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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第28話 七歳の頃には、ようやく「崩れない」が少しだけ形になってきましたわ

 六歳半から七歳半までの一年は、私にとって“積んだ基礎を崩れにくくする一年”だった。


 五歳と六歳でやったことは、言ってしまえば土台作りである。


 礼。

 歩法。

 待ち。

 舞踏。

 小剣の扱い。

 会話の間。

 お茶会での視線。


 それらはすべて大事だった。

 だが、どれもまだ“整った条件でならできる”の域を出ていなかった。


 七歳の年は、そこから先へ進む年だった。


 少し待ちが長い。

 声が入る。

 相手の圧が強い。

 話題が急に変わる。

 こちらの予想と違う流れになる。


 そういう“揺れ”の中で、どこまで形を保てるか。

 それが一年の課題になった。


 オズヴァルトは、鍛錬のやり方を少し変えた。


 それまでは、私が一本の流れを作れるように整えてくれていた。

 だが七歳に入ってからは違う。


「今」


 その合図で入ろうとした瞬間、何も来ない。


「待ちすぎです」


 ようやく打とうとすると、今度は合図が変わる。


「違う」


 打ったあとには、わざと少し長く沈黙を置かれる。

 そこで私が気を抜けば、次の一本が浅くなる。


 最初のうちは散々だった。


 待ちが長いと、自分から始めたくなる。

 崩さず終えたと思うと、次へ急ぎたくなる。

 声が入ると、そちらへ意識が持っていかれる。


 だが、それを一年単位で積み続ければ、さすがに少しは変わる。


 春の終わり頃には、待ちの長さに対して身体が少し静かになった。

 夏には、途中で声が入っても肩が跳ねにくくなった。

 秋には、打ったあとの静けさを前より長く保てるようになった。


 冬の入口で、オズヴァルトが初めて言った。


「ようやく“崩れない”という意味が少しだけ身体へ入り始めましたな」


 私はその言葉をかなり重く受け取った。


 “できる”ではない。

 “崩れない”である。


 それは、前世でも本当に強い人間にしか言えない種類の言葉だった。


 舞踏でも変化は大きかった。


 七歳になる頃には、母や兄に合わせるだけでなく、“相手が少し乱れても、自分が先に崩れない”ことが少しずつできるようになっていた。


 兄は相変わらず、時々わざと間をずらす。

 半歩早く入る。

 少し強く導く。

 軽口を差し込む。


 以前の私なら、そのたびに反応していた。

 今は違う。


 まず受ける。

 感じる。

 そこから、自分の軸を保ったまま合わせる。


 ある日、兄と一曲分の基礎を終えたあと、母が言った。


「ルゥ。あなた、ようやく“相手に何かされても、自分の中に戻れる”ようになってきたわね」


 それは、とても良い評価だった。


 兄も珍しく真面目に頷いた。


「前は、こちらが少し崩すと、そのまま流れていたからな。今は一度乱れても戻ってくる」


 戻ってくる。


 その表現が私は好きだった。

 人は常に完璧ではいられない。

 乱れないことより、乱れても戻れることの方が、たぶん大事なのだ。


 礼儀作法も、ここで一段深くなった。


 マルグリット夫人は相変わらず厳しかったが、七歳の終わり頃には、私に対して“正しいかどうか”だけではなく、“乱れた後にどう戻すか”を見るようになっていた。


 わざと少し待たされる。

 途中で質問される。

 立つ前に呼ばれる。


 そんな小さな揺さぶりの中で、私は礼の形を崩しすぎずに戻す練習を繰り返した。


 夫人は言った。


「ルクレツィア様。最近は、驚いても所作が一気に崩れなくなりましたね」


 これはかなり大きかった。


 驚かないのではない。

 驚いても、そのまま全部を流されない。


 それはたぶん、剣や舞踏と同じ種類の強さなのだろう。


 小剣の扱いも、一年でだいぶ変わった。


 相変わらず飾りに近い護身具である。

 だが今の私にとっては、十分に良い教材だった。


 持てば肩が喋る。

 急げば姿が壊れる。

 収め方が雑だと、全体まで雑に見える。


 最初はそこに振り回されていたが、七歳の終わり頃には“持ったまま自然に立つ”ことがだいぶ普通になっていた。


 兄がある日、私を見て言った。


「もう、その小剣を持っていても“持たされている感”はないな」


 悪くない。

 かなり悪くない評価だ。


 そして、この一年で最も大きく変わったのは、家族の認識だった。


 父は、もう私の鍛錬を“妙なこだわり”とは扱わなくなっていた。


 もちろん、疲れた顔はする。

 相変わらず時々遠い目もする。

 だが、見方そのものは変わった。


 七歳の冬、父は夕食のあとに私を見てこう言った。


「ルクレツィア、お前はもう“続けている子供”ではないな」


 私は顔を上げた。


「どういう意味かしら」


「続けた結果、少しずつ形になっている。そこまで来たなら、こちらもそれを前提に考える」


 それは短い言葉だったが、重かった。


 兄はもっと分かりやすかった。


「最近のルクレツィアは、たまに本当に七歳か疑わしくなる」


 相変わらず失礼だが、評価としては悪くない。


 母はもっとはっきりしていた。


「ルゥ、あなたは“乱されないこと”ではなく、“乱れても戻れること”を覚え始めたわ。それは、とても大きいことよ」


 私はその言葉を、かなり深く胸に入れた。


 乱されないことを目指していた頃もあった。

 だが今は違う。

 世界はたぶん、そんなに静かではない。


 ならば必要なのは、乱れないことではなく、乱れても戻れることだ。


 それは、断罪の場にもきっと通じる。


 穏やかな一年ではなかった。

 何度も失敗した。

 待ちきれず早く入った。

 舞踏で引きずられた。

 礼で呼吸が浮いた。

 会話で返しが整いすぎた。


 だが、そのたびに記録し、直し、また積んだ。


 そうして一年を終えた時、私ははっきり理解していた。


 七歳の私は、六歳の私より明らかに“戻れる”。


 それだけでも、この一年は大きな勝ちだ。


 その夜、記録帳には一年分のまとめが長く書き込まれた。


 待ちの中で焦りにくくなった。

 途中で乱れても戻しやすくなった。

 舞踏で相手に崩されにくくなった。

 礼は驚きの中でも保ちやすくなった。

 小剣を持っても姿が壊れにくくなった。

 家族は、私を“続ける子”ではなく“積み上がっている子”として扱い始めた。


 最後に私は、少しだけ考えてからこう書いた。


 七歳の頃には、ようやく「崩れない」が少しだけ形になってきた。

 だが、本当に欲しいのはその先――揺らされても、自分で場を取り戻せる強さである。


 かなり良いまとめだ。


 私は羽根ペンを置き、静かに息を吐いた。


 よろしい。


 次は八歳。

 ただ戻るだけでなく、自分から場を整え直す年だ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、七歳の一年で“乱れても戻れる”という確かな土台を手に入れ、いよいよ次の段階――揺れた場を自分で整え直す強さ――へ進んでいくのだった。

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