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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第33話 お父様、お母様、もうたぶん隠しきれませんわね

 王国剣術大会の二日目、会場の空気は昨日とは少し違っていた。


 ざわめきの質が変わったのだ。


 初日は、“令嬢がいる”“公爵家の娘らしい”“妙に勝っている”という程度だった。

 二日目は違う。


 どこの誰か。

 どういう剣か。

 どこまで行くのか。


 そういう目で見られているのが、はっきり分かった。


 よろしい。


 外とは、こういうものだ。


 前提がない代わりに、結果がそのまま評価になる。

 余計な飾りが少ない。

 少なくとも剣の場においては、その傾向が強い。


 私は控えの場で礼をし、静かに呼吸を整えた。

 もうここで慌てる段階ではない。

 昨日、通じることは分かった。

 ならば今日は、その通じたものをどこまで保てるかだ。


「お嬢様」


 オズヴァルトが低く言う。


「今日は昨日より見られます」


「ええ」


「勝つ気で来る者ばかりになります」


「当然ですわ」


「それでも?」


 私はまっすぐ答えた。


「それでもですの」


 オズヴァルトはそれ以上何も言わなかった。

 良いことだと思う。

 今さら励ましも確認も要らない。


 午前の試合は、昨日より重かった。


 相手は明らかに私を侮らない。

 令嬢だから軽い。

 見た目が整っているから遅い。

 そういう甘さがない。


 だが、私にも甘さはなかった。


 礼。

 構え。

 待ち。

 最初の一手。


 相手が様子を見るなら、こちらが場を置く。

 相手が強く来るなら、真正面からぶつからずに流れをずらす。

 焦らない。

 軽くしない。

 崩れても戻る。


 勝った。


 派手な勝ち方ではない。

 だが、見ている側には分かる勝ち方だったと思う。


 次の試合はもっと厳しかった。


 ここで初めて、私は“読む相手”と明確に当たった。

 待つ。

 こちらを見る。

 こちらに読ませたうえで、その先を少し変える。


 良い相手だった。


 私はその相手と向かい合った瞬間、少しだけ嬉しくなった。

 ようやく、ここまで来たのだと思ったのだ。


 五歳から十四歳まで積んだものを、本当に試せる相手。

 そういう意味で嬉しかった。


 始まる。


 相手は待つ。

 私も待つ。

 こちらが置けば、向こうが少しだけ外す。

 向こうが探れば、こちらが乗りすぎない。


 細い。

 だが、良い。


 二合、三合と進むうちに、会場が静かになっていくのが分かった。

 見ているのだ。

 分かる者ほど、こういう試合では静かになる。


 最後は、本当に半歩の差だった。


 私は待った。

 相手がこちらを読みに来る。

 そのさらに半歩外へ、自分の一手を置く。


 取った。


 その瞬間、遅れて会場が沸いた。


 大きい。

 昨日より、明らかに大きい。


 私は礼をして下がりながら、内心で静かに頷いた。


 よろしい。

 かなりよろしい。


 外でも、こういう相手に通じる。

 それが分かっただけで十分に意味がある。


 控えへ戻る途中、私はふと視線の先に見覚えのあるものを見つけた。


 濃紺の外套。

 よく知った立ち方。

 その隣に、扇を持たずに立っている美しい女性。

 さらに、その少し後ろで何とも言えない顔をしている青年。


 ……まあ。


 お父様、お母様、兄ではなくて?


 私は一瞬だけ止まりかけた。

 だが、止まらない。

 今ここで露骨に反応するのは三流だ。


 礼を崩さず、歩幅も変えず、私は控えへ戻った。


 オズヴァルトが私の顔を見て、すぐに察した。


「見えましたか」


「ええ」


「いつからでしょうな」


「少なくとも今は、もうたぶん隠しきれませんわね」


 オズヴァルトが低く息を吐いた。


「でしょうな」


 私はそこで少しだけ目を閉じた。


 いずれこうなるとは思っていた。

 王国剣術大会に出た時点で、どこかで家へ届く。

 それが今日だっただけだ。


 問題は、ここからどうするかだが――答えは一つである。


 勝つ。

 まずはそれだけだ。


「お嬢様」


「何かしら」


「動じておられませんな」


「動じておりますわ」


「そうは見えません」


「見せておりませんもの」


 オズヴァルトは、そこで初めて少しだけ笑った。


「結構」


 昼の休憩の後、私は来賓席の方へ呼ばれた。


 当然である。

 家族が来ているのだから、まったく無視というわけにもいかない。

 そして、父が私を呼ぶ時はだいたい短い。


「ルクレツィア」


 その声だけで、あまり機嫌が良くないのは分かった。


 私は静かに近づき、一礼した。


「お父様。お母様。お兄様」


 母は扇も持たず、ただ私を見ていた。

 兄は笑っていいのか黙るべきか分からない顔をしている。

 そして父は、完全に頭を抱えたいのを理性で抑えている顔だった。


「……何をしている」


 第一声がそれである。


 まったくその通りで、少し困る。


「王国剣術大会に出ておりますわ」


「見れば分かる!」


 よろしい。

 父がこういう声を出す時は、本当に予定外の時だ。


 だが私は崩れない。


「なぜ言わなかった」


「反対なさるでしょう?」


「当然だ!」


「ですから、先に通しましたの」


 兄が横で吹き出した。

 母は目を閉じた。

 父はとうとう本当に額を押さえた。


「ルクレツィア……」


 母が静かに言う。

 その声は怒鳴っていない。

 だが、かなり静かに怒っている時の声だ。


「あなた、本当に王国剣術大会へ出たのね」


「ええ」


「しかも、ここまで勝ち上がっているのね」


「ええ」


「……いつから考えていたの」


「十五歳の春には決めておりましたわ」


 父が低く言った。


「決めていた、ではない。なぜ家へ相談しない」


 私は少しだけ首を傾げた。


「相談して許される話でしたかしら」


「そういう問題ではない!」


「ですが、結果が出てからの方が話は早いですわ」


 兄がとうとう顔を逸らした。

 完全に笑いを堪えている。

 感じが悪い。


「お兄様、笑っていないでくださいまし」


「いや、だって……」

「アルフレート、黙りなさい」

「はい、母上」


 母は一度深く息を吐いた。

 それから私を見た。


「ルゥ。怒っていないわけではないのよ」


「存じております」


「でも今は、ここで全部を叱る気はないわ」


 さすがお母様である。

 場を分けている。


 父はまだ納得していなかったが、母は続けた。


「今あなたは試合の最中でしょう」


「ええ」


「なら、今はそれをやりなさい」


 私は少しだけ目を見開いた。


 意外だった。

 だが、とても母らしい。


「ただし」


 来た。


「終わったら全部話してもらいます」


「はい」


「全部です」


「はい」


 父がそこで言った。


「まだ何かあるのか」


 鋭い。

 やはり鋭い。


 私は一拍だけ置いた。

 兄が「来るぞ」という顔になり、母が静かに目を細める。


 ここで騎士学校の話まで出すべきではない。

 今は試合中だ。

 場を分けるべきである。


「後ほど、ですわ」


 父が本気で嫌そうな顔をした。


「……まだあるんだな」


「はい」


「ルクレツィア」


「何かしら」


「お前は、なぜそうも既成事実を積んでから話す」


 私は真面目に答えた。


「その方が合理的ですもの」


 兄がまた吹き出した。

 母は今度こそ扇が欲しそうな顔をした。

 父は空を見た。


 だが、私は本当にそう思っているのだから仕方ない。


 話はそこで終わった。

 母が終わらせたのだ。


「ルゥ、戻りなさい」


「はい」


「今は剣をやりなさい」


「はい、お母様」


 私は一礼し、控えへ戻った。


 オズヴァルトが何も言わずに水を差し出す。

 私はそれを受け取り、一口だけ飲んだ。


「荒れましたか」


「ええ。ですが、まだ序の口ですわ」


「でしょうな」


 私は静かに息を吐いた。


 動揺していないわけではない。

 だが、こういう時こそ礼で整える。

 呼吸を置く。

 今は試合の最中だ。

 騎士学校の話まで発覚してからでは、もっと荒れる。

 ならば今ここで崩れる理由はない。


 次の試合は準決勝だった。


 相手は明らかに強い。

 会場も、さっきまでとはまた空気が違う。

 そして何より、来賓席に父母兄がいる状態である。


 ……なかなかに、試されておりますわね。


 だが、それも悪くない。

 ここで崩れるようなら、騎士学校など行けるはずがない。


 始まる。


 一合目、探る。

 二合目、相手が圧を置く。

 三合目、私が待つ。

 四合目、相手が少し早くなる。


 取った。


 会場が沸いた。

 今までで一番大きい。

 私はその音の中で礼をしながら、ただ一つだけ思った。


 お父様、お母様。

 もうたぶん隠しきれませんわね。


 ですが、ここまで来たら最後まで参りますの。


 そして私は、そのまま決勝へ進んだのだった。

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