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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第37話 オズヴァルト、ようやく“飾りではない剣”を買いに行けますわね

 王国騎士学校への進学が条件付きで前へ進んだことで、私の中ではやるべきことが一気に明確になった。


 まず、剣である。


 今までの私は、木剣と護身用小剣と、限られた訓練具の中で積んできた。

 それで十分だった。

 むしろ、それでここまで来たからこそ意味があった。


 だが、これからは違う。


 王国騎士学校へ行く。

 ならば、飾りではない。

 令嬢用の体裁でもない。

 ちゃんと実用に足る剣が要る。


 さらに服もそうだった。


 ドレスでは動けない。

 もちろん、私はドレスでもそれなりに動けるようにはなった。

 なったが、それは“それなり”でしかない。

 騎士学校へ行く以上、必要なのは見た目の優雅さより先に、動きやすさと耐久性と扱いやすさだ。


 つまり結論は一つ。


 買いに行く。


 実用的な剣と、動きやすい騎士服を。


 その話をした時、父は本当に疲れた顔をした。


「……もうそこまで進めるのか」


「進学が前へ進んだ以上、必要ですもの」


「必要、必要とお前は」


「必要ではなくて?」


 父は何か言い返しかけ、やめた。

 そこへ母が静かに助け舟を出す。


「あなた。ここで止めても、ルゥはたぶん代わりに何か工夫しますわ」


「分かっている」


 父は低く言う。


「だから余計に頭が痛い」


 兄が横で笑った。


「父上。もう今さらですよ」


「お前は少し黙れ」


 だが結局、父も止めなかった。

 むしろ条件をつけた。


 目立ちすぎないこと。

 家名を無駄に振り回さないこと。

 剣は実用品として必要な範囲に留めること。

 そして当然、オズヴァルトが同行すること。


 極めて妥当である。


 というわけで数日後、私はオズヴァルトと共に王都の武具店街へ出ていた。


 かなり良い日だった。


 王都の武具店街は、当然ながら華やかな社交の空気とは違った。

 鉄の匂い。

 革の匂い。

 油の匂い。

 そして、見た目ではなく道具を見る人間たちの視線。


 良い。

 とても良い。


「お嬢様」


 隣を歩くオズヴァルトが言う。


「嬉しそうですな」


「当然ですわ」


「今日は観光ではありません」


「存じております」


「実用品です」


「ですから嬉しいのですわ」


 オズヴァルトは小さく息を吐いた。

 だが、もうこの程度では止めない。


 最初に入ったのは、古くから騎士団や学校向けの実用品を扱っている店だった。

 外観に過剰な装飾はなく、店内も整然としている。

 良い店だと思った。

 必要以上に豪奢な店より、こういう店の方が信用できる。


 店主は五十代半ばほどの男だった。

 私を見るなり一瞬だけ眉を上げたが、すぐにオズヴァルトを見て、だいたい察したらしい。


「見習い用か、入学前か」


 単刀直入である。

 私は少し好きだった。


「入学前ですわ」


 私が答えると、店主の目がわずかに動く。


「お嬢さんが?」


「ええ」


「そうか」


 それ以上は言わない。

 よろしい。

 実に良い。


「剣を見たいのですけれど」


「長さは」


 店主が問う。


 そこでオズヴァルトが先に言った。


「訓練基準に近い長さ。ただし、今すぐ振り回す前提ではなく、手に馴染ませるところから始める」


「重さは」


「軽すぎない方がよろしいですわ」


 私が言うと、店主がこちらを見る。


「理由は」


「軽すぎると、逆に感覚が流れますもの」


 数秒の沈黙。

 店主はそれから、ほんの少しだけ口元を動かした。


「なるほど。飾りではないわけだ」


「当然ですわ」


 その返しに、オズヴァルトが横で咳払いした。

 だが訂正はしない。

 もう遅い。


 店主は数振り持ってきた。


 一本目は、癖が少なく素直な剣。

 学校向けとしてはかなり標準的なのだろう。

 悪くない。

 だが、少しだけ軽い。


 二本目は、重さはあるが今の私にはまだ少し先だ。

 持てる。

 だが、馴染ませる前に腕で支えてしまう。


 三本目で、手が止まった。


 長さが過不足ない。

 柄が手に少しだけ余裕を残して収まる。

 重さも、軽すぎず重すぎず、動きの癖が見えやすい。

 極めてよろしい。


「それですかな」


 オズヴァルトが言う。


「ええ。かなり」


 私はゆっくり鞘ごと持ち、重心を確かめた。

 無駄に飾られていない。

 だが粗くもない。

 実用品として整っている。


 店主が言う。


「目は悪くないな」


「積んでおりますもの」


「何を」


「色々と」


 店主はそこで笑った。

 低く短く、だが嫌味のない笑いだった。


「それならいい。剣は見栄で選ぶとろくなことにならん」


「ええ。見栄は不要ですわ」


 オズヴァルトが横でぼそりと言う。


「言葉だけ聞けば本当に優秀ですな」


「失礼ではなくて?」


「事実確認です」


 結局、私はその三本目を選んだ。

 店主も、オズヴァルトも、それで異論はなかった。


「入学前に慣らすなら、ちょうどいいだろう」


 店主はそう言った。


「無理に重いものを持って癖をつけるよりましだ」


 それはその通りだ。


 次は騎士服である。


 こちらも、私はかなり楽しみにしていた。


 もちろん、豪華な制服めいたものではない。

 必要なのは動きやすく、耐久性があり、洗いやすく、身体の線を邪魔しすぎず、だが実用に寄りすぎて雑にも見えない服だ。


 そういう意味で、選ぶべき点はかなり多い。


 服飾店というより、実用服を扱う店へ入ると、そこは剣の店とはまた違う緊張感があった。

 布地、革、縫い目、補強、袖口、靴。


 私はすぐに、明らかに見栄え重視のものを除外した。


「お嬢様」


 オズヴァルトが言う。


「速いですな」


「不要なものは不要ですもの」


「たまには迷いなさい」


「必要がありませんわ」


 店の女主人は、最初こそ少し不思議そうにしていたが、私が本気で実用性を見ていると分かると、すぐに態度を変えた。


「でしたらこちらですね」


 出された服は、地味だった。

 だが非常に良かった。


 肩が動く。

 肘が引っかからない。

 腰がもたつかない。

 しかも、無駄に男物へ寄せていない。


 良い。

 とても良い。


「試着なさいますか」


「もちろんですわ」


 試着してみると、さらに分かった。


 軽い。

 裾が邪魔をしない。

 腕を上げても引っ張られにくい。

 前へ入る時も脚が絡まない。


 私は鏡の前で一歩、半歩、軽く体を回してみた。


 完全に戦闘用ではない。

 だが学校生活と訓練の初期には十分だ。


「……これですわね」


 私が言うと、女主人が頷いた。


「そう仰ると思いました」


「なぜかしら」


「最初に布ではなく肩と脇を見ておられましたから」


 まあ。


 よく見ている。

 悪くない。


 オズヴァルトが言う。


「どうです」


「動きやすいですわ。かなり」


「令嬢としては?」


「その問いは少しずるいですわね」


 私は鏡の中の自分を見た。


 華美ではない。

 むしろかなり実用的だ。

 だが、不格好ではない。

 姿を壊しきっていない。


「……悪くありませんわ」


「それなら結構」


 オズヴァルトは短く言った。


 結局、服も数着選んだ。

 訓練寄りのもの。

 少しだけ整った場でも使えるもの。

 替え。

 外套。

 靴。


 それぞれに用途を分ける。

 そうしないと雑になる。


 買い物を終えて店を出た時、私はかなり満足していた。


「今日は良い日ですわね」


「剣と服を買っただけで、そこまで機嫌が良くなれるのは才能ですな」


「実用品は気分が良いですもの」


「それは分かりますが」


 オズヴァルトは一瞬だけ私を見て、少しだけ声を低くした。


「これで本当に、後戻りはしにくくなりましたな」


 私は頷いた。


「ええ」


 剣を買った。

 服も整えた。

 これはただの買い物ではない。

 進路が、形になり始めたということだ。


 父も母も、この荷を見れば理解するだろう。

 兄はたぶん笑う。

 だが、もうそこは問題ではない。


 前へ進む準備が整っていく。

 それ自体が重要なのだ。


 屋敷へ戻る馬車の中、私は新しい剣の柄へそっと触れた。


 飾りではない。

 護身用の小剣でもない。

 ちゃんとこれからを支える実用の剣だ。


 かなり良い。


 その夜、記録帳にはこう書いた。


 実用的な剣を得た。

 動きやすい騎士服も得た。

 飾りではなく、これからの日々を支える道具が揃い始めた。


 最後に私は、静かに一行足した。


 ようやく“騎士学校へ行く者の形”が外側にも現れ始めましたわ。


 私は羽根ペンを置き、長く息を吐いた。


 よろしい。


 次は入学だ。

 そしてその前に、きっとまた家の中で一悶着はある。


 だが構わない。


 剣もある。

 服もある。

 前へ進む形は、もう揃い始めているのだから。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついに実用の剣と騎士服を手に入れ、令嬢のまま騎士学校へ進むという異様な進路を、いよいよ外見からも既成事実へ変え始めていくのだった。

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