期ではその備えとして、戦術理解と、各種武器の基礎へ入る」
その言葉に、空気が少しだけ変わった。
剣だけではない。
槍、弓、隊列、騎馬前提の理解。
つまり、今までより“騎士”へ寄る。
私はそこで、静かに理解した。
どうやら今度は、“剣が強い”だけでは済まなくなるようですわね。
それは良いことだった。
剣が強いだけで足りるなら、世界はだいぶ単純すぎる。
そして私は、世界がそこまで単純でないことを知っている。
主教官は続けた。
「勘違いするな。剣を軽く見るわけではない。だが、騎士が扱うのは剣一本ではない。状況に応じて、距離も、武器も、速度も、位置も変わる」
まったくその通りだった。
だから私は、この学校がかなり好きなのだ。
剣だけを神格化しない。
だが軽視もしない。
状況の中へ置く。
それが一番健全である。
全体説明のあと、私たちは各組へ分けられた。
その日の座学は、後期課程の導入としての騎士戦術概論だった。
教官は地図と木駒を使いながら、極めて実務的に話を進める。
「騎馬は速い。だが、速いだけではない。地形を選ぶ」
「歩兵は遅い。だが、遅いからこそ維持と密度が意味を持つ」
「槍は長い。だが、長いからこそ扱い手の位置と隊列が前提になる」
「弓は遠い。だが、遠いまま解決できるとは限らん」
良い。
かなり良い。
私はかなり真剣に聞いていた。
こういうものは好きだ。
剣一本の話ではなく、状況全体をどう読むかの話だからだ。
「重要なのは、武器を信じることではない」
教官が言う。
「状況に対して、何をどこまで使えるかを理解することだ」
それは深かった。
私はそこで、前世の感覚が少しだけ騒ぐのを感じた。
ええ。
そうですわよね。
剣は強い。
だが万能ではない。
槍も弓も、騎馬も歩兵も、それぞれ得手と死ぬ条件がある。
ならば必要なのは、“自分が何を好むか”ではなく、“今どれが最も機能するか”を見抜くことだ。
講義が終わったあと、レオンが言った。
「お前、こういうの好きだろ」
「ええ」
「やっぱりな」
「剣一本で全部が済む方が不自然ですもの」
イリーナが横で言う。
「その意見自体は分かるんだけど、あんたが言うと少し怖いのよね」
「なぜかしら」
「全部“最後に詰んだ時どうするか”から考えてそうだから」
少し近い。
かなり近い。
午後は、槍と弓の導入だった。
どちらも本格的ではない。
だが、触って終わりでもない。
“どういう武器かを身体で知る”には十分な密度だった。
まず槍。
長い。
当然だが長い。
そして、思った以上に“個人の武器”ではない。
構えてすぐ分かった。
これは剣と違う。
振るというより、線を置く。
距離を作る。
そのうえで、隊列の中で生きる前提が濃い。
私は一歩出し、半歩引き、穂先の位置と軸の通り方を見る。
悪くない。
だが、楽しくはない。
いや、楽しいのだが、剣とは違う楽しさだ。
個人の間合いより、“複数で崩しにくい形を作る”武器という感じが強い。
教官が私を見る。
「ヴァルツェン」
「はい」
「感想は」
「個人で振り回すより、隊列の中で嫌らしい武器ですわね」
沈黙。
レオンが吹き出し、イリーナが眉を寄せた。
「嫌らしいって言うか、それが本質だろうけど」
「ええ」
私は頷く。
「単体での気持ちよさより、“ここへ入ったら困る”を作る武器ですもの」
教官は数秒黙っていたが、やがて言った。
「言い方はともかく、理解は悪くない」
よろしい。
次は弓だった。
こちらはさらに分かりやすい。
遠い。
だが、遠いからこそ“遠いままで終わる”保証はない。
つまり、弓そのものより“どこまで遠くで済ませられるか”を見る武器に近い。
構え。
引き。
離れ。
もちろん、今の私に上手くできるはずもない。
だが、嫌いではなかった。
むしろ意外に面白い。
イリーナが少し意外そうに言う。
「弓は嫌がるかと思った」
「なぜかしら」
「近くでどうにかするのが好きそうだから」
「近くでどうにかせずに済むなら、その方が楽ではなくて?」
レオンが笑う。
「出たよ、実用主義」
「当然ですわ」
弓は、前世日本人の感覚からするとかなり納得のいく武器だった。
届くなら遠い方が良い。
近づかないで済むなら、その方が良い。
そして、遠くで済まなかった時は次を考える。
大変健全である。
夕方の軽い座学では、騎馬前提の話が入った。
まだ実際に馬へ乗るわけではない。
それは二年次からだ。
だが、騎馬が何を変えるかの理解はここから始まる。
「馬に乗れば高くなる」
教官が言う。
「高くなれば見える。だが、見える分だけ落ちた時に死ぬ」
良い。
とても良い。
「速くなる。だが、速くなる分だけ止まりにくい」
「槍の長さがさらに生きる。だが、狭い場所では逆に死ぬ」
私はそこで、かなり真面目に理解した。
二年次からは本当に複合になる。
騎馬。
歩兵。
槍。
弓。
剣。
地形。
そして隊列。
これは、前期の“個人が崩れない”から、次の“役割の中で崩れない”へ進むということだ。
かなり面白い。
かなり難しい。
そして、かなり良い。
教官が最後に言った。
「後期課程で覚えろ。“得意な武器”と“今使うべき武器”は違うことがある」
その言葉は、かなり深く入った。
ええ。
そうですわよね。
好きな形と、勝てる形は違うことがある。
そして、勝てる形と、生き残れる形もまた違うことがある。
ならば、全部知っておく方が良い。
そういう話だ。
その夜、寄宿舎へ戻る途中で、レオンが言った。
「後期、思ったより面倒だな」
「ええ」
「お前は嬉しそうだけど」
「ええ」
「即答かよ」
イリーナが横でため息をつく。
「この人、本当に“嫌だけど必要”なことほど好きよね」
「好きというより、納得できるのですわ」
カイルが小さく言った。
「槍の時、顔が少し良かった」
私はそちらを見た。
「本当ですの?」
「隊列前提なのが面白かったんだろ」
鋭い。
かなり鋭い。
「ええ。かなり」
レオンが笑う。
「弓は?」
「遠くで済むなら、その方が良いですもの」
「やっぱりそうなるんだな」
私は部屋へ戻り、記録帳を開いた。
後期課程開始。
二年次へ備えた騎士戦術概論に入る。
騎馬、歩兵、槍、弓、剣、隊列、地形、役割。
剣が強いだけでは足りない。
槍は隊列の中でかなり嫌らしい。
弓は遠くで済むなら非常に良い。
騎馬は高く速いが、その分落ちると死ぬ。
つまり、どれも万能ではなく、状況に対する理解が先に要る。
そして最後に、少しだけ大きく一行足した。
どうやら二年次からは、“何が得意か”より“今どれを使うべきかを理解しているか”の方が重くなるようですわね。
……大変によろしい。
私は羽根ペンを置き、短い髪を軽く払った。
後期課程は、前期の延長ではない。
明らかに次の段階への橋だ。
つまり。
ここからまた、面白くなる。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、後期課程の開始とともに、二年次から始まる騎馬、歩兵、槍、弓を含む本格的な複合訓練に備えた騎士戦術の基礎へ足を踏み入れ、“剣が強い”だけでは足りない騎士の世界の輪郭を、少しずつはっきりと掴み始めるのだった。




