表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/106

第43話 イリーナ、わたくしは別に“断罪されそうな空気”を嗅ぎ分けているわけではありませんわ

 騎士学校での本格訓練が始まってから数日、私は一つの事実を理解した。


 この学校、思っていた以上に忙しい。


 もちろん、入学前から楽な場所だとは思っていなかった。

 だが実際に入ってみると、忙しさの質が少し違った。


 訓練。

 座学。

 規律。

 共同生活。

 移動。

 整備。

 復習。


 しかも、それぞれが微妙に繋がっている。

 剣だけやればよいわけでもなく、礼だけ整っていれば済むわけでもない。

 生活そのものが騎士学校仕様になっていく。


 良い。

 かなり良い。


 こういうのは嫌いではない。

 むしろ好きだ。


 ただし、好きと楽は別である。


 朝の鐘が鳴り、身支度を整え、食堂へ向かい、訓練へ出て、座学を受け、また動き、戻って記録する。

 これを回すだけで、一日は案外短い。


 だからこそ、少しの無駄や判断の遅れが目立つ。


 その日の午前は、組単位での反復訓練だった。

 昨日より少し複雑で、歩法と打ち込みの間に受け流しの基礎が入る。


 個人の得手よりも、組で流れを切らさないことが重視される内容だ。


 教官は例の四十代半ばの男だった。

 私の中で、すでにかなり評価は高い。


「昨日も言ったが、ここでは“個人で出来る”だけでは足りん」


 教官の声が訓練場へ通る。


「相手がいて、組がいて、流れがある。その中で自分を通せ。自分だけ綺麗で終わるな」


 はい。

 まったくその通りですわね。


 私は列の中で静かに頷いた。


 今日の相手はイリーナだった。

 レオンは別の組に回されている。


「よろしく」


 イリーナは短く言う。

 無駄がない。

 悪くない。


「ええ」


 礼。

 構え。

 始まる。


 一合、二合と進めるうちに、すぐ分かった。


 イリーナはやはり鋭い。

 だが、鋭い分だけ“合っていない時に自分で戻す”より、“押し切る”へ寄りやすい。


 それは欠点というより、まだ若い型だろう。


 三合目。

 少し流れがずれる。


 私はそこで、自分の待ちを削りつつ、相手に合わせる側へ少し寄せた。

 イリーナが一瞬だけ眉を動かす。


 終わる。


「今の」


 イリーナが言う。


「少し合わせたでしょ」


「ええ」


「何で分かったの」


「流れが切れそうでしたもの」


 イリーナは少しだけ嫌そうな顔をした。


「……そういうの、すぐ分かるのね」


「見えるものは見えますわ」


「腹立つ言い方」


 だがその時、教官がこちらへ来た。


「ヴァルツェン。今のは悪くない」


「ありがとうございます」


「イリーナも悪くない。だが、速く終わらせようとするな。流れを切る」


「はい」


 教官はそこで私を見た。


「お前は昨日より学校基準へ寄せているな」


「ええ。必要ですもの」


「まだその言い方か」


 後ろでレオンが笑っているのが聞こえた。

 感じが悪い。


 訓練は続いた。

 組み相手を変えながら、同じ反復を何度も回す。


 そこで見えてきたのは、学校の中での私の立ち位置だった。


 強い。

 だが完成ではない。

 整っている。

 だが学校の流れへ寄せる余地がまだある。


 そして何より、周囲はもう私を“大会準優勝の公爵令嬢”としてだけではなく、“ちょっと面倒だが、それなりに組みやすい相手”として見始めている。


 これはかなり良い変化だった。


 昼休憩、私は食堂の端で水を飲んでいた。

 レオンとイリーナが当然のようにこちらへ来る。


「なあ」


 レオンが言う。


「お前、さっきイリーナのズレにすぐ合わせたよな」


「ええ」


「何で分かるんだ」


「流れが切れそうだったからですわ」


「いや、それは聞いた」


「それ以上に何が必要かしら」


 レオンが困った顔をする。

 イリーナが横から言った。


「こいつ、たぶん“どこで空気が悪くなるか”を見るのが先なのよ」


 私は少しだけ考えた。


「そうかもしれませんわね」


「やっぱり」


 イリーナは嫌そうに言う。

 だが、会話を切らないあたり、完全に嫌がっているわけでもない。


 レオンがそこで、妙に真面目な顔になった。


「それって、剣だけの話か?」


 良い問いである。


「いいえ」


 私は答えた。


「会話でも、お茶会でも、舞踏でも、だいたい同じですわ」


「やっぱり面倒だな」


「よく言われますの」


 イリーナが腕を組む。


「で、あんた本当に“断罪対策”でそれをやってるの?」


 来た。


 そこを聞くか。


 だが私は真面目だった。


「ええ」


「まだ言うの」


「本当にそうですもの」


「いや、だから」


 イリーナは少し言葉を探してから、苛立ち半分で言った。


「そんなに毎回“断罪”って言うけど、あんた別に、断罪されそうな空気を嗅ぎ分けてるわけじゃないでしょう」


 私は一瞬だけ止まった。


 それから、非常に真面目に答える。


「イリーナ、わたくしは別に“断罪されそうな空気”を嗅ぎ分けているわけではありませんわ」


「でしょうね!」


 レオンが吹き出した。

 イリーナは本気で嫌そうな顔をしている。


「では何なのよ」


「もっと広い話ですの」


 私は水を一口飲んでから続けた。


「理不尽に立場を失いそうな流れを避けたいのですわ」


 レオンが少しだけ笑いを止めた。

 イリーナも眉を寄せたまま黙る。


「たとえば、今の訓練でもそうですの。流れが切れる。誰かが焦る。そこで雑に押し切る。そうすると、だいたい余計な崩れが増えますわね」


「……そうね」


「わたくしは、そういう“悪い流れ”を嫌うのですわ」


 イリーナがそこで少しだけ目を細めた。


「それを、断罪対策って呼んでるの?」


「ええ」


「変」


「存じております」


 だが、その時ふいにレオンが真顔で言った。


「でも、言いたいことは少し分かる」


 私はそちらを見た。


「本当ですの?」


「全部じゃないぞ。全部じゃないが、要は“悪い流れに飲まれたくない”ってことだろ」


「ええ」


「なら、騎士学校でも必要ではあるな」


 よろしい。


 レオンは案外、整理が速い。


 イリーナも少しだけ黙ったあと、低く言う。


「言葉の選び方が変なだけで、やってること自体はそんなにおかしくないのよね」


「ありがとうございます」


「褒めてないわよ」


「知っておりますわ」


 午後の座学は、王国騎士の歴史と規律だった。


 私はそこで、また一つ面白いことに気づいた。


 この学校は、剣だけを教える場所ではない。

 当然だが、改めて入ってみるとそこがよく見える。


 命令系統。

 責任。

 集団行動。

 判断の分担。

 規律が意味を持つ理由。


 それらは全部、剣と別の話ではなかった。

 むしろ剣を活かすための土台に近い。


 家で積んできたものの中には、ここへ綺麗につながるものも多い。

 だが、家では触れなかった領域もある。


 良い。

 ますます良い。


 夕方、最後にまた短い反復が入った。

 今日は疲れが出る時間帯の動きを見るらしい。


 ここで私は少しだけ失敗した。


 大きな失敗ではない。

 だが、二度続けて流れへ薄く乗り遅れた。

 学校基準のテンポへ寄せようとしたぶん、自分の戻しが一瞬遅れたのだ。


 教官はすぐ見た。


「ヴァルツェン」


「はい」


「今の二本、悪いな」


「ええ」


「理由は」


 私はすぐに答えた。


「学校基準へ寄せることを優先しすぎて、自分の戻しが遅れましたわ」


「そうだ」


 教官は頷く。


「合わせるのはいい。だが、芯まで削るな。学校へ合わせることと、自分を消すことは違う」


 その言葉は深く入った。


 なるほど。

 まさにそこが今の課題だ。


 私は頷く。


「承知いたしましたわ」


「明日はそこを見る」


「はい」


 終わって寄宿舎へ戻る途中、イリーナが横に来た。


「さっきの、珍しくずれたわね」


「ええ」


「少し安心した」


「なぜかしら」


「最初から何でもできる相手だと腹が立つから」


 私は少しだけ考え、それから言った。


「安心なさって。わたくしも、ちゃんと足りないところはありますの」


「知ってる。見た」


「ええ」


「でも、あんたの足りなさは“まだ学校に馴染んでない強いやつ”って感じなのよね」


 悪くない言い方だった。

 かなり悪くない。


 レオンも後ろから言う。


「要するに、普通に面倒なんだよ」


「そこは変わりませんのね」


「たぶんずっと変わらない」


 それはそうかもしれない。


 その夜、私は記録帳を開いた。


 本格訓練二日目。

 学校の流れへ寄せる感覚が少し分かってきた。

 ただし、寄せすぎると自分の戻しが遅れる。

 合わせることと、自分を消すことは違う。

 イリーナとレオンは、わたくしを面倒な新入生として扱いながら、少しずつ普通に話すようになってきた。

 悪くない。


 そして最後に、一行足した。


 どうやら“断罪対策”という言葉選びだけが少々問題らしいですわね。

 ですが、やっていること自体はそこまで間違っていないようです。


 よろしい。


 かなり良い。


 私は羽根ペンを置き、短い髪をかき上げた。


 この学校でやっていける。

 その感覚は、昨日よりもう少し確かになっていた。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、騎士学校での二日目の本格訓練を通じて、“学校基準へ合わせること”と“自分の芯を消さないこと”の差に気づき、そして相変わらずズレた言葉を使いながらも、同期たちと少しずつ普通の距離を築き始めていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ