表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/106

第24話 気づけば、皆さまの反応が少しずつ変わっておりましたわ

 春の終わりから初夏にかけての数か月で、私の生活は完全に形になっていた。


 朝は日の出とともに起きる。

 歩法の確認。

 礼。

 軽い柔軟。

 呼吸の整理。

 そのあと朝食。


 午前は勉学と礼儀作法。

 昼を挟んで舞踏。

 午後はオズヴァルトによる基礎鍛錬。

 夜は湯浴みと記録帳。


 最初の頃は、一つひとつが“やっているつもり”で終わることも多かった。

 立っているつもりでも軸が流れる。

 待っているつもりでも肩が先に喋る。

 整えているつもりでも、言葉や動きが少し急ぐ。


 だが、数か月も積めば変わる。


 少なくとも、変わらない方がおかしい。


 まず、歩き方が変わった。


 以前の私は、令嬢としては問題なくとも、鍛錬の視点から見れば少し置きにいく歩き方をしていた。

 今は違う。

 重心が先に流れ、その結果として足がついてくる。

 裾さばきも乱れにくく、廊下を歩くだけで「前より静かになった」とマルグリット夫人に言われた。


 礼も変わった。


 見た目を整えるだけでなく、始まりと終わりを締める動作になった。

 礼を雑にすると、そのあとの動きも雑になる。

 逆に礼で一度整えると、舞踏も会話も呼吸が安定する。


 舞踏はさらに分かりやすかった。


 最初はただ必死についていくだけだったが、最近は母から

「ようやく相手に引きずられなくなってきたわね」

と言われるまでになった。


 兄と組んでも、以前ほど先に持っていかれない。

 手の圧。

 肩の流れ。

 一歩目の間。

 そういうものを感じて、自分の軸を残したまま合わせられる瞬間が増えてきた。


 そして、オズヴァルトの基礎鍛錬はもっとはっきり成果が出ていた。


 棒を振るだけなら、前からそれなりにできた。

 だが今は違う。


 礼で整える。

 構えで急がない。

 待てる。

 必要な時だけ入る。

 打ったあとを崩さない。


 地味だ。

 だが、その地味な部分が明らかに変わった。


 最初の頃は、十本も打てばどこかが雑になった。

 肩が先に出る。

 待ちきれず早く入る。

 止めで流れる。


 今は二十本、三十本と続けても、大崩れは減った。

 もちろん完璧ではない。

 だが、“できた時だけできる”ではなく、“だんだん普段からそうなる”へ近づいている。


 これが大きい。


 前世でも、強くなる時とはそういうものだった。

 一瞬の成功ではない。

 再現できる回数が増え、崩れるまでの時間が伸び、崩れても戻れる速度が上がる。

 そうやって人は少しずつ強くなる。


 だから私は、この数か月の進みをかなり良いものだと判断していた。


 そして、その変化はどうやら私だけの感覚ではなかったらしい。


 ある日の午後、いつものようにオズヴァルトの前で礼から打ち込みへ入った時のことだ。


 一礼。

 構え。

 呼吸。

 待つ。

 入る。

 打つ。

 止める。

 戻る。


 数本続けたところで、オズヴァルトが棒を下ろした。


「……お嬢様」


「何かしら」


「最近、自分で分かっておられますか」


「何がですの?」


「最初の頃と比べて、“先走る失敗”がだいぶ減りました」


 私は小さく瞬きをした。


「本当ですの?」


「ええ。前は、見えるとすぐ取りたがった。今は見えても一度置ける」


 それは、かなり嬉しい言葉だった。


「待てるようになった、と」


「そうです。それから、打ち終わりが前より静かです」


 オズヴァルトは、珍しく少しだけ満足そうだった。


「ようやく基礎が基礎として身体へ入り始めておりますな」


 よろしい。


 それはかなり大きい評価だ。


 私は素直に頷いた。


「ありがとうございます」


「ただし」


 来た。


「ここで自分を“できる側”に置くと、また雑になります」


「分かっておりますわ」


「本当に?」


「少なくとも、分かった気になった時が一番危ないのは知っておりますの」


 オズヴァルトは少しだけ笑った。


「なら結構」


 そのやり取りを少し離れたところで見ていたグレゴールが、静かに口を開く。


「お嬢様」


「何かしら」


「最近は、廊下を歩いていても使用人が二度見しなくなりました」


「まあ」


「以前は“また何かをなさっている”という目で見られておりましたが、今は“いつものお嬢様”として見ているようです」


 それはつまり、私の奇行が習慣になったということだ。


 よろしい。

 非常によろしい。


 だがグレゴールは続けた。


「ただし、ときどき若い使用人が、お嬢様の礼や歩き方を真似しようとしているのを見かけます」


 私は黙った。

 オズヴァルトも黙った。

 そして数秒後、兄の笑い声が庭の端から飛んできた。


「ははっ。やはりそうなったか」


 いつの間にいたのか、兄が木陰にもたれてこちらを見ていた。

 本当に最近の兄は自然に混ざる。


「お兄様」


「いや、だってそうだろう。毎日同じようにやっていれば、見ている側も“あれがちゃんとしている形なのか”と思い始める」


 なるほど。


 それは少し考えていなかった。

 だが、たしかにそうかもしれない。


 継続とは怖い。

 続いているだけで、それは“その場の基準らしきもの”になり始めることがある。


「ですから、お嬢様」


 オズヴァルトが言う。


「これからは、変な癖を自分に許すと周りにも移ります」


 私は少しだけ背筋を伸ばした。


 それは重い。

 だが、理解できる。


 前世でも、上の者や目立つ者の癖は、良くも悪くも周囲へ移った。

 きれいな準備をする人間の周りでは、準備が雑な者は目立つ。

 逆もまた然りだ。


「責任が増えましたわね」


「やっと気づきましたか」


 兄が笑う。


「お前は最近、自分一人で鍛えている顔をしているが、見ている人間がもういるんだよ」


 心外だが、それも事実かもしれない。


 私は少し考え、それから静かに頷いた。


「でしたら、なおさら雑にはなれませんわ」


「ええ。その通りです」


 オズヴァルトの返答は短かったが、はっきりしていた。


 そのあと、私はいつもより少しだけ丁寧に礼をした。

 見せつけるためではない。

 ただ、自分の中で一つ意識が変わったからだ。


 基礎が入ってきた。

 待てるようになってきた。

 それは良い。


 だが同時に、今の私はもう“ただ変なことをしている幼女”ではなくなりつつある。

 困惑されながらも、見られている。

 たぶん少しずつ、基準の一部になり始めている。


 ならば、整え方にも責任が出る。


 悪くない。


 むしろ、そういう重さは嫌いではない。


 その日の夜、記録帳には少し長めのまとめが書き込まれた。


 歩法は自然さが増した。

 礼は整える動作として安定してきた。

 舞踏では引きずられにくくなった。

 打ち込みは先走る失敗が減った。

 そして、継続した所作は周囲の基準になり始めることがある。


 最後に私は、少しだけ考えてこう書いた。


 続ける者は、自分を鍛えるだけでなく、知らぬうちに周囲へ形を見せている。


 かなり良いまとめである。


 私は羽根ペンを置き、小さく息を吐いた。


 間延びせず、きちんと進んだ。

 それがはっきり分かる数か月だった。


 よろしい。


 この先も、ただ気づくだけではなく、進みを見せていけばよいのだ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、数か月の積み重ねによってようやく“基礎が身体へ入り始めた段階”へ到達し、自分の修行が周囲にまで影響を与え始めていることを知るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ