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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第41話 初日から、わたくしを“公爵令嬢”ではなく“面倒な新入生”として見る方がいて安心いたしましたわ

 王国騎士学校へ入学した初日、私はまず一つ安心した。


 誰も彼もが、過剰に丁重というわけではない。


 もちろん視線は来る。

 王国剣術大会準優勝の公爵令嬢、という時点で注目を避けられるはずがない。

 だが、それでも皆が皆、家格に萎縮して距離を取るわけではなかった。


 それは、とても良いことだった。


 寄宿舎の部屋は、思っていたより簡素で、思っていたより整っていた。

 無駄が少ない。

 机、棚、寝台、衣装箱。

 必要なものだけがある。


 よろしい。


 こういうのは好きだ。


 荷を解き、剣の位置を決め、騎士服を掛け、最低限の動線を整える。

 物の位置が決まると、人は少し落ち着く。

 これは前世でも今世でも同じだった。


 そのあと集合の鐘が鳴り、私は新入生の列へ向かった。


 広場には、すでに多くの新入生が集まっている。

 平民出身と思しき者。

 地方騎士の子。

 下級貴族。

 上級貴族。

 年齢も空気もばらばらだ。


 その中で私は、騎士服を着て、短い髪で、実用の剣を下げて立っていた。


 目立たないはずがない。


 だが、だからといって縮こまる理由もなかった。


 前へ出る必要はない。

 だが、引きすぎる必要もない。

 見る。

 待つ。

 必要なら最初の一手を置く。


 いつも通りでよい。


 教官らしき男が前へ出た。

 四十代半ばほど。

 背は高く、姿勢が崩れず、声がよく通る。

 怒鳴らないが、届く声だ。


 良い。

 かなり良い。


「本日より、諸君は王国騎士学校の新入生である」


 導入は簡潔だった。

 余計な感情を乗せない。

 だが軽くもない。


「ここでは家格も出自も無意味とは言わん。だが、それだけでは通用せん」


 広場が少しだけ静かになる。


「剣、規律、判断、継続。見られるのはそれだ」


 よろしい。


 その言葉だけで、この学校が少し好きになった。


 教官は続ける。


「すでに名のある者もいるだろう。大会で結果を出した者もいるだろう。だが、それを持ち込んで立てるのは最初だけだ。明日からは、ここで何ができるかを見る」


 何人かの視線が、明らかにこちらへ流れた。

 当然だ。

 大会準優勝の“名のある者”として最も分かりやすいのが私だからだろう。


 だが私は動かない。

 今はまだ、反応する場ではない。


 話が終わると、いくつかの組へ分けられた。

 私は十名ほどの組へ入れられ、その場で軽い確認を受けることになった。


 名前。

 出身。

 得意分野。

 その程度のものだ。


 私の番が来る。


「ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンですわ」


 教官補佐の若い男が、書板の上で一瞬だけ手を止めた。

 やはり来る。

 だがその反応は短い。


「ヴァルツェン公爵家の」


「ええ」


「……得意は」


「剣ですわ」


 嘘はよくない。


 周囲の空気が少しだけ動く。

 だがそれも一瞬だ。

 その後ろにいた短髪の少年が、小さくぼそりと言った。


「大会準優勝だしな」


 隠す意味もない事実である。


 補佐は私を一度見たあと、淡々と書き込んだ。


「了解した」


 それだけだった。


 良い。

 非常に良い。


 その後、最初の確認として、姿勢、歩法、剣の扱いの基礎を見られることになった。

 訓練というほどではない。

 だが、“どう立つか”を見るには十分な内容だった。


 列に並ぶ。

 前へ出る。

 礼。

 構え。

 一歩。

 止め。

 戻る。


 簡単だ。

 簡単だが、簡単なものほどごまかしが利かない。


 私はいつも通りやった。

 屋敷で積んだものを、そのまま出す。

 見せつけない。

 だが薄くもしない。


 終わったあと、教官補佐は無言だった。

 ただ、書板へ何か書いた。


 その沈黙は悪くない。

 下手に褒められるより信頼できる。


 その次に出た大柄の少年は、力はあるが少し急ぐ。

 さらにその次の少女は、歩きは綺麗だが止めが浅い。


 見える。

 かなり見える。


 だが、今日は人を観察して満足する日ではない。

 ここでは私も見られている。


 確認が終わって組ごとに散ると、ようやく少し自由ができた。

 その時だった。


「よう」


 背後から声がした。


 振り向くと、二人いた。


 一人は先ほどぼそりと大会準優勝と言った短髪の少年。

 もう一人は、やや細身で目つきの鋭い少女だった。


「何かしら」


 私が問うと、少年は肩をすくめた。


「別に。王国剣術大会準優勝がどんな奴か見に来ただけ」


 率直でよろしい。


「見てどうかしら」


「思ったより普通」


「それは褒めておりますの?」


「半分くらいは」


 少女の方が言う。


「私は逆。思ったより面倒そう」


 私は少しだけ目を瞬かせた。


 そして理解した。


 ああ、良いですわね。


「初日から、わたくしを“公爵令嬢”ではなく“面倒な新入生”として見る方がいて安心いたしましたわ」


 二人が止まる。

 少年が吹き出し、少女の口元がわずかに動く。


「何だそれ」


「事実ですもの」


 少女が腕を組んだ。


「で、公爵令嬢。あんた、本当にここでやる気なの」


「もちろんですわ」


「貴族学院じゃなくて?」


「ええ」


「変わってる」


「存じております」


 少年が笑った。


「そこは自覚あるんだな」


「かなり」


 それで空気が少しだけやわらいだ。


 少年は名をレオンと言った。

 地方騎士の家の三男らしい。

 少女はイリーナ。

 下級貴族の娘で、剣一本で上を目指す気らしい。


 悪くない。

 どちらも、私へ過度にへつらわない。

 そこが非常によい。


「大会の剣、本物だったな」


 レオンが言う。


「見ておりましたの?」


「途中からな。決勝まで」


 イリーナが続ける。


「きれいすぎて嫌な剣だと思った」


 それはたぶん褒め言葉だろう。


「ありがとうございます」


「褒めてない」


「知っておりますわ」


 だが、言葉の奥の評価は分かる。


 そこで鐘が鳴った。

 初日の説明が終わり、次は生活区画と規律の確認らしい。


 動きながら、私は二人の歩き方を見た。


 レオンは少し急ぐ。

 イリーナは急がないが、切り返しが鋭い。

 どちらも面白い。


 そして向こうも、たぶん私を見ている。


 悪くない始まりだ。


 午後は学内の案内だった。


 訓練場。

 教室。

 食堂。

 浴場。

 寄宿舎。

 武具庫。


 私は一つずつ頭に入れた。

 動線を見る。

 どこが混むか。

 どこが静かか。

 どこなら少し早く来て整えられるか。


 こういうのは大事だ。

 環境は味方にした方がよい。


 食堂では、やはり視線が来た。

 だが、午前中ほどではない。

 少しずつ“珍しい”から“いるもの”へ変わり始めているのだろう。


 それも悪くない。


 席につくと、レオンが遠慮なく向かいへ座った。

 イリーナもその隣だ。


「公爵令嬢って、食堂でもそんな感じなんだな」


 レオンが言う。


「そんな感じ、とは?」


「普通に座る」


「座りますわよ」


「もっとこう、取り巻きとか」


「要りませんの」


 イリーナがそこで言った。


「そういうのなら、むしろ助かる」


「ええ。わたくしもですわ」


 それでまた少し空気が和らぐ。


 昼食は思ったより質素だった。

 だが栄養は考えられている。

 よろしい。

 私はこういうのは嫌いではない。


「合うのか」


 イリーナが聞く。


「何がかしら」


「こういうの」


 私は少し考えた。

 そして正直に答える。


「思ったよりずっと合いますわね」


 レオンが笑った。


「公爵令嬢がそれ言うか」


「必要なものが揃っていれば、だいたい良いではなくて?」


「その理屈、たぶん面倒なんだよな」


 その通りかもしれない。


 午後の終わり、最後に軽い木剣の組み確認があった。

 まだ本格的ではない。

 だが、誰がどう動くかを見るには十分だ。


 私はイリーナと当たった。


 礼。

 構え。

 待つ。


 向こうは速い。

 だが雑ではない。

 私は薄く受けて、少しだけずらす。


 終わる。


 イリーナが低く言った。


「……やっぱり嫌な剣」


「ありがとうございます」


「褒めてないって言ってるでしょ」


 だが、顔は少しだけ楽しそうだった。


 初日はそれで終わった。


 寄宿舎へ戻る時、私は少しだけ疲れていた。

 だが、悪い疲れではない。

 外へ向いた疲れだ。


 この学校は、思っていたよりずっと良い。

 少なくとも、貴族令嬢だからと過剰に持ち上げられる場ではない。

 それだけで価値がある。


 そして何より。


 初日から、わたくしを“公爵令嬢”ではなく“面倒な新入生”として見る方がいて安心いたしましたわ。


 これはかなり大きい。


 私は部屋へ戻ると、すぐに記録帳を開いた。


 王国騎士学校初日。

 視線は来る。

 だが、過剰に丁重な者ばかりではない。

 レオンという地方騎士家の三男、イリーナという下級貴族の娘と話した。

 どちらもわたくしを“公爵令嬢”より“面倒な新入生”として見ている節がある。

 かなり良い。


 最後に一行足す。


 この学校では、家格より先に“どういう人間か”で測られる余地がありますわ。


 よろしい。


 これならやれる。


 私は羽根ペンを置き、短い髪を軽く払った。


 初日は上々だ。

 だが、ここから先はもっと見られる。

 もっと試される。


 だからこそ、面白いのだ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、王国騎士学校での最初の一日を終え、自分が“公爵令嬢”としてだけではなく、“少々面倒で、しかし剣は本物らしい新入生”として受け取られ始めていることを確かに感じ取るのだった。

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