第27話 六歳になる頃には、もう誰も「すぐ飽きる」とは言わなくなっておりましたわ
五歳の終わりから六歳の半ばにかけて、私の生活はさらに整っていった。
最初の頃は、鍛錬を続けること自体が戦いだった。
周囲の困惑。
年齢ゆえの体力不足。
できることの少なさ。
それら全部を押し切って、まずは“続ける”ことを形にしなければならなかった。
だが、半年も積めば話は変わる。
まず、朝が変わった。
起きる。
整える。
歩く。
礼をする。
軽く身体を起こす。
この流れが、もう特別なことではなくなった。
侍女たちも「お嬢様は朝に少し身体を動かされるもの」と理解し、必要以上に慌てなくなった。
グレゴールに至っては、私が何も言わなくても庭の一角を整え、季節に合わせて滑りやすい場所まで確認してくれるようになっていた。
優秀である。
歩法は、この頃には目に見えて変わった。
以前は“気をつけて歩く”だった。
今は“崩れにくく歩ける”になっている。
足を置きにいかない。
重心を急がせない。
急いでいても肩から先に走らない。
その変化に最初に気づいたのは、マルグリット夫人だった。
「ルクレツィア様。最近は廊下でお見かけしても、前ほど“頑張って整えている”感じが薄くなりましたね」
それは、かなり嬉しい言葉だった。
礼も同じだった。
最初の頃の礼は、正確ではあっても少し作っていた。
今は、始まりと終わりを整える動作として身体へ入り始めていた。
礼を雑にすると、そのあとの動きも雑になる。
逆に礼で一度静まると、舞踏も会話も姿勢も少し安定する。
それが分かる頃には、私は礼を“令嬢として当然の所作”であると同時に、“自分を崩さず始めるための合図”として扱うようになっていた。
舞踏もかなり進んだ。
母と兄を相手に続けていた基礎は、六歳になる頃には明らかに違って見えたらしい。
「ルゥ。あなた、ようやく相手の流れを見てから合わせられるようになってきたわね」
母はそう言った。
それは事実だった。
最初の頃は、自分が崩れないことに必死だった。
兄の手の圧に引っ張られないこと、母の滑らかな導きについていくこと、それだけで精一杯だった。
だが、この頃には違った。
肩の向き。
一歩目の入り。
手の圧の変化。
相手が次へ行きたいのか、少し待ちたいのか。
そういうものを、感じてから動ける瞬間が増えていた。
兄も、ある日さらりと言った。
「前は少し油断すると連れていかれていたが、最近はちゃんと一緒に動いている感じだな」
悪くない評価である。
しかもこの時期、舞踏から得た学びはかなり大きかった。
急がないこと。
相手を引っ張りすぎないこと。
自分が崩れないだけでなく、相手を不安にさせないこと。
それらは全部、会話にも礼儀作法にも、そして鍛錬そのものにも繋がった。
オズヴァルトの基礎鍛錬も、半年でかなり進んだ。
最初の頃は、五本、十本と続ければどこかが雑になった。
待ちきれない。
肩が先に出る。
打ったあとが流れる。
だが六歳の春を過ぎる頃には、二十本、三十本と続けても大崩れしにくくなっていた。
それを最初にはっきり認めたのは、オズヴァルト本人だった。
「お嬢様。ようやく“たまたま綺麗にできた”ではなく、“基礎が少しずつ身体へ入ってきた”段階ですな」
私はその言葉を、かなり重く受け取った。
前世でもそうだった。
一回だけ上手くいくのは珍しくない。
だが、それが普段の形へ近づいてくると、ようやく本当に積み上がり始めたと言える。
待つ練習も、この頃には明確に成果が出ていた。
打てるのに打たない。
動けるのに飛びつかない。
次へ出られる形のまま、まだ出ない。
その感覚が少しずつ入ってきたせいで、私の打ち込みは前より静かになった。
勢いで始まらない。
必要な時だけ入る。
オズヴァルトは言った。
「前は“取りたい打ち”でしたが、最近は少し“見てからの打ち”になってきました」
かなり良い。
非常に良い。
もちろん、力がついたわけではない。
六歳の子供である。
できることには限りがある。
だが、“どう始まるか”と“どう終わるか”の質は確実に変わっていた。
そして、この半年でいちばん大きかったのは、周囲の反応が変わったことだった。
父はもう、「すぐ飽きるだろう」とは言わなくなっていた。
ある日の夕食後、父が私を見て低く言った。
「ルクレツィア、お前は本当に続けるのだな」
「ええ」
「最初は熱の勢いかと思ったが、違ったらしい」
「違いましたわ」
「……そうらしい」
父はそこで少し黙り、続けた。
「ならば、続ける者として見なければならん」
それは短い言葉だったが、重かった。
兄の見方も変わっていた。
前は“面白い妹”を見る顔だった。
今はそこへ、少しだけ“積み上がっているものを観察する兄”の顔が混ざるようになっていた。
「お前、最近はもう“変なことをしている幼女”ではないな」
「では何かしら」
「困るほど本気の幼女だ」
微妙だが、悪くはない。
母はもっとはっきりしていた。
「ルゥ。あなた、ようやく“頑張っている子”から“積んでいる子”へ変わってきたわね」
その言い方は、とても好きだった。
頑張るだけでは足りない。
積んでこそ意味がある。
まったくその通りである。
使用人たちの目も変わった。
以前は、私が庭へ出るたびに“また何か始まった”という空気があった。
今は違う。
礼をすれば、礼が返る。
朝に身体を動かしていても、過剰に慌てない。
侍女たちも、私の衣服について「動きやすさ」を少し考えてくれるようになった。
つまり、私の習慣が屋敷の中で前提化し始めたのだ。
継続とは恐ろしい。
奇行であっても、続けば性質になる。
性質になれば前提になる。
前提になれば、周囲が合わせ始める。
そこまで来れば強い。
ただし、課題がなくなったわけではなかった。
むしろ、次の壁ははっきりしていた。
六歳半の時点での私は、基礎を積み、流れを作り、見せてもよい形の入口へ立った。
だが、まだ“乱されると崩れる”。
少し待ちが長い。
声が入る。
相手が強く来る。
そういう揺れがあると、まだ一本の流れが浅くなる。
オズヴァルトはそこで次の課題を示した。
「これからは、整った条件でできるだけでは足りません」
「乱されても崩れない、ですのね」
「ええ。ようやく、そこへ入ります」
母も別の日に言った。
「舞踏でも同じよ。相手が上手い時だけ綺麗なのは半分なの。少し間が悪くても、少し圧が強くても、自分を保ててこそ一人前」
兄は笑った。
「要するに、まだまだということだな」
「ええ。まだまだですわ」
だが、それは悪くなかった。
まだまだ進めるということだ。
六歳半で終わっては困る。
私は十五歳まで積み上げるつもりなのだから。
その夜、記録帳には半年分のまとめが書き込まれた。
歩法は自然さが増した。
礼は整える動作として身体へ入り始めた。
舞踏は相手を見てから合わせる余裕が出た。
打ち込みは待ってから入る形が少しずつ安定した。
周囲は、私を“気まぐれ”ではなく“続ける者”として見始めた。
そして最後に、私はこう書いた。
六歳になる頃には、もう誰も「すぐ飽きる」とは言わなくなっていた。
それだけでも、この半年は十分に勝ちである。
かなり良いまとめだ。
私は羽根ペンを置き、静かに息を吐いた。
よろしい。
次は七歳。
乱されても崩れない形を作る年だ。
そしてその先で、私はもっと強くなる。
――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、五歳後半から六歳半までの半年強で“続ける者”として屋敷の中に認識されるようになり、いよいよ本格的に、乱されても崩れない強さへと進み始めるのだった。




