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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第23話 お兄様、その返しは半歩だけ早いですわ

 父の執務室で“見えてもすぐ使わない強さ”を学んだ翌日、私は朝から少しだけ落ち着いていた。


 いや、正確には違う。

 静かに興奮していた。


 見えること。

 待てること。

 持っておけること。


 ここ数日で増えた学びは、どれも派手ではない。

 だが、どれも明らかに深い。

 こういうものが積み上がる時、人は少しだけ世界の見え方が変わる。


 前世でもそうだった。

 力や速さが伸びる時より、見えるものの質が変わる時の方が、あとで大きく効くことが多い。


 だから今の私は、かなり良い時期にいる。


 その日の午後、私は小応接室に呼ばれていた。


 母が、昨日の話を受けて少しだけ“会話の間”を見る練習をしてみましょう、と言い出したのである。


 素晴らしい。


 さすがお母様。

 学びを次へ繋げるのが早い。


 部屋へ入ると、すでに母と兄がいた。

 机には茶器が軽く整えられ、菓子も少しだけ用意されている。

 だが本格的なお茶会というほどではない。

 あくまで練習用の場だ。


「参りましたわ」


 私が一礼すると、母が頷く。


「ええ。今日は難しいことはしないわ」


「本当かしら」


「その疑い方は少し失礼ね」


 母はそう言ったが、目が少し楽しそうなので信用しきれない。


 兄が椅子にもたれながら言った。


「今日は何をするんだ」


「会話の間を見る練習よ」


 母が答える。


「特に、“返す速さ”と“返さない間”の違いを、少し意識させたいの」


 なるほど。


 かなり良い。

 これは使える。


 兄は少しだけ眉を上げた。


「会話にも速さがあるのか」


「あるわよ」


 母は当然のように言う。


「早ければよいとは限らないし、遅ければ慎重とも限らない。場に合った間があるの」


 私は静かに頷いた。


 それはたしかにそうだ。

 前のお茶会でも、問いが上手い人は返しの速度が絶妙だった。

 早すぎて食い気味にもならず、遅すぎて場を止めもしない。

 あの感覚は、意識して学ぶ価値がある。


「では始めましょう」


 母が席へ着くよう促す。


 私と兄が向かい合うように座り、母は少し斜めから全体を見る位置に座った。


「今日は簡単よ。わたくしが話題を出すから、二人は普通に会話をする。ただしルゥは“間”を見ること。アルフレートは少しだけ自然に振る舞いなさい」


「自然に、ね」


 兄が笑う。


「それは一番難しい注文じゃないか」


「あなたの場合はそうかもしれないわね」


 母の返しが少しだけ鋭い。

 私は内心で少し頷いた。


 良い返しだ。


「では」


 母が穏やかな声で言った。


「最近、庭の花がよく咲いているでしょう。どれがお好き?」


 軽い話題だ。

 入りとしてちょうどいい。


「白い花が好きですわ」


 私が答えると、兄がすぐに言った。


「ルクレツィアは白が好きそうだな。妙に静かな色だから」


 少しだけ早い。


 私はそう思いながら兄を見た。


 悪くない返しだ。

 だが、今のは“私の答えを受けた”というより、“待っていた返しをすぐ出した”感じが少しある。


 母は何も言わず、次を待っている。


 私は兄へ向けて言った。


「お兄様、その返しは半歩だけ早いですわ」


 兄が止まった。


「……何だと」


「悪くはありませんの。でも、今のはわたくしの答えを受け取ってから広げたというより、先に用意していた印象が少しだけ出ましたわ」


 母が扇を持たずに、静かに笑った。


「ええ。良いわね」


 兄が目を細める。


「それが分かるのか」


「少しだけ」


「どこで」


「わたくしが言い終わる前から、目がもう返しの形になっておりましたもの」


 兄が数秒黙った。

 それから小さく息を吐く。


「……最近のお前は、本当にそういうところを拾うな」


「必要ですもの」


 母がそこで言った。


「ルゥの言う通りよ。今のは悪くないけれど、少しだけ“待ち構えていた返し”だったわ」


 兄が肩をすくめる。


「そういうつもりはなかったんだが」


「なくても出るのよ」


 母の言葉は穏やかだが、かなり本質的だ。


 なくても出る。

 それはまさに、ここ最近私が見てきたものだった。


 肩。

 呼吸。

 笑いの間。

 書類の置き方。

 全部そうだ。

 自覚より先に出る。


「では続けましょう」


 母が言う。


「今度はアルフレート、少し待ってから返してごらんなさい」


「分かった」


 再開。


 今度の話題は、最近読んだ本のことだった。

 母が私へ問い、私が答える。

 それを受けて兄が返す。


 今度は、ちゃんと一拍ある。


「それは意外だな」


 先ほどより自然だ。

 待った分だけ、返しがこちらの答えに乗っている。


「今の方が良いですわね」


 私が言うと、兄が苦笑した。


「完全に見られているな」


「ええ」


「怖いな」


「お兄様はすぐそう仰いますわね」


「実際そうだから仕方ない」


 そのあとも練習は続いた。


 母が話題を置く。

 私が返す。

 兄が受ける。

 あるいは逆もする。


 そうしていると、私自身の返しにも癖があることが見えてきた。


 私は少し考えてから喋ることが多い。

 それ自体は悪くない。

 だが、ときどき“整えすぎる”のだ。

 答えを綺麗にしようとして、一拍が少し長くなることがある。


 母はすぐにそこを指摘した。


「ルゥ、今のは少し整えすぎね」


「やはり」


「ええ。丁寧だけれど、少しだけ“準備しました”感が出るわ」


 なるほど。


 それも分かる。

 私は最近、言葉を場へ合わせようとしすぎるところがあるのだろう。


 兄がそこで、珍しく真面目に言った。


「たしかに、今のは少し綺麗すぎたな」


 私はそちらを見る。


「綺麗すぎる、ですの?」


「悪くはない。だが、相手によっては少し距離を感じるかもしれない」


 それはかなり有益な指摘だった。


 整っていれば良いわけではない。

 自然であることが大事なのだ。

 小剣の持ち方と同じである。


「ありがとうございます、お兄様」


「最近、お前に礼を言われると少し身構えるな」


「失礼ですわね」


「でも本心だ」


 母がくすくす笑った。


「良いわね、そのやり取り。今のは自然だったわよ」


 私は少しだけ気が抜けそうになったが、そこで気づく。


 今の母の一言も、場を和らげるための入り方だ。

 批評だけを重ねると空気が固くなる。

 だから途中で、自然なやり取りを“良い”と拾って流れを戻したのだ。


 やはりすごい。


「ルゥ、また顔が真面目になっているわ」


 母が言う。


「今は分析より、会話へ戻りなさい」


「はい」


 私は呼吸を置いた。


 そうだ。

 全部拾おうとすると固くなる。

 今日は練習だが、練習だからこそ“自然に戻る”ことも必要だ。


 そのあと少しだけ、私は分析を控えた。

 ただ会話をする。

 話を受ける。

 返す。

 無理に綺麗にしすぎない。

 兄の軽口も、真正面から切り返しすぎず、少し余白を残す。


 すると、母が最後に言った。


「うん。今の後半はかなり良かったわ」


 私は小さく息を吐いた。


「本当ですの?」


「ええ。前半は“見よう、整えよう”が強かったけれど、後半はちゃんと会話になっていたもの」


 兄も頷く。


「たしかに。後半の方が話しやすかった」


 それは大きい。


 話しやすかった。

 つまり、相手に負荷をかけすぎていなかったということだろう。


「ルクレツィア」


 母が静かに言う。


「見ることと、会話することは別ではないけれど、同時にやろうとしすぎると固くなるの。慣れるまでは“少し見る”“少し返す”くらいで十分よ」


 私は頷いた。


「はい」


「そして、返しが半歩早い人には、少し待って返してもらえばいい。整えすぎる自分には、少し崩して返せばいい。そうやって場に合わせていくのよ」


 かなり良い学びだった。


 私はこの感覚を忘れないように、頭の中で何度も反復した。


 その夜、記録帳には新しい頁が加わった。


 返しが早いと、待ち構えていた印象が出る。

 整えすぎると、準備した印象が出る。

 自然な会話は、半歩ずつ相手へ寄ること。

 見ることと返すことは、同時にやりすぎると固くなる。


 最後に私は、一行だけ少しだけ大きく書いた。


 良い間とは、早すぎず遅すぎず、相手の言葉をちゃんと受けてから返すこと。


 かなり使える。


 私は羽根ペンを置き、静かに頷いた。


 よろしい。

 今日もまた一つ、断罪対策が洗練された。


 剣の間。

 舞踏の間。

 お茶会の間。

 会話の間。


 全部、似ている。

 全部、繋がる。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついに“会話の返しの半歩”にまで意識を向け始め、断罪対策をますます優雅で厄介なものへと進めていくのだった。

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