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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第14話 抜くより先に、収め方を覚えるべきですわね

 護身用小剣の調整が決まってから数日後、私は少しばかり落ち着かない日々を過ごしていた。


 理由は言うまでもない。


 小剣が届くからである。


 もちろん、焦っても仕方ない。

 職人の仕事には時間が要る。

 急がせて雑になるくらいなら、待った方がよい。

 それは前世でもよく知っていた。


 だが、理解していることと楽しみであることは両立する。


 つまり私は、落ち着いてはいるが楽しみだった。


 そしてその日、午後の早い時間にグレゴールが部屋を訪れた。


「お嬢様」


「何かしら」


「リヒャルト殿がお持ちになりました」


 来た。


 私は立ち上がりかけて、すぐに座り直した。


 落ち着きなさい。

 そういうところだぞ、ルクレツィア。


「……応接室かしら」


「はい。旦那様もいらしております」


「分かりましたわ」


 私は深く息を整え、裾を正し、いつも通りの足取りで部屋を出た。

 いつも通りである。

 少なくとも見た目は。


 応接室へ入ると、父、兄、そして職人リヒャルトがいた。

 机の上には、前と同じように布に包まれた細長いものが一つ。


 父は私を見るなり、先に釘を刺した。


「言っておくが、今日は確認だけだ」


「承知しておりますわ」


「本当か?」


「本当ですわ」


 兄が横で笑いを堪えている。

 感じが悪い。


 リヒャルトは一礼すると、机の上の布をゆっくり取った。


 現れたのは、調整後の小剣だった。


 前回選んだ三本目を基準にしているが、微妙に違う。

 柄の収まり。

 鞘の厚み。

 鍔周りの意匠の抑え方。

 装飾は相変わらず控えめだが、前より明らかに“持つこと”が考えられている。


 良い。


 かなり良い。


「ご希望通り、令嬢用の品位は保ちつつ、握りはやや余裕を持たせました」


 リヒャルトが説明する。


「また、抜きやすさだけでなく、収まりの滑りも少し整えております」


 収まり。


 その言葉に私はすぐ反応した。


「まあ。そこまで」


「抜き差しの所作まで気にされるとのことでしたので」


 優秀である。


 私は父を見る。

 父は、どうしてそんなところまで話が進んでいるのか理解しきれない顔をしていた。


「持ってもよろしくて?」


 私が問うと、父が渋々頷いた。


「慎重にだぞ」


「もちろんですわ」


 私は両手でそれを受け取った。


 前回より、明らかに馴染む。


 軽すぎない。

 だが重すぎない。

 令嬢用として逸脱していない範囲で、持った時の芯がある。


 私はまず柄を確かめ、そのあと鞘ごと両手で支えた。


 ここで焦って抜くのは三流である。


 まず見るべきは収まりだ。

 持った時の位置。

 手首との角度。

 抜く前に、どう収めるのが自然か。


 私はそこで、小さく呟いた。


「……抜くより先に、収め方を覚えるべきですわね」


 父が顔を覆った。


「始まったな」


 兄が吹き出す。

 リヒャルトはむしろ感心したようだった。


「ご令嬢様は、そこから入られますか」


「当然ですわ」


 私は真顔で言った。


「抜けても、収まりが雑なら次に繋がりませんもの」


 前世でもそうだった。

 始まりだけでは駄目だ。

 終わりまで含めて一つの動作である。

 それは礼も、打ちも、舞踏も同じだった。


 ならば小剣も同じだろう。


「ルクレツィア」


 父が疲れた声で言う。


「それは護身用だ。実戦用の訓練具ではない」


「存じておりますわ」


「なのに、なぜそういう思考になる」


「持つ以上、雑に扱いたくないからですの」


 父は少し黙った。

 兄も笑いを止めた。


 私は続ける。


「令嬢として持つものだからこそ、形だけではなく自然に扱えた方が美しいではなくて?」


 その言い方は少し効いたらしい。

 父の眉がわずかに動く。


 品位。

 自然さ。

 美しさ。


 武張った言い方より、こちらの方が通りやすい。


 兄が小さく言った。


「最近、言い方を覚えたな」


「成長しておりますもの」


「そっちの成長は少し怖い」


 心外である。


 リヒャルトが一歩進み出た。


「では、ご令嬢様。抜くのではなく、まず持ち方と収め方だけご説明いたしましょうか」


 私は目を輝かせかけて、ぎりぎり抑えた。


「ぜひお願いいたしますわ」


「そこは抑えられるのだな」


 兄が呟いたが無視した。


 リヒャルトは私の手の位置を少し直した。

 柄へ添える角度。

 鞘を支える側の手。

 肘の無理のない位置。


「護身用小剣は、強く握り込めばよいというものではありません」


「はい」


「抜こうと焦ると、かえって乱れます。まず、持った時に不格好にならぬこと。収めた時に落ち着いて見えること。それだけでも十分価値があります」


 なるほど。


 やはりそうだ。

 これは“武器を持つ”より、“武器を不自然にしない”教育に近い。

 だが、その中にも使える学びはある。


 私は教わるままに角度を修正した。


 たしかに、さっきより自然だ。

 肘が張らない。

 手首が死なない。

 立ち姿も崩れにくい。


「今の方が良いですわね」


「ええ。持ち物は、持った人間の姿を壊してはなりません」


 良い言葉だ。


 私はそれを頭の中で反復した。


 持ち物は、持った人間の姿を壊してはならない。


 舞踏にも通じる。

 礼にも通じる。

 実に良い。


「次に、わずかに鞘から浮かせるだけやってみましょう」


 私は息を整えた。


 焦らない。

 見栄を張らない。

 まず、動作の始まりと終わりを崩さない。


 指を置く。

 軽く浮かせる。

 すぐ戻す。


 それだけだった。

 だが、十分だった。


 この小さな動作の中にも、乱れる要素はいくらでもある。

 肩が上がる。

 手首が固まる。

 視線が落ちる。

 重心が浮く。


 今の私は、それを少しずつ見分けられる。


「悪くありません」


 リヒャルトが言う。


「おおよそ初めてとは思えませんな」


 父が即座に眉を寄せた。


「それは困る評価だな」


 兄が横で吹き出す。


「職人にまで言われているぞ、ルクレツィア」


 私は少しだけ顎を引いた。


「前世から、こういう“始まりと終わり”は好きでしたの」


 しまった。


 少し出た。


 兄が横で口元を押さえた。

 父は聞かなかったふりをしている。

 もう慣れているのかもしれない。


 そのあと、私は数度だけ同じ動作を繰り返した。


 持つ。

 整える。

 浮かせる。

 戻す。

 収める。


 地味だ。

 だが、嫌いではない。

 むしろかなり好きだ。


 派手なことをせずに、ただ少しずつ自然さを上げていく。

 こういう積み上げは、たいてい後で効く。


 父がそこで言った。


「もう十分だろう」


 早い。


 いや、父からすればむしろかなり譲っている方だろう。

 私は素直に頷いた。


「はい」


「はい、なのか」


「本日は確認ですもの」


 父は少しだけ意外そうだった。


 兄が笑う。


「父上。そこは本当に理解してますよ、この子」


「理解しているからこそ怖い時があるんだ」


 それも分かる気はする。

 私は自分でも、最近少しずつ“通し方”を覚えてきた気がする。


 だが、それは悪いことではないはずだ。

 少なくとも私は真面目である。


 リヒャルトが最後に言った。


「ご令嬢様、この小剣は持つ方次第で見え方が変わります。どうか急がず、ご自身の所作に馴染ませてください」


「はい」


 私は小剣を丁寧に机へ戻した。


「大事にいたしますわ」


「ええ。それが一番です」


 応接室を出たあと、私はいつもより静かな足取りで廊下を歩いた。


 嬉しくないわけではない。

 かなり嬉しい。

 だが同時に、少しだけ気持ちが引き締まっていた。


 これはただのご褒美ではない。

 持つ以上、扱いが伴う。

 伴わせなければ意味がない。


 たとえ護身用でも。

 たとえ令嬢用でも。


 持ち方。

 収め方。

 姿を壊さないこと。

 始まりと終わりを雑にしないこと。


 全部、今までの学びと繋がる。


 私は部屋へ戻るなり記録帳を開いた。


 今日の項目は多い。


 持ち物は姿を壊してはならない。

 抜く前に収め方を覚える。

 軽さだけでは駄目。

 自然さと安定が要る。

 護身用であっても、扱いの美しさは備えの一部である。


 書きながら、私は小さく頷いた。


 よろしい。


 また一つ、積み上がった。


 大きな一歩ではない。

 だが確かに、昨日の私より前へ出ている。


 それで十分だ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついに“持ち物を自然に扱う技術”まで断罪対策へ組み込み、公爵令嬢としての装いすら静かな備えへ変えていくのだった。

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