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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第49話 夏季休暇前の一週間、騎士学校は前期課程修了試験として、きっちり嫌なことを全部まとめて寄越しましたわ

 夏季休暇前、騎士学校は極めて誠実だった。


 何が誠実かと言えば、前期でやらせた嫌なことを、きっちり全部まとめて寄越したのである。


 野営。

 行軍。

 戦闘訓練。

 それらを一週間ぶっ通しで行う、前期課程修了試験。


 大変によろしい。


 いや、よろしいわけではない。

 かなり嫌である。

 だが、必要性については一切の異論がない。


 剣だけ振れても駄目。

 歩けても駄目。

 野営だけ出来ても駄目。

 疲れても崩れず、眠れても起きられ、空腹でも判断を失いすぎず、そのうえで戦えること。


 つまり、今までやらされたことを全部まとめて見られるわけだ。


 かなり本質である。


 試験開始前夜、寄宿舎の空気は妙に静かだった。

 誰も騒がない。

 だが、全員が落ち着いているわけでもない。

 ざわつきを外へ出さないだけだ。


 レオンは荷を見直しながらぼそりと言った。


「嫌な予感しかしない」


「健全ですわね」


 私が答えると、イリーナがすぐ言う。


「こういう時のあんた、本当にぶれないわね」


「ぶれておりますわ」


「どこが」


「内心はかなり嫌ですもの」


「そう見えないのよ」


 カイルが荷紐を締めながら小さく言った。


「見せてないんだろ」


 ええ。

 そこはその通りである。


 嫌さを顔へ出して得することは少ない。

 だったら、せめて整えておいた方がましだ。


 翌朝、まだ陽が高くなる前に集合がかかった。


 全装ではない。

 だが、軽くもない。

 帯剣。

 部分鎧。

 背嚢。

 水。

 携行食。

 簡易野営具。


 前期課程修了試験の説明は短かった。


「一週間、学校の外で動く」


 主教官が言う。


「行軍、野営、警戒、連携、実戦想定、全部を見る」


 広場が静まる。


「優秀かどうかは、剣の一本だけでは決まらん。最後の日まで頭と足と気持ちが残っているかで決まる」


 非常によろしい。


 私はかなり真面目に頷いた。


「なお」


 教官が続ける。


「脱落はあり得る。恥ではない。だが、軽く見るな」


 それもその通りだ。

 前期の行軍で学んだことでもある。


「そして」


 ここで少しだけ間が置かれた。


「お前たちを助けるための試験ではない。自分たちで持ちこたえろ」


 よろしい。

 大変よろしい。


 優しさがないわけではない。

 だが甘さもない。

 こういうのは信用できる。


 試験の一日目は、行軍から始まった。


 前にやった行軍より長い。

 荷も重い。

 しかも今回は、その先に野営準備まであるのだから、持っていかれ方が違う。


 最初のうちはまだよかった。

 列も大きく乱れない。

 だが、昼前には徐々に差が出る。


 足が強い者。

 荷の管理が甘い者。

 呼吸が浅くなる者。

 黙る者。

 無駄に喋って崩れる者。


 見える。

 かなり見える。


 私はレオン、イリーナ、カイルと同じ班だった。

 これはかなり大きかった。

 少なくとも、今さら気を遣いすぎる相手ではない。


 レオンはやはり最初に肩が死ぬ。

 イリーナはきついと黙るが、黙ったまま気配だけ鋭くなる。

 カイルは一定だが、消耗が見えにくい分だけ放置すると危ない。


 私はそこを見ながら、自分の歩幅と呼吸を崩さないようにした。


 前期で学んだことはそのまま使える。

 重さは重さではなく、揺れも含めた外乱として扱う。

 きつい時ほど、肩と顔から先に死なせない。

 全部を先回りして回収しようとしない。

 だが、班が崩れそうなら短く一言だけ置く。


「レオン、肩」

「分かってる」

「イリーナ、水は次で」

「言われなくても飲むわよ」

「カイル、歩幅そのままで」

「……ああ」


 それだけで十分だった。


 一日目の夕方、ようやく野営地へ着いた時点で、全員かなり酷い顔をしていた。

 だが、そこからがまた試験である。


 休めると思って崩れる者は多い。

 だが野営では、着いた後にもやることがある。


 設営。

 水の確保。

 簡易火の管理。

 食事。

 見張りの割り振り。

 片づけ。

 そして翌朝のための準備。


 つまり、きついのはそこからも続く。


「座りたい……」


 レオンが呟いた。


「座る前に設営ですわ」


「知ってるよ……」


 イリーナが地面を見ながら言う。


「こういう時のあんた、本当に容赦ないわね」


「容赦して崩れたら困りますもの」


「出たわね」


 出たも何も、事実である。


 野営自体は、私はそこまで嫌いではなかった。

 不便だが、整えれば何とかなる。

 そして私は、不便な環境を整えるのはかなり好きな方だ。


 どこへ荷を置くか。

 何を先に済ませるか。

 夜の動線をどうするか。

 火から遠すぎず近すぎず、だが湿気と風も読む。


 そういうものは、前世でも今世でも、ある程度共通する。


 問題は、班全体でそれを共有することだった。


 初日の設営で露骨に出たのは、役割の偏りだった。

 レオンは力仕事へ寄りすぎる。

 イリーナは手が速いが、一人で終わらせようとする。

 カイルは必要なことを黙ってやるが、黙りすぎて気づかれにくい。


 そして私は私で、全部見えてしまうと、つい先に置きたくなる。


 これは悪い癖だ。

 分かっている。

 分かっているが、きつい場面ほど出る。


「ヴァルツェン班」


 補助教官が見に来た時には、設営自体は終わっていた。

 悪くない形で。


 だが補助教官は一目で言った。


「早いが、早いだけだな」


 来た。

 そうでしょうね。


 私は少しだけ目を上げた。


「どこが足りませんの?」


「班の形が薄い。誰が何を見て、どう回したかが曖昧だ。早く終えること自体は良い。だが“たまたま有能な者が揃って終わった”のと、“班として回した”のは違う」


 深い。


 かなり深い。


 私はそこで理解した。

 この試験は、個人が優秀かどうかを見るのではない。

 個人の優秀さを、班としてどう機能へ変えるかまで見るのだ。


 よろしい。

 大変によろしい。


 夜の見張りは二交代だった。

 私は後半を引いた。


 眠りが浅くなるのは仕方ない。

 だが、こういう時に気を抜きすぎると翌朝が死ぬ。

 私は短い睡眠の前後で、あえて呼吸と姿勢を整えた。


 こういうのは、舞踏と少し似ている。

 切り替えを雑にしない。

 それだけで次が少しましになる。


 二日目から四日目までは、本当にきつかった。


 行軍。

 設営。

 短い戦闘訓練。

 野営。

 また行軍。

 さらに地形を使った小規模連携。

 夜の見張り。


 しかも、日が進むごとに疲れが積み上がる。


 二日目はまだ気力で持つ。

 三日目で雑さが出る。

 四日目で、本性がかなり見える。


 そこで、班の問題もさらに露骨になった。


 レオンは疲れると雑談が増える。

 たぶん黙ると逆にきつい型なのだろう。

 イリーナは逆にさらに無口になり、必要な時しか言葉を使わなくなる。

 カイルは変わらないように見えるが、だからこそ限界が見えにくい。


 私はそこで、ようやく一つ覚えた。


 全部を拾うのではなく、“崩れた時に崩れやすい箇所だけを支える”方がましだ。


 レオンには短く。

 イリーナには放置しすぎない。

 カイルには確認だけ入れる。

 そして自分は、自分で持つ。


 それが一番効率が良かった。


 五日目の戦闘訓練では、野営明けの鈍った身体で木剣連携をやらされた。

 最悪である。

 だが、試験としては正しい。


「疲れてからの一合を見せろ!」


 教官の声が飛ぶ。


 そこではもう、綺麗な一本は求められていない。

 疲れた中でどこまで雑になりすぎないか。

 呼吸が荒れた時に、足から死なないか。

 そういう勝負だった。


 私も一度、露骨に失敗した。


 疲れていた。

 戻りが半拍遅れた。

 そこで班の流れを一つ切った。


 イリーナがすぐに低く言う。


「今の、遅い」


「ええ」


「珍しいわね」


「かなり疲れておりますもの」


 そこへレオンが挟む。


「お前もちゃんと疲れるんだな」


「当然ですわ」


「それが見えてちょっと安心した」


 そういうものかもしれない。


 六日目には、ついに班単位での模擬戦闘演習が入った。

 地形。

 物陰。

 狭所。

 見張りの抜け。

 合図の遅れ。


 今までやった嫌なことの総まとめである。


 そこではじめて、私たちの班は少し“班らしく”なった。


 レオンが前へ出すぎない。

 イリーナが鋭さを殺さずに合わせる。

 カイルが必要な一言を早めに置く。

 私は全部を抱え込まずに、見えているものを短く渡す。


 終わったあと、主教官が言った。


「最初よりましだ」


 大変に重い褒め言葉である。


「特にヴァルツェン班」


 私たちは顔を上げた。


「初日は“有能な四人”だった。今日は“少し班になっている”」


 それは、かなり嬉しかった。


 個人の評価より、今はそちらの方が大きい。


 そして最終日。

 最後の帰校行軍では、全員もう無駄に喋らなかった。

 疲れている。

 だが、一週間前とは違う疲れ方だった。


 どこで自分が死ぬか。

 誰がどう崩れやすいか。

 どこで一言置けば戻るか。


 それを少し知った疲れ方だ。


 校門が見えた時、誰も歓声は上げなかった。

 その元気がないとも言う。

 だが、私はそれが嫌いではなかった。


 主教官は最後に整列させて言った。


「前期課程修了試験、終了」


 広場が静まる。


「結果は後日出す。だが一つだけ言う」


 全員が顔を上げた。


「ここまで持った者は、持ったなりのものを見せた。脱落した者は、次に持てるように積め」


 短い。

 だが十分だ。


「そして、前期で一番大事なのは“自分の得手”ではない。“自分がどう崩れるか”を知ることだ」


 その言葉は深く入った。


 ええ。

 本当にそうですわね。


 解散後、レオンがその場に座り込みかけて、イリーナに肩を蹴られていた。

 かなり順当な光景である。


「終わった……」


「まだ片づけがあるでしょ」


「鬼か」


「違うわ。現実よ」


 私はそこで少しだけ笑いそうになった。


 悪くない。

 かなり悪くないやり取りだ。


 カイルが荷を下ろしながら、小さく言う。


「……前より班だったな」


「ええ」


 私は頷いた。


「かなり」


 レオンが顔だけ上げる。


「お前、それ褒めてる?」


「かなり」


「それは良かった……たぶん」


 その夜、寄宿舎へ戻った私は、かなり重い身体で記録帳を開いた。


 夏季休暇前、前期課程修了試験。

 一週間。

 行軍、野営、見張り、連携、戦闘訓練。

 全部嫌。

 だが全部必要。

 班としては、初日より最後の方がずっとましになった。

 わたくしの課題は、見えすぎる時に全部を一人で抱え込まないこと。

 そして、班の形を作るには、有能な個人が揃うだけでは足りないこと。


 最後に、一行だけ少しだけ大きく書いた。


 どうやら騎士学校前期課程では、“最後まで壊れきらずに機能すること”そのものが前提として求められているようですわね。


 ……ええ。

 それは本当に、その通りでしたわ。


 私は羽根ペンを置き、短くなった髪をかき上げた。


 疲れた。

 かなり疲れた。


 だが、悪くない。


 これなら、夏季休暇で屋敷へ戻った時に、少しは見せられるものがある。


 前より班になったこと。

 前より壊れ方を知ったこと。

 そして、まだ足りないものがはっきりしていること。


 それはきっと、良い土産だ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、夏季休暇前の一週間ぶっ通しの前期課程修了試験を通じて、野営、行軍、連携、戦闘のすべてをまとめて叩き込まれながら、“有能な個人”から“少しずつ班として機能できる者”へ進み始めている自分たちを確かに感じ取るのだった。

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