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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第13話 お父様、それは護身用の小剣では足りないという意味ではなくて?

 春の気配が少しずつ濃くなってきた頃、私は日々の鍛錬に加えて、ひとつ新しい問題へ直面していた。


 身体が伸び始めたのである。


 もちろん、いきなり劇的に変わるわけではない。

 だが、毎日鍛錬し、毎日記録し、毎日自分の動きを見ていると、些細な変化は意外とよく分かる。


 足の運びが以前より少しだけ安定した。

 回転の時に軸がぶれにくくなった。

 棒を持つ手首の角度が少し自然になった。

 そして、子供の身体なりに、背と腰の連動が前より素直になってきた。


 よろしい。


 非常によろしい。


 成長とは、たいてい静かで地味なものだ。

 だからこそ、見逃さない者だけが、それを武器にできる。


 私はその日も朝の鍛錬を終え、屋敷の回廊を歩いていた。

 歩法の確認を兼ねているので、移動ですら無駄にはしない。


 前へ。

 静かに。

 肩を揺らさず。

 足を置きにいかず。


 すると前方から、父とグレゴールが歩いてくるのが見えた。


 父は何やら考え込んでおり、グレゴールはその横で控えめに言葉を添えている。

 仕事の話らしい。

 ならば邪魔をしない方がよいだろうと思ったのだが、父の方が先にこちらへ気づいた。


「ルクレツィア」


「お父様」


 私は一礼した。


 父は私の全身を一度見て、それからわずかに眉を寄せた。


「……少し背が伸びたか」


「そうかもしれませんわ」


「鍛錬の成果か、成長か」


「両方ではなくて?」


 父は小さく息を吐いた。

 否定はしないらしい。


「グレゴール」


「は」


「例のもの、準備は」


「すでに」


 例のもの。


 私は少しだけ警戒した。

 この家で“例のもの”と呼ばれる事柄のうち、私に関係するものはだいたい変な方向へ転がる可能性がある。


「何かしら」


 父は一瞬だけ言葉を選ぶように黙った。


 それから言う。


「お前にも、そろそろ護身用の小剣を持たせる話が出ている」


 私は目を見開いた。


 護身用の小剣。


 つまり、貴族令嬢としての外出時や社交の場で、形式的に身につけることのある小型の護身具である。

 実用品というよりは、立場上の備えと象徴性も兼ねたものだ。


 だが、私にとっては違う。


 剣である。


 たとえ小さくとも。

 たとえ形式的でも。

 剣は剣だ。


 私は一瞬だけ息を止めた。


「……本当ですの?」


「そんなに嬉しそうな顔をするな」


「いや、だって剣ですわ」


「だからそういう顔をするなと言っている」


 父は明らかにげんなりしていた。

 だが、私にはそれどころではない。


 護身用小剣。


 つまり、子供用の基礎のさらに先へ行ける可能性がある。

 もちろん、いきなり振り回すわけではない。

 用途も違う。

 だが、重さや長さの異なるものを持つだけで、学べることは増える。


 問題はそこで、父が続けた言葉だった。


「ただし、これはあくまで令嬢としての護身の話だ。本格的な武器を与えるわけではない」


 私は少し考えた。


 護身用。

 本格的ではない。

 つまり、刺突や牽制を前提にした軽く短いものだろう。

 装飾性もあるかもしれない。


 なるほど。


 だが、それならそれで確認が必要だ。


「お父様」


「何だ」


「それは護身用の小剣では足りないという意味ではなくて?」


 沈黙。


 グレゴールが、ほんのわずかに視線を伏せた。

 たぶん笑いを堪えている。

 父は完全に動きを止めた。


「……今、何と言った」


「ですから、護身用小剣だけでは将来的な備えとして少々心許ないのでは、と」


「その“将来的な備え”の中身が聞きたくない」


 父の反応は理解できる。

 だが、こちらも真剣である。


「失礼いたしました。言葉が足りませんでしたわ」


「足したところで不安しか増えない気がするが」


「令嬢としての護身の範囲は理解しておりますの」


 私はきちんと言った。


「ですが、形式として持つのと、実際に扱えるのとでは意味が違いますわ。せっかく持つのであれば、重さ、抜き方、収め方、体の向きくらいは知っておいた方が自然ではなくて?」


 父が黙る。


 グレゴールも黙る。


 私はさらに続けた。


「もちろん、今すぐどうこうではありませんの。けれど、装飾品として持つだけでは“備え”の意味が薄れますわ」


 言い終えたあと、私は少しだけ息を整えた。


 正論のはずだ。

 少なくとも、完全な無理筋ではない。


 父は額へ手を当てた。


「お前は本当に、備えという言葉が好きだな」


「好きというより、必要ですもの」


「その発想を普通の令嬢にも分けてやれ」


 おそらく分けても使いこなせる人は少ないだろう。

 だが、それを言うと余計に話がこじれるので黙っておく。


「とにかく」


 父が咳払いをした。


「今日は実物を見せるだけだ。持たせるかどうか、どの程度のものにするかは、そのあと決める」


「まあ」


 見せてくれるのか。


 それは大きい。

 実物を見れば、重さも長さも質感も分かる。

 そこから考えられる。


 私は自然と背筋を伸ばした。


「どちらで拝見できますの?」


「応接室だ。職人が来ている」


 職人。


 さらに良い。

 作る側の話も聞けるなら、なお良い。


 私は父と共に応接室へ向かった。

 グレゴールも同行する。


 部屋に入ると、そこには五十代ほどの男がいた。

 髭は短く整えられ、背筋は伸び、服装に派手さはないが道具袋だけが異様に手慣れている。


 そして机の上には、布に包まれた細長いものが三つ置かれていた。


 間違いない。


 小剣だ。


「閣下」


 職人が一礼する。


「こちらがご令嬢様で」


「ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンですわ」


「これはご丁寧に。リヒャルトと申します。家々の護身具や儀礼用の細剣を作っております」


 細剣。


 やはりそちら寄りか。


 リヒャルトは布を一つめくった。

 現れたのは、細く、美しく、装飾を控えた小剣だった。

 柄は上品で、無駄に華美ではない。

 長さは子供用としては十分だが、私の感覚ではまだ“戦う道具”というより“持つ道具”に近い。


 私は視線を落とし、全体を見た。


 重心はやや柄寄り。

 護身と携行性を優先しているのだろう。


「これはご令嬢向けの標準的なものです」


 リヒャルトが説明する。


「軽く、抜きやすく、手が小さくても扱いやすいよう調整しております」


「持ってもよろしくて?」


 私が問うと、父がすぐに言った。


「慎重にだぞ」


「もちろんですわ」


 私は小剣を両手で受け取った。


 軽い。


 思ったよりさらに軽い。


 悪くはない。

 だが、軽すぎる。


 少なくとも、今の私が“持っている感覚を学ぶ”には少し心もとない。

 手首の角度や抜き差しの練習には良いだろう。

 しかし、重さの扱いを覚えるには薄い。


 私は二本目を見た。

 こちらはやや装飾が多い。

 完全に社交向けだ。

 美しいが、私の用途ではない。


 三本目。

 これが一番良かった。


 装飾は少ない。

 長さもぎりぎり許容。

 柄の握りが少しだけ太く、重さの配分もまだましだ。


「それがお気に召しましたか」


 リヒャルトが言う。


「ええ。比較的、こちらの方が自然ですわ」


「自然?」


「はい。軽すぎると、逆に抜いた時の感覚が流れやすい気がいたしますの」


 職人の目が少しだけ変わった。


「ほう」


 父が嫌そうな顔をする。

 兄ならたぶんここで笑っていただろう。


「普通のご令嬢は、そのような見方はなさいません」


「そうかしら」


「少なくとも、重さの流れまで気にされる方は稀です」


 私は三本目を軽く持ち替えてみた。

 握り。

 柄頭。

 鞘との収まり。


 やはりこれだ。


「ただ」


 私は言った。


「わたくしには、あとほんの少しだけ柄が馴染みませんわね」


 リヒャルトが目を細める。


「どのように」


「今のわたくしの手には合いますの。ですが、少し成長したら指の収まりが中途半端になりそうですわ」


 父がこめかみを押さえた。


「なぜそこまで先の話をする」


「備えですわ」


「やめろ、その便利な言葉を万能鍵のように使うな」


 私は心外だったが、リヒャルトはむしろ面白そうにしていた。


「ご令嬢様は、ずいぶん明確ですな」


「使うのであれば、ある程度は理解して持ちたいですもの」


 その時、応接室の扉が開いた。


 兄である。


 やはり来た。


「やはり面白そうなことをしている」


「お兄様」


「護身用小剣の話だと聞いてな」


「聞きつけるのが早いですわね」


「お前絡みの“妙な本気”は家の中で回るのが早い」


 失礼だが、否定しづらい。


 兄は机の上の小剣を見て、私の手元を見た。


「もう選んでいるのか」


「比較検討中ですわ」


「顔つきが職人か兵のそれだぞ」


「公爵令嬢ですわ」


「そこが一番信じられない」


 兄は苦笑しつつ、私の持つ三本目をちらりと見た。


「それが一番気に入ったのか」


「ええ。今のところは」


「理由は」


「軽すぎず、ただの飾りすぎませんもの。けれど、まだ少しだけ甘いですわ」


 兄が黙る。

 リヒャルトが笑いを堪える。

 父は本格的に疲れた顔をしている。


「ルクレツィア」


 父が低く言う。


「言っておくが、これはあくまで公爵令嬢としての護身用だ。本気で武器を選ぶ顔をするな」


「しておりませんわ」


「している」


「比較しているだけですの」


「その比較の仕方がもう普通ではない」


 そう言われても困る。


 だが、ここで押しすぎると話が流れる。

 今必要なのは、最善を取ろうとして全部を失うことではなく、現実的に一歩進めることだ。


 私は小さく息を吐き、三本目を丁寧に机へ戻した。


「でしたら」


「何だ」


「まずはこれを基準に、今のわたくしに合う形へ少しだけ調整していただくのはどうかしら」


 父が目を細めた。


「具体的には」


「抜きやすさと収まりを優先しつつ、柄だけは少し余裕を持たせるのですわ。完全な飾りではなく、持った時に違和感が少ないものを」


 リヒャルトが頷いた。


「それなら可能です」


「……本当に?」


 父が半信半疑で問う。


「ええ。ご令嬢様は見た目より、手の感覚で選んでおられます。ならば、その感覚に沿った方が後で扱いやすい」


 父は兄を見た。

 兄は肩をすくめる。


「俺は悪くないと思う」


「お前はだいたいこいつに甘い」


「甘いというか、下手に逆らうと別の理屈を持ってくるだろう」


 その通りである。

 兄はよく分かっている。


 父は深くため息をついた。


「……分かった。装飾に寄りすぎず、だがあくまで令嬢用の範囲でだ」


「ありがとうございます、お父様」


「礼はまだ早い。条件がある」


 来た。


「実際に持つのは、作法と抜き差しの確認までだ。振り回すな。勝手に持ち出すな。鍛錬用の棒と同じ扱いをするな」


 私は一つずつ頭の中で整理した。


 振り回さない。

 当然だ。

 勝手に持ち出さない。

 当然だ。

 棒と同じ扱いをしない。

 ……用途が違うので当然だ。


 いける。


「承知いたしましたわ」


「本当に理解しているか?」


「しております」


 父は疑わしそうだったが、リヒャルトはすでに寸法の確認へ入っていた。


「ではご令嬢様、お手を」


 私は手を差し出した。

 指の長さ。

 握りの幅。

 手首とのバランス。


 職人の仕事を見るのは面白い。

 どこを見るかがはっきりしている人間の手は、やはり無駄がない。


「……面白いですわね」


 思わず呟くと、兄が横で言った。


「お前は本当に何でも面白がるな」


「使えるものは面白いですもの」


「それ、最近の口癖だろう」


「良い口癖ではなくて?」


 兄は返さず笑っただけだった。


 その日の夜、記録帳には新しい頁が加わった。


 護身用小剣について。

 軽すぎると感覚が流れる。

 飾りと実用の中間を取ること。

 用途に応じて扱いを分けること。

 持つだけでも学べることがあること。


 書き終えた私は、羽根ペンを置いて小さく息を吐いた。


 今日も一歩進んだ。


 いきなり剣を得たわけではない。

 戦えるようになったわけでもない。

 だが、持つ意味を理解し、自分に合う形を考え、条件つきとはいえ前へ進んだ。


 それで十分だ。


 派手ではない。

 だが、確実である。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついに“令嬢として持つ小剣”すら思考と備えの対象へ取り込み、断罪対策をまた一つだけ現実の形へ変えていくのだった。

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