幕間 エリザベートの家族も、どうやらルクレツィア様推しになってしまったようですわね
エリザベート・フォン・レインベルクの実家では、最近少々妙な現象が起きていた。
話題に出る回数が増えているのだ。
誰のか。
もちろん、ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンの、である。
最初は、婚約者の家の妹君。
それだけだった。
次に、公爵令嬢なのに騎士学校へ進み、準王国騎士団服を着ている方。
少し珍しい。
それでもまだ、その程度である。
だが、エリザベートが一度会い、二度会い、そのたびに少しずつ、しかしかなり熱量高く語るようになると、家族の受け止め方も変わっていった。
静かな食卓で、母が何気なく尋ねる。
「最近、ルクレツィア様とはその後いかが?」
この“何気なく”が、もう何気なくない。
エリザベートはそれを理解していた。
理解していたが、止める理由もない。
「相変わらず、とても素敵な方です」
そう答えると、向かいの姉がすぐに言う。
「またそのお顔」
「何かしら」
「その“とても素敵な方です”の時の顔、婚約者様の話をする時より少し熱があるのよ」
父が新聞越しに小さく咳払いした。
だが否定はしない。
エリザベートは少しだけ微笑む。
「事実ですもの」
母がやわらかく言う。
「この前のお友達とのお茶会でも、そのお話になったのでしょう?」
「ええ」
「どうだったの?」
かなり聞きたがっている。
これももう、かなり推しの入口である。
「最初は少し驚いておりました」
「ええ」
「ですが、やはり“かなり推せる”という理解に至りました」
姉が吹き出した。
「もう隠す気もないのね」
「隠す必要があります?」
「ないと思うわ」
姉は本気で頷いた。
「だって私も、かなり気になってきたもの」
よろしい。
一人はもう、かなりこちら側ですわね。
レインベルク家の母は、もともと人を見る目がある。
感情だけで騒ぐ方ではない。
だが、だからこそエリザベートの熱がただの一時のものではないことも見抜いていた。
「エリザベート」
「はい」
「あなた、あの方を珍しいから気に入っているわけではないのよね」
良い問いだった。
エリザベートはすぐに頷く。
「ええ。そこは最初から違います」
「では、何がそんなに良いの?」
父も新聞を少し下ろした。
姉も完全にこちらを見ている。
つまり、全員かなり聞く体勢だ。
エリザベートは少しだけ考え、それから静かに言葉を選んだ。
「本気でいらっしゃるのです」
「本気」
「ええ。公爵令嬢でありながら準王国騎士団服を着ている、という“珍しさ”ではありません」
「ええ」
「本当に騎士を目指して、その意味ごときちんと身体へ入れて立っていらっしゃるのです」
母が小さく頷く。
「それは、たしかに強いわね」
「ええ」
「でも、それだけでそこまで熱くなるかしら」
姉が聞く。
エリザベートは、そこで少しだけ笑った。
「それだけではありません」
来ましたわね。
姉の顔がそう言っていた。
「格好良いのです」
「ええ」
「真っ直ぐです」
「ええ」
「ご家族を大切にしておられます」
「ええ」
「それなのに」
エリザベートは、そこで少しだけ声をやわらかくした。
「好意には少し不器用でいらっしゃるのです」
食卓が、綺麗に止まった。
母が止まり。
姉が止まり。
父まで新聞を下ろした。
やがて姉が口を開く。
「……それは強いわね」
「かなり」
エリザベートは本気で頷いた。
「褒めると、ちゃんと受け取ってくださるのです」
「ええ」
「でも、その次の返しを少し丁寧に選ぼうとなさって、少しだけ困ってしまわれる」
「まあ……」
「しかも、嫌がってはおられません」
「ええ」
「むしろ少し嬉しそうで、でも困るのです」
母がとうとう口元を押さえた。
「それは……かなり可愛らしいわね」
父が低く言う。
「なるほどな」
その“なるほどな”は、かなり深い納得の色をしていた。
「以前、婚約の話をされた時の反応も、かなり乙女だったそうです」
エリザベートがそこまで足すと、姉は完全に顔を上げた。
「待って」
「何かしら」
「騎士を目指していて、準王国騎士団服が自然で、格好良くて、真っ直ぐで、その上かなり乙女で、好意には少し不器用なの?」
「はい」
姉はしばらく黙ったあと、深く頷いた。
「それはもう、推さない理由がないわね」
よろしい。
二人目ですわね。
しかも、かなり速度が速い。
父がそこで、新聞をたたみながら言う。
「会ってみたいものだな」
母と姉が同時にそちらを見た。
エリザベートも少しだけ目を瞬かせる。
父は咳払いをした。
「……いや、別に妙な意味ではない」
「かなり妙なタイミングでしたけれど」
姉がそう言うと、父は嫌そうな顔をした。
「ただ、そこまで言われると興味は湧く」
「ええ」
「しかも、公爵家の令嬢としても、騎士学校の三年としても、どちらの立ち方も出来るのだろう」
「はい」
「それでいて、不器用な部分もある」
「はい」
「なら、たしかに一度会ってみたい」
母が静かに微笑む。
「あなたまでそう思うのね」
「理屈は通っている」
それは父らしい言い方だった。
だが、その“理屈は通っている”が、かなり推しに近い位置まで来ていることを、この家族はみな理解した。
数日後、エリザベートは母と姉と一緒に改めて話す機会を得た。
今回は、もうルクレツィアの話題を避ける気は誰にもなかった。
母が尋ねる。
「ルクレツィア様は、お兄様のご結婚の件について、どう受け止めておられるの?」
エリザベートはそこで少しだけやわらかく笑った。
「とてもきちんと、です」
「きちんと?」
「ええ。驚いてはおられました。でも、最初にちゃんと“おめでとうございます”と仰ってくださいました」
「まあ」
「しかも、そのあとで“ちゃんとお好きで?”と」
母が深く頷く。
姉はうっとりしたような顔になる。
「その確認を真顔でするの、かなり良いわね」
「ええ」
エリザベートは本気で言った。
「かなり良かったです」
そこまで来ると、もはやルクレツィアの魅力は家族の中で共有財産になりつつあった。
姉が言う。
「ねえ、エリザベート」
「何かしら」
「ルクレツィア様って、褒めると困るのよね」
「ええ」
「じゃあ逆に、少し控えめに褒めた方が長く楽しめるのではなくて?」
かなり強い発想である。
エリザベートは少し考えた。
「それはあります」
「でしょう?」
「一度に強く行くと、少し固まってしまわれるので」
「なら、“一つずつ丁寧に”がいいわね」
「はい」
母がそこで、やわらかく、しかしかなり真面目に言った。
「つまり取扱いは、“大事に、少しずつ、きちんと”ということね」
「はい」
エリザベートは頷いた。
「まさにその通りです」
姉はそこで少し笑った。
「もう完全に推しの扱いじゃない」
「ええ」
エリザベートも笑う。
「そうです」
そして、ある日ついに、レインベルク家の母がぽつりと言った。
「今度、もし自然な形があれば、わたくしもお会いしてみたいわ」
エリザベートは、その瞬間かなり嬉しかった。
それを表に出しすぎないようにしながら、静かに頷く。
「ええ。きっと喜びます」
父も低く続ける。
「私もだ」
姉は当然のように言う。
「わたくしも」
……よろしい。
完全に増えましたわね。
こうして、エリザベートの家族もまた、じわじわとルクレツィア推しになっていった。
最初は、婚約者の家の妹。
次に、珍しい進路を取った公爵令嬢。
そこから、本気で騎士を目指す真っ直ぐな人。
さらに、かなり乙女で、好意には少し不器用で可愛らしい方。
情報が積み重なるごとに、推しとしての強度が増していく。
それはもはや、かなり避けがたい流れだった。
夜、自室で一人になったエリザベートは、少しだけ笑ってしまった。
友人たちだけではない。
とうとう実家の家族まで、かなりこちら側へ来ている。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェン。
やはり本当に強い。
推そうとして広めたのは自分だ。
だが、広めてみれば分かる。
あの方は、見れば分かる人にはちゃんと分かる。
しかも、分かったあとでかなり好きになる。
それが少し誇らしくて、かなり嬉しかった。
――こうしてエリザベートは、ルクレツィアの格好良さ、真っ直ぐさ、乙女らしさ、不器用な可愛らしさを実家の家族へも丁寧に伝えていった結果、母も姉も、ついには父までもが「それはかなり会ってみたい」「かなり推せる」と思うようになり、ルクレツィア推しの輪は静かに、しかし着実に広がっていくのだった。




