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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第50話 お母様、夏季休暇で戻った娘を見て「締まったわね」は少々多義的ではなくて?

 夏季休暇で屋敷へ戻る日、私は自分でも少しだけ変わったと思っていた。


 劇的にではない。

 別人のようにでもない。

 だが、確実に少し違う。


 一週間の前期課程修了試験が終わったあとだから、というのもあるだろう。

 野営、行軍、見張り、連携、戦闘訓練。

 あれだけきっちり嫌なことをまとめてやらされれば、身体にも気配にも何かしら出る。


 しかも今の私は、それを自覚できる程度には自分を見ている。


 歩幅が少し変わった。

 荷を持つ時の位置も変わった。

 疲れている時ほど、肩を先に死なせない意識が前より強くなった。

 そして何より、“一人で整う”から“周囲が崩れそうな時に何を置くか”へ意識が少し広がった。


 良い変化だと思う。


 ただし、家族からどう見えるかは別だ。


 王都から屋敷へ向かう馬車の中で、私はそれを少し考えていた。


 騎士学校へ入学した時、父も母も兄も、それぞれに複雑だった。

 今もそれは変わっていないだろう。

 だが今回は、ただ“行った娘”ではなく、“前期課程を終えて戻る娘”として見られる。


 そこは少し違う。


 よろしい。


 見せられるものがある状態で戻るのは、悪くない。


 屋敷へ着いた時、出迎えの空気は思っていたより静かだった。

 大げさすぎない。

 だが雑でもない。

 家らしい整い方である。


 そしてその中に、母がいた。

 父もいる。

 兄も、なぜか妙に楽しそうな顔で立っている。


 私は馬車を降り、一礼した。


「ただいま戻りましたわ」


 母は私を見るなり、一歩だけ近づいた。


 視線が、髪、肩、立ち方、腰の位置、手の置き方を順に辿る。

 さすがお母様である。

 見るところが正しい。


 そして、第一声がこれだった。


「……締まったわね」


 私は少しだけ目を瞬かせた。


「お母様、それは少々多義的ではなくて?」


 兄が横で吹き出した。

 父は咳払いで誤魔化す。


 母は涼しい顔だった。


「褒めているのよ」


「でしたらありがとうございます」


「でも、少し悔しいわね。たった一学期でそこまで“騎士学校の空気”を持って帰ってくるとは思わなかったもの」


 それはかなり良い評価だった。


 父はそれ以上に直接的だった。


「剣を持て」


 帰って最初がそれである。

 非常に父らしい。


 私は素直に頷き、持参していた実用剣へ手をかけた。


「ここでよろしいかしら」


「構わん」


 屋敷の庭へ移る。

 使用人たちも、慣れたものだという顔で道を空ける。

 昔ならもっとざわついただろう。

 だが今は違う。


 私は静かに立ち、礼をした。


 呼吸。

 構え。

 入り。

 止め。

 戻り。


 大きくはやらない。

 だが、学校帰りの今の形をそのまま出す。


 終えると、少しの沈黙が落ちた。


 父が言う。


「……前より無駄が減ったな」


 よろしい。


「どこがかしら」


「聞くな。見て分かれ」


「お父様、それは少々雑ではなくて?」


 兄が笑う。


「いや、でも本当にそうだぞ。前より“自分の形を見せている”感じが薄い」


 私はそちらを見た。


「薄いのは悪いことで?」


「悪くない。むしろ逆だ。前は“うまくやる”が少し先にあった。今は“必要な形が先にある”感じだ」


 悪くない。

 かなり悪くない。


 母も静かに頷いた。


「ええ。見せようとして整っているのではなく、整っているから結果として綺麗に見えるのよ」


 それは、おそらく今の私にとってかなり本質的な変化だった。


 騎士学校へ入ってから、私は“学校の型へ噛み合わせる”ことを学んだ。

 そのせいで、自分の型を強く見せすぎる癖が少し削れたのだろう。


 父はそこで言った。


「オズヴァルトを呼べ」


 当然来ますわよね。


 しばらくしてオズヴァルトが現れる。

 私を見る。

 ほんの一瞬だけ目が細くなる。

 それだけで、だいたい分かる。


「戻られましたな」


「ええ」


「どうですかな、学校は」


「かなり良いですわ。嫌なことほどちゃんと必要ですの」


 オズヴァルトが少しだけ笑う。


「それは結構」


 父が言う。


「見ろ。どう変わった」


 オズヴァルトは少し黙ってから答えた。


「学校の型が少し入っておりますな」


「良い意味か」


「半分」


 そこははっきりしていた。


「半分?」


 母が問う。


「ええ。良い意味では、個の整え方が少し集団へ寄りました。悪い意味では、自分の戻しを削りすぎる瞬間がありそうです」


 私は少しだけ目を見開いた。


 鋭い。

 かなり鋭い。


「分かりますの?」


「分かります」


 即答だった。


「お嬢様、学校で“噛み合わせる”ことをかなり学ばれたでしょう」


「ええ」


「その分、“先に見えるもの”を少し抑える癖がついた」


「ええ」


「悪くありません。ですが、抑えすぎるとお嬢様の戻しが遅くなる」


 そこまで言われて、私は静かに頷いた。


「まったくその通りですわ」


 父が少しだけ眉を上げる。


「自覚はあるのか」


「ええ。前期課程修了試験の後、かなりはっきり」


 父と母が視線を交わした。

 兄が低く言う。


「つまり、ちゃんと課題も持ち帰ってきたわけか」


「ええ」


「それは良いな」


 悪くない言葉だった。


 夏季休暇の最初の日は、それで終わらなかった。


 夕食の席では、前期課程修了試験のことを細かく聞かれた。

 行軍。

 野営。

 見張り。

 班の連携。

 脱落者の出方。

 教官の評価。

 自分の失敗。


 私は順に答えた。

 隠す理由はない。

 むしろ、結果だけでなく過程を話した方が、家族には伝わる。


 母はとくに野営と共同生活の話に興味を持った。


「あなた、自分でどこまでやったの?」


「必要な範囲は一通り」


「本当に?」


「ええ」


「火の管理も?」


「ええ」


「設営も?」


「ええ」


「片づけも?」


「ええ」


 母はそこで少しだけ疲れた顔になった。


「……もう本当に戻れないのね」


「戻る必要がありますの?」


「そういう意味ではないのよ」


 父は別のところを聞いた。


「班はどうだ」


「かなりましになりましたわ」


「“かなりまし”では分からん」


「最初は有能な個人が四人いるだけでしたの。最後は少し班になりましたわ」


 そこで兄が笑った。


「その表現、いいな」


「事実ですもの」


「それで、お前はその中で何をしていた」


「全部を抱え込まない練習ですわ」


 父が止まった。

 母も、兄も少し黙った。


「……珍しい言葉を聞いたな」


 父が言う。


「お前は昔から、見えるものを先に拾いがちだっただろう」


「ええ」


「それをやめたのか」


「全部はやめておりませんわ。ですが、班の形を作るには、全部をわたくしが回収すると駄目だと分かりましたの」


 そこへオズヴァルトが低く言った。


「なら、この休暇ではそこを詰めましょう」


 私はそちらを見る。


「お願いしますわ」


「学校で得たものは壊しません。ただし、お嬢様の戻しまで削らぬように調整します」


 よろしい。

 それが欲しかった。


 つまりこの夏季休暇は、ただ帰省するだけではない。

 学校で得た型を、屋敷の側で再調整する時間なのだ。


 大変によろしい。


 その夜、私は自室で記録帳を開いた。


 夏季休暇帰省。

 お母様は“締まった”と仰った。

 お父様は無駄が減ったと仰った。

 お兄様は、必要な形が先にあるように見えると言った。

 オズヴァルトは、学校の型が入りつつ、お嬢様本来の戻しを削りすぎる危険があると見抜いた。


 そして最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら前期で持ち帰ったものは、思っていた以上にちゃんと形になっているようですわね。


 かなり良い。


 私は羽根ペンを置き、短い髪を軽く払った。


 よろしい。


 この夏で、もう少し整えられる。

 学校で得たもの。

 屋敷で積んだもの。

 それを綺麗に繋げられれば、次はもっとましになる。


 そう思える帰省は、悪くない。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、夏季休暇で屋敷へ戻り、騎士学校で積んだ前期の変化を家族とオズヴァルトへ見せることで、自分が確かに“騎士学校で形を変え始めている”ことを実感し、休暇中の再調整へと入っていくのだった。

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