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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第15話 その小剣、飾りの顔をしているくせに学びが多すぎますわ

 護身用小剣を初めて手にしてからというもの、私の頭の中には新しい項目が増えていた。


 持ち方。

 収め方。

 姿を壊さない角度。

 立ち姿との調和。

 抜こうとする前に乱れないこと。


 地味だ。

 だが、非常に地味で良い。


 派手に振り回せるわけではない。

 そもそも振り回してよいものでもない。

 あくまで令嬢として持つ護身具であり、見せびらかすためのものではない。


 だが、その制約があるからこそ、学びは濃い。


 前世でもそうだった。

 制限の多い練習ほど、雑な誤魔化しが利かなくなる。

 大きく動けない。

 力任せにごまかせない。

 そういう条件下で残るのは、結局のところ姿勢と重心と所作の質だ。


 つまり今の私は、かなり良い題材を得たことになる。


 その日の午後、私は自室で小剣を前にしていた。


 もちろん一人で好き勝手に扱っているわけではない。

 グレゴールが部屋の隅で控え、机の上には記録帳が開かれている。

 今日の目的は明確だ。


 護身用小剣を持った時、自分の姿勢と所作がどう変わるかを確認すること。


 振り回すな。

 勝手に持ち出すな。

 鍛錬用の棒と同じ扱いをするな。


 父の条件は覚えている。

 だからこそ、その範囲で最大限学ぶのだ。


「お嬢様」


 グレゴールが静かに言った。


「本日は何を確認なさいますか」


「持った時の立ち姿と、歩いた時の違和感ですわね」


「抜き差しではなく」


「今日はそこまでいたしませんの」


 私は小剣を鞘ごと両手で持ち上げた。


 この数日で、持った瞬間に力むことはだいぶ減った。

 柄を握る手。

 鞘を支える手。

 肘の位置。

 手首の角度。

 全部、少しずつ馴染んできている。


 良い傾向だ。


 私はその場で静かに姿勢を整えた。


 背筋。

 肩。

 顎。

 視線。


 そして、小剣を持つ。


 その瞬間、分かる。


 ほんの少しだが、重心の意識が変わる。

 軽いとはいえ、持ち物が一つ増えるだけで身体はそれに対応しようとする。

 意識しなければ、持った側の肩が先に喋る。

 手首が固まる。

 歩幅がわずかに不自然になる。


 つまり。


「……その小剣、飾りの顔をしているくせに学びが多すぎますわ」


 思わずそう呟いた。


 グレゴールがほんの少しだけ目を伏せる。

 たぶん笑っている。


「何か問題でもございますか」


「問題ではありませんの。むしろ素晴らしいですわ」


 私はそのままゆっくりと歩いた。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 やはり分かる。


 持っていない時より、わずかに右腕の意識が強くなる。

 それ自体は当然だ。

 問題は、それを上体全体へ波及させるかどうかである。


 私は立ち止まり、今度は逆に小剣を持たずに歩いた時を思い出した。

 比較する。

 差を見る。

 記録へ落とすためだ。


「お嬢様」


「何かしら」


「少しだけ、右肩が前へ出やすくなっておられます」


 私は顔を上げた。


「やはり?」


「はい。ごくわずかですが」


 優秀である。


 私だけの感覚で終わらない。

 外から見てもそうなら、確度が上がる。


「ありがとうございます、グレゴール」


「恐れ入ります」


 私は小剣を一度机へ置いた。

 そして、持たない状態で再び立ち、歩く。


 違う。

 やはり違う。


 小剣があると、無意識に“守る”方向へ意識が寄るせいか、持った側の肘が締まり、肩も少しだけ前へ入りやすい。

 それ自体は理解できる。

 だが、理解できるのと放置してよいのは別だ。


 私は深く息を吐いた。


「持ち物に姿を壊されてはなりませんわね」


「ええ」


 グレゴールが静かに応じる。


「以前、リヒャルト殿も似たことを仰っておられました」


「ええ。だからこそ、今の差を埋める必要がありますの」


 私は再び小剣を手に取った。


 今度は、持った瞬間から肩を落とすことを意識する。

 腕ではなく背で支える。

 肘を死なせない。

 柄に引っ張られず、こちらが静かに収める。


 そのまま一歩。

 さらに一歩。


 ……少しましだ。


「先ほどより自然です」


 グレゴールが言う。


「本当ですの?」


「はい。持ち物へ意識を取られすぎなくなっておられます」


 よろしい。


 やはり改善は可能だ。

 ならばあとは積むだけである。


 その時、部屋の扉が軽く叩かれた。


「ルクレツィア。入るぞ」


 兄である。


 私は反射的に小剣を収め直し、姿勢を整えた。

 扉が開き、兄が入ってくる。


「おや」


 兄は私と小剣を見て、すぐに状況を理解したらしい。


「今度はそっちか」


「そっちとは何ですの」


「棒だの舞踏だのの次は、小剣を相手に研究していたのだろう」


「研究ではありませんわ。確認ですの」


「そういう言い換えも最近上達したな」


 兄は苦笑しつつ近づいてきた。


 その視線が小剣に落ちる。


「どうだ。それ」


「かなり良いですわ」


「ほう」


「ただし、持つだけで姿に影響が出ますの。そこを無視すると雑になりますわね」


 兄が数秒黙った。

 そして、ああ、と小さく言う。


「なるほど。お前らしい視点だ」


「褒めておりますの?」


「一応は」


 それならよい。


 兄は私の周囲を半歩ほど回り込み、立ち姿を見た。

 観察者の目だ。


「たしかに、少し油断すると右が強く出るな」


「お兄様にも分かりますの?」


「これでも見ている側の経験はある」


 私は少しだけ顎を引いた。

 悪くない。

 グレゴールと兄の両方が同じことを言うなら、問題点はかなり明確だ。


「では、どう直すべきだと思われます?」


 私が問うと、兄は少しだけ考えた。


「持つ側を消そうとしすぎると不自然になる。たぶん、逆の手と背中で均す方がいい」


 背中。


 なるほど。

 前だけでなく、後ろで均す。


 それはかなり理にかなっている。


「試してもよろしいかしら」


「もちろんだ」


 私はもう一度小剣を持ち、今度は逆側の手をほんの少し意識しつつ、背中の中央を立てるようにした。


 右だけを抑えない。

 全体で均す。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


「今の方が良い」


 兄が言った。

 グレゴールも静かに頷く。


 よろしい。


「ありがとうございます、お兄様」


「礼を言われるほど大したことはしていない」


「使える助言は大事ですもの」


「その言い方、本当にぶれないな」


 兄は笑ったが、機嫌は悪くない。


 そのあと、私は兄にも少しだけ立ち位置を変えて見てもらった。

 正面から。

 斜めから。

 横から。


 すると、正面からは問題なく見えても、斜めからだとわずかな肩の入りが出ることが分かった。

 良い発見である。


「面白いですわね」


 私が言うと、兄が呆れたように肩をすくめる。


「お前は本当に何でも面白がる」


「違いが見えるのは面白いですもの」


「そしてすぐ記録するんだろう」


「当然ですわ」


 兄は机の上の記録帳へ目をやり、それから小さく笑った。


「もうそこまで分かっているのか、俺は」


「観察しておりますもの」


「妹に観察される人生とは思わなかった」


 それは私も少し思う。

 だが、家族とは案外そういうものかもしれない。


 兄が部屋を出たあと、私はすぐに記録帳へ向かった。


 今日の項目は明確だ。


 小剣を持つと、持った側の肩が先に喋りやすい。

 腕で持つと雑になる。

 背中と反対側で均す。

 正面だけでなく斜めからも崩れは見える。

 飾りに見えても、持ち物は身体へ影響する。


 書けば書くほど整理される。

 やはり良い。


 私は最後に小さく一行加えた。


 飾りに見えるものほど、自然に扱えるかで差が出る。


 これはかなり重要な気づきだ。

 社交にも通じる。

 舞踏にも通じる。

 そしてたぶん、断罪の場にも。


 何を持っていても、何を着ていても、姿を崩さず自然でいられること。

 それは強さの一部だ。


 私は羽根ペンを置き、小さく息を吐いた。


 今日もまた一つ、形になった。


 大きな勝利ではない。

 だが、積み上げとしては十分だ。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、護身用小剣からすら“持ち物に姿を支配されない技術”を学び取り、断罪対策をますます静かで執拗なものへ変えていくのだった。

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