幕間 エリザベートは、ルクレツィア様の可愛らしさを実家と友人へ全力で共有し、静かに推し仲間を増やしていく
エリザベート・フォン・レインベルクは、もともと感情を大きく表へ出す方ではない。
嬉しい時も、悲しい時も、腹が立った時も、表面だけ見ればかなり静かだ。
だから周囲は時々勘違いする。
この人は、何事にもあまり強く動かされない人なのだろう、と。
だがそれは誤解である。
エリザベートは、動かされる時はかなり深く動かされる。
ただし、その熱を騒がしく撒かないだけだ。
そして今、彼女は静かに、しかし非常に深く動かされていた。
言うまでもない。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンに、である。
最初は婚約者の妹として気になった。
次に、公爵令嬢なのに準王国騎士団服を自然に着こなしていることに驚いた。
さらに話してみると、本気で騎士を目指しているのが分かった。
その上、筋が通っていて、真っ直ぐで、しかも好意に対して妙に不器用で可愛らしい。
ここまで揃うと、もう駄目だ。
推さずにはいられない。
エリザベートはそう判断した。
そして、一人で推すだけでは少し惜しいとも思った。
なぜなら、ルクレツィアの可愛らしさは、きちんと見れば分かるものだからだ。
つまり、共有すれば理解者は増える。
理解者が増えれば、推し仲間も増える。
これはもう、自然な流れである。
そんなわけで、エリザベートはまず実家でその話をした。
レインベルク家の居間。
父と母、そして年の近い姉がいる。
夕食後の穏やかな時間だった。
母が穏やかに尋ねる。
「ヴァルツェン公爵家はいかがでした?」
「とても丁寧に迎えてくださいました」
「そう」
「それに」
エリザベートはそこで、少しだけ口元を和らげた。
「ルクレツィア様が、本当に素敵な方でした」
母が一瞬だけ目を瞬かせる。
姉がすぐに笑う。
「また出たわね、そのお名前」
父も新聞から目を上げる。
「最近よく聞くな」
エリザベートは少しも否定しなかった。
「ええ。だって本当に素敵なのですもの」
姉が興味深そうに身を乗り出した。
「そんなに?」
「そんなに、です」
「どういう方なの?」
その問いを待っていた。
エリザベートは静かに、しかしかなり真剣に語り始めた。
「まず、公爵令嬢でいらっしゃるのに、準王国騎士団服を着ておられます」
「準王国騎士団服?」
母が少し驚く。
「ええ。騎士学校三年で、しかも仮出向まで済ませていらっしゃるのです」
父が低く言う。
「それは珍しいな」
「ええ。でも、珍しいから素敵なのではありません」
エリザベートはきっぱりと言った。
「本気だから素敵なのです」
居間が少し静まる。
姉が言う。
「本気?」
「はい。本当に騎士を目指していらっしゃるのです。服だけでも立場だけでもなく、意味ごと身体へ入っている立ち方をなさるのです」
そこまで言うと、姉の目が少し変わった。
母も、ただの珍しさの話ではないと分かったらしい。
「へえ……」
「それだけではありません」
エリザベートは続ける。
「真っ直ぐで、筋が通っていて、ご家族のことも大切にしていらして」
「ええ」
「なのに、褒めると少し困って固まってしまわれるのです」
沈黙。
父が止まる。
母が止まる。
姉だけが先に笑った。
「何それ、可愛い」
エリザベートはかなり真面目に頷いた。
「そうなのです」
母が少しだけ口元を押さえる。
「まあ……」
「しかも、“可愛いです”とか“素敵です”とか、真っ直ぐに申し上げると、きちんと受け取ってはくださるのですが、その次の返しを少し丁寧に選ぼうとして困ってしまわれるのです」
姉は完全に面白がり始めていた。
「ちょっと待って。それ、かなり可愛くない?」
「かなり可愛いです」
父が咳払いする。
「エリザベート」
「はい」
「お前、婚約者の妹をそこまで熱く語るものなのか」
その問いに、エリザベートは少しだけ考えた。
そして、とても静かに答える。
「語ってしまうくらい、魅力的な方なのです」
父は数秒黙った。
やがて、小さく息を吐く。
「そうか」
それ以上は言わなかった。
だが、それで十分だった。
母はやわらかく微笑んだ。
「それだけ気に入ったのね」
「はい」
「お兄様の婚約者として、だけではなく?」
「ええ。人として、かなり」
その答えに、母も姉も顔を見合わせた。
そして姉が、少し悪い笑みで言った。
「それ、わたくしも会ってみたくなってきたわ」
よろしい。
一人目、ですわね。
エリザベートは静かに、しかし内心かなり嬉しかった。
理解者が増えるのは良いことだ。
しかも、ちゃんと話を聞いて“それは可愛い”と分かってくれる相手ならなおさらである。
その数日後、今度は親しい友人たちとのお茶会があった。
相手は二人。
幼い頃から付き合いのある伯爵令嬢と侯爵令嬢。
どちらも気の置けない仲だ。
つまり、少し本音が出やすい。
話題は自然と結婚準備へ向かった。
「それで、ヴァルツェン公爵家はどうでしたの?」
「皆様、とても誠実でした」
「婚約者様は?」
「もちろん素敵な方です」
そこまでは穏当だった。
だが、友人たちはエリザベートをよく知っている。
彼女の声に、少し別の熱が混じるのを見逃さなかった。
伯爵令嬢が目を細める。
「でも、今の熱は婚約者様ではありませんわね」
鋭い。
かなり鋭い。
エリザベートは少しだけ微笑んだ。
「ええ」
「誰ですの?」
「妹君です」
友人二人が止まった。
「……妹君?」
「ええ」
「妹君?」
大事なことなので、二人とも聞き返した。
エリザベートは頷く。
「ルクレツィア様というのですが」
「聞いたことがある気がしますわ。騎士学校へ進まれた方?」
「そうです」
「まあ、本当なのね」
侯爵令嬢がそこで興味を持った。
「どんな方なの?」
エリザベートは待っていましたとばかりに、しかし表面上はかなり上品に語り出した。
「公爵令嬢として完璧に整っていらっしゃるのに、準王国騎士団服が驚くほど自然に似合う方です」
「へえ」
「しかも本気で騎士を目指していらっしゃいます」
「まあ」
「それなのに、ご家族にはとても真っ直ぐで」
「ええ」
「兄君のご結婚についても、きちんとお祝いを述べられた上で、“ちゃんとお好きで?”と確認なさるのです」
伯爵令嬢が思わず吹き出した。
「それはすごいわね」
「しかも」
エリザベートは少しだけ声を落とした。
「褒めると困って固まられるのです」
その瞬間、友人二人の顔が完全に変わった。
「何それ」
「可愛い」
よろしい。
伝わっておりますわね。
エリザベートはさらに畳みかける。
「ですが、嫌がってはおられません」
「ええ」
「ちゃんと受け取ってくださるのです。でも、次の返しを丁寧に選ぼうとして少し困ってしまわれる」
「まあ……」
「しかも、その困り方がとても真っ直ぐで、変に駆け引きがないのです」
侯爵令嬢が紅茶のカップを持ったまま言った。
「ちょっと待って。かなり良くない?」
「かなり良いのです」
エリザベートは本気だった。
「しかも、本気で騎士を目指していらっしゃる」
「ええ」
「格好良いのに、好意には少し不器用」
「ええ」
「それは……ずるいわね」
伯爵令嬢も強く頷いた。
「分かる。かなり推せる」
その言葉に、エリザベートは静かに満足した。
よろしい。
二人目と三人目、ですわね。
その後のお茶会は、半分くらいルクレツィアの話になった。
どんなふうに話すのか。
どんな顔で困るのか。
騎士学校ではどれほど本気なのか。
兄との関係はどうなのか。
可愛らしいのか格好良いのか、どちらが強いのか。
エリザベートは、一つずつ丁寧に答えた。
そして答えるたび、友人たちの目がきらきらしていく。
ああ。
分かってくださる方が増えるのは、かなり嬉しいですわね。
やがて侯爵令嬢が言った。
「会ってみたいわ」
伯爵令嬢もすぐに乗る。
「ええ。とても」
エリザベートは、そこで少しだけ現実的な顔になった。
「ですが、急に大勢で推してはいけません」
友人たちが目を瞬かせる。
「どうして?」
「ルクレツィア様、好意には少し不器用でいらっしゃるので」
伯爵令嬢がすぐ理解した。
「ああ、一度に来ると固まるタイプね」
「かなり」
エリザベートは頷いた。
「ですから、もしお会いすることがあっても、一人ずつ丁寧にお願いしたいのです」
侯爵令嬢が笑う。
「何その取扱説明」
「大事ですもの」
エリザベートは本気で答えた。
その真剣さに、二人の友人もまた納得したらしい。
「分かったわ」
「では、丁寧に推します」
よろしい。
かなりよろしい理解ですわね。
こうしてエリザベートは、実家でも友人たちの間でも、静かにしかし確実にルクレツィアの魅力を共有していった。
格好良い。
真っ直ぐ。
公爵令嬢なのに本気で騎士を目指している。
しかも、好意には少し不器用で可愛らしい。
この情報は強い。
かなり強い。
しかも、一度その魅力が伝わると、周囲もかなり高い確率で「それは推せる」となる。
つまり、ルクレツィアは思っている以上に“見つかる”素質があるのだ。
それをエリザベートは、少し誇らしくすら思った。
兄の妹だから、だけではない。
ルクレツィア・フォン・ヴァルツェンという人そのものが、もっと推されてよい。
もっと「分かる方」に見つかってよい。
ただし、いきなり大勢ではなく、丁寧に。
量を調整しながら。
そこが大事だ。
夜、自室へ戻ったエリザベートは、ふと一人で笑ってしまった。
ここまで来ると、自分はもう婚約者の妹を褒めているだけではない。
完全に推し仲間を増やしている。
けれど、それでいいと思った。
だって、本当に魅力的なのだから。
そして、分かってくれる人が少しずつ増えるのは、素直に嬉しい。
「……ルクレツィア様」
誰に聞かせるでもなく、その名を小さく口にする。
次に会った時、また少し困らせてしまうかもしれない。
だが、一人で推すより、分かる人が少し増えたことを知ったら、あの方はどんな顔をするだろう。
たぶん、少し固まる。
それから、かなり困る。
でも、嫌ではないはずだ。
そう思うと、エリザベートはまた少しだけ嬉しくなった。
――こうしてエリザベートは、ルクレツィアの可愛らしさと格好良さと真っ直ぐさを、実家の家族や親しい友人たちへ静かに、しかし熱量高く共有し始め、その結果「それはかなり推せる」という理解者たちを少しずつ増やしていくのだった。




