第98話
第98話
炎が荒れ狂っていた。グランヴェルの剣が振るわれるたび、赤い魔力が爆ぜる。斬撃はすでにただの剣ではない。炎そのものが刃となり、闘技場の空気を焼いていた。
轟音と共に炎の斬撃が石床を抉る。ルシアンはそれを紙一重で躱した。身体を傾け、半歩引き、流れるように間合いを外す。だがグランヴェルは止まらない。追撃の踏み込み。炎を纏った剣が再び振り下ろされる。ルシアンは剣を合わせた。刃同士がぶつかり、火花が散る。炎の魔力が重くのしかかる。
グランヴェルが笑う。
「どうした!」
炎がさらに膨れ上がる。
「まだだろう!」
横薙ぎ。突き。振り上げ。炎の剣が嵐のように叩き込まれる。闘技場の空気が熱で歪む。観戦しているヴァルクが腕を組んだ。
「……皇子、完全に本気だな」
女性護衛も小さく頷く。
「ええ。あそこまで魔力を出しているのは初めて見ます」
闘技場の中央では炎の嵐が続いていた。グランヴェルの剣が振り下ろされる。爆炎。石床が砕け、破片が弾ける。だが煙の向こうにルシアンの姿はない。
次の瞬間、風が動いた。ルシアンの足元で空気が渦を巻く。ふわりと身体が流れるように動き、グランヴェルの背後へ回り込む。グランヴェルが振り返る。その瞬間、空気が弾けた。
バチッ――青白い光が走る。雷。ルシアンの剣の周囲に細い稲妻が走り、空気が震えた。風が渦を巻き、銀髪が揺れる。闘技場の空気が一瞬で変わった。
エイルの瞳が細くなる。
「……これは」
ヴァルクも息を呑む。
「風と……雷……」
ルシアンは静かに剣を構えていた。周囲を巡る風。刃を走る雷。空気そのものが味方しているようだった。
グランヴェルは数秒黙っていた。そして、ゆっくりと笑う。
「はは……それだ」
炎が再び剣を包む。赤い瞳が輝く。
「それを待っていた」
炎が燃え上がる。風が吹き荒れる。雷が弾ける。闘技場の空気が震えた。
「来い!」
グランヴェルが踏み込む。爆発的な突進だった。炎の剣が振り下ろされる。だがルシアンも動いた。風が爆ぜる。身体が一瞬で加速する。雷が剣を走る。
刹那。
剣と剣がぶつかった。
轟音。炎と雷が衝突し、衝撃波が闘技場を揺らす。結界が激しく光り、空気が裂けた。だがそれで終わらない。剣が離れた瞬間、再び衝突する。金属音。火花。炎。雷。風。剣撃が連続する。踏み込み、斬撃、受け流し、反撃。闘技場の中央で激しい打ち合いが続く。
ヴァルクが呟く。
「……なんだあの速さ」
女性護衛も息を呑む。
「剣技が……別次元です」
グランヴェルが笑う。
「いい! 最高だ!」
炎の斬撃が叩き込まれる。だが次の瞬間、ルシアンの動きが変わった。風がさらに強くなる。踏み込みが速い。剣が鋭い。打ち合いの中で、ほんのわずかに差が生まれる。
グランヴェルの瞳が細くなる。
(……速い)
次の斬撃。受ける。だが押される。さらに押される。
その瞬間、雷が弾けた。
ルシアンの剣が滑る。刃の角度が変わる。グランヴェルの剣が弾かれる。
風が爆ぜた。
雷が走る。
そして――風雷の一撃が叩き込まれた。
衝撃。
グランヴェルの剣が空へ弾かれる。炎が散る。そのまま身体ごと後ろへ吹き飛んだ。石床を滑り、数メートル先で転がる。
闘技場が静まり返る。
ルシアンはゆっくり歩いた。剣を振る。その刃が、グランヴェルの喉元で止まる。
完全な静寂。
風が止まり、雷が消え、炎が消える。
グランヴェルは仰向けになっていた。数秒、ルシアンを見つめる。そして――笑った。
「……はは。負けだ」
大の字になり、完全に寝転ぶ。
「見事だ」
ルシアンは静かに剣を下ろした。
グランヴェルは笑いながら言う。
「気に入った。貴様は面白い」
赤い瞳がルシアンを見る。
「これからはグランでいい」
口元を歪める。
「そう呼ぶことを許してやる」
闘技場の空気は、ようやく静かになっていた。




