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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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幕間 翌朝から夕方まで続いた極秘家族会議――ルクレツィアの二の矢、三の矢を家族が予想する日

 翌朝のヴァルツェン公爵家は、妙に統制が取れていた。


 前夜、ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは王国剣術大会準優勝の事実と、王国騎士学校進学の意思を家族へ明かした。

 しかも出願は相当進んでいる。

 つまり事態は、もう“娘が妙なことを言い出した”段階ではない。


 放置すると危ない。

 だが、頭ごなしに潰しても危ない。


 その認識だけが、家族全員に一致していた。


 だから翌朝、ルクレツィア本人を外したうえで、ヴァルツェン公爵家の極秘家族会議が開かれた。


 場所は父の執務室ではなく、離れた小会議室だった。

 出入りする使用人も最小限。

 扉の外には信頼できる家令だけを立たせ、誰も近づけない。


 この時点で、父の本気度は十分だった。


 父は朝一番から機嫌が悪かった。

 母は静かだが明らかに思考を回していた。

 兄は眠そうな顔をしていたが、それは寝不足のせいであり油断ではない。


 席につくなり、父が言った。


「まず確認する」


 短いが重い声だった。


「この会議は、ルクレツィアをどう叱るかの場ではない」


 兄が少しだけ眉を上げる。

 母は何も言わずに頷いた。


「重要なのは、あれが次に何をするかだ」


 その“あれ”という呼び方に、母がほんの少しだけ目を細めた。

 だが今はそこを咎めない。

 優先順位が違うからだ。


 父は続けた。


「昨日の話をそのまま受け取るなら、第一案は王国騎士学校だ。問題は、それを潰した場合だ」


 兄がそこで静かに言った。


「潰した場合、あいつは止まらないでしょうね」


「私もそう思うわ」


 母もすぐに同意した。


 父は指で机を軽く叩いた。


「ならば考えるべきはそこだ。ルクレツィアが王国騎士学校を断たれた時、次にどう動くか」


 短い沈黙。


 最初に口を開いたのは兄だった。


「家出、でしょうね」


 母が目を閉じる。

 父は深く息を吐いた。


「やはりそう思うか」


「はい」


 兄はあっさり言った。


「しかも感情的に飛び出すのではなく、かなり準備したうえで出るはずです」


「理由は」


「今までがそうだったからです」


 それは身も蓋もないが、正しい。

 五歳で木剣を欲しがった時から、ルクレツィアは一貫して“先に積んでから話す”人間だった。


 母が静かに言う。


「わたくしも、家出の可能性は高いと思うわ」


 父が母を見る。


「根拠は」


「ルゥは、第一案が潰れた時に止まる子ではないもの。しかもあの子は“止まること”を損失と捉えるわ。だったら、次善を選ぶ」


 父は黙った。

 だが、否定しなかった。


 兄が少しだけ体を起こす。


「問題はその次です。家出したあと、何になるか」


「そこだ」


 父が頷く。


「昨日の時点で、あいつは二の矢三の矢まで持っていそうだった」


「持っていますね」


 兄は断言した。


「ほぼ確実に」


 母もゆっくり頷く。


「ええ。ルゥが騎士学校だけで全部を賭けるとは思えない」


 父の顔が険しくなる。


「では何だ」


 兄は一拍だけ考えた。

 だがそれは迷いではなく、順序の問題だった。


「第一候補は、冒険者です」


 父の眉が大きく動いた。

 母も扇を持っていれば止めたような顔をする。


「……冒険者?」


「はい。あいつは王国騎士学校が“実力を軸にできるから良い”と言っていました。なら、それが潰れた場合の次善は“外で実力を積める場所”です。最も分かりやすいのが冒険者です」


 父は即座に言った。


「論外だ」


「ええ、家としては」


 兄は淡々としていた。


「ですが、あいつの理屈なら自然です」


 母がそこで言う。


「お金もあるわね」


 父が母を見る。


「まさか」


「あるわ」


 母は静かに断言した。


「ルゥはお小遣いをほとんど使っていないもの。ドレスにも装飾品にも執着が薄いし、欲しいものがあっても“必要なら買う”程度でしょう。十五年分とは言わないけれど、かなり貯めているはずよ」


 兄が苦笑した。


「やっぱりそこまで行きますか」


「行くでしょうね」


 母は本気だった。


「あの子、自分の生活費と装備更新費くらいは試算していてもおかしくないわ」


 父が額を押さえる。


「……そこまでか」


「そこまでです」


 兄が言う。


「しかも王国剣術大会準優勝です。最初の登録後に、最低ランクで埋もれて終わるとは思えません」


 父は黙り込んだ。

 それが一番嫌なのだろう。

 ただの夢想なら切って捨てられる。

 だが、現実味がある。


 母がさらに言った。


「ただ、ルゥなら冒険者だけで終わらない気もするのよね」


 兄が母を見る。


「どういう意味ですか」


「冒険者は実戦的だけれど、必ずしも“剣そのものを深める”環境ではないわ。ルゥはそこも考える気がするの」


 兄の目が少しだけ細くなった。


「……剣術修行」


 父が顔を上げる。


「何だ」


「第二候補です」


 兄ははっきり言った。


「家出して、名のある剣士や流派を探して修行に出る。かなりあり得ます」


 父が本気で嫌そうな顔をした。


「冒険者より悪い」


「家としてはそうでしょうね」


「家としては、ではない。全面的に悪い」


「ですが、ルクレツィア本人の理屈としては筋が通る」


 兄は容赦がなかった。


「騎士学校に行けない。なら外で実力を積む。冒険者は実戦には強いが、剣そのものを深めるには散る。なら剣術修行。そう考えてもおかしくない」


 母が静かに息を吐く。


「本当にそうなのよね。嫌になるくらい、あの子の中では筋が通るのよ」


 父は長く沈黙した。

 会議室の空気が少し重くなる。


 やがて低く言う。


「つまり、こうか」


 兄も母も父を見る。


「第一案。騎士学校。これを潰す」

「ええ」

「はい」


「そうすると、第二案。家出して冒険者」

「あり得ます」

「かなり」


「さらに第三案。家出して剣術修行」

「はい」

「ええ」


 父は目を閉じた。


「……最悪だ」


 兄が少しだけ苦い顔で言う。


「だから昨日、あれほど全面拒否しない方がいいと思ったんです」


「分かっている」


 父の声は低い。

 怒っているというより、現実の悪さを認めている声だった。


 母が机の上で指を軽く組む。


「整理しましょう」


「どう整理する」


「選択肢の比較ですわ」


 母の声は穏やかだったが、完全に実務だった。


「騎士学校。冒険者。剣術修行。この三つのうち、家として最も被害が少なく、最も管理可能で、なおかつルゥが壊れにくいのはどれか」


 兄が即答した。


「騎士学校ですね」


 父は嫌そうな顔のまま問う。


「根拠は」


「制度の中にあります。所在が明確です。王国の管理下です。卒業後の道も読める。家の名との接続もまだ作れる」


 兄は指を折るように並べる。


「対して冒険者は所在不明になり得る。剣術修行は師の質も場所も読めない。どちらも家から見れば制御不能です」


 母も頷く。


「私もそう思うわ。騎士学校そのものを良いと言っているのではないの。比較の話よ。二の矢三の矢まで含めて考えるなら、第一の矢が一番ましなの」


 父はしばらく動かなかった。

 そしてようやく、極めて疲れた顔で言った。


「結局そこへ戻るのか」


 兄が少しだけ乾いた笑いをこぼす。


「はい。ルクレツィアを止めようと真面目に考えるほど、騎士学校が一番ましという結論に近づきます」


 母が静かに補足する。


「本当に困った子よね」


 父が低く言う。


「いや、困ったで済ませていい段階ではない」


「ええ。でも、今さら“普通の公爵令嬢として貴族学院へ”が最善とは、わたくしには思えないわ」


 そこから会議は長引いた。


 午前中は、三つの進路を家の側から徹底的に比較した。


 王国騎士学校なら、どこまで家名を表に出すか。

 冒険者になった場合、いつどこで身分露見するか。

 剣術修行なら、どの流派や地方が候補になり得るか。

 ルクレツィアが一人で動く時に必要な金はどの程度か。

 連れをつけた場合、逆に家出として成立しなくなるのではないか。


 嫌になるほど具体的だった。


 昼食を挟んだ時点で、全員が同じ認識に至っていた。


 ルクレツィアは本気である。

 騎士学校を潰しても、止まらない。

 しかも、その後の選択肢に一定の現実味がある。

 ならば問題は“止めるか”ではなく、“どこで折り合うか”に変わる。


 午後には、その折り合いの条件が議論された。


 騎士学校へ進むなら、

 家との関係をどう保つか。

 家名をどう扱うか。

 卒業後の進路をどうするか。

 騎士団入りを許容するのか、それとも一定年限で戻すのか。

 婚姻や社交との整合性をどう取るか。


 父はそこで初めて、本音に近いことを言った。


「正直に言えば、私はまだ賛成していない」


 母も兄も黙って聞く。


「だが、騎士学校へ行かせぬことで冒険者や剣術修行へ飛ばれるのはもっと困る」


 それは、この会議で初めて父が明確に認めた“比較の論理”だった。


 母が静かに頷く。


「ええ」


「つまり私は、いま“理想の進路”を考えているのではない。“最悪を避ける進路”を考えている」


 兄が低く言う。


「それでも十分前進です」


 父は兄を睨んだ。


「勘違いするな。認めたわけではない」


「分かっています。ですが、昨日の夜よりは進んでいます」


 その言葉に、父は否定しなかった。


 夕方近く、議論はようやく一つの形を持ち始めた。


 完全な許可ではない。

 全面的な賛成でもない。

 だが、“騎士学校を軸に条件を詰める”方向で、家の中の空気が固まりつつあった。


 母が最後に静かに言う。


「結局、ルゥの二の矢三の矢まで読んだら、第一の矢が一番ましだったというだけの話なのよね」


 兄が苦笑する。


「本人はたぶん、それも見越していたんでしょうね」


 父が深く、深く息を吐いた。


「だとしたら、本当に厄介だ」


「ええ」


 母は穏やかに同意した。


「でも、あの子は昔からそういう子だったでしょう?」


 父は目を閉じた。

 少しの沈黙のあと、低く言う。


「……五歳で木剣を欲しがった日からな」


 それで会議は一度、ようやく区切られた。


 結論はまだ出ていない。

 だが方向は見えた。


 王国騎士学校を全面否定することは、二の矢、三の矢を考えると得策ではない。

 むしろ家として条件を付け、最も管理可能な形で通す方がましである。


 それが、朝から夕方まで続いた極秘家族会議の到達点だった。


 そして何より、家族全員がこの日ついに理解した。


 ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、第一案を潰されて止まるような娘ではない。

 その先まで、すでに見ている。


 ――こうして、ルクレツィアを呼んで話した翌朝から夕方まで続いた極秘家族会議は、娘本人を欠いたまま二の矢、三の矢を必死に予想し、その結果として“騎士学校が最もまし”という苦い結論へじわじわ追い込まれていく一日となったのだった。

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