第99話
第99話
アーカディア学園の奥。一般の学生が立ち入ることのない静かな区画。石造りの部屋の中には、わずかな風の流れと、紙が擦れる音だけがあった。
窓辺に、二羽の黒い鴉が止まっている。その視線の先に――男がいた。
守護者の長、ヒューギル。
椅子に腰掛けたまま、ただ静かに座っている。だがその場の空気は張り詰めていた。
扉が開く。
エイルが入ってくる。
「終わりました」
短い報告。
ヒューギルは視線だけを向けた。
「見ていた」
それだけだった。
エイルは一歩進む。
「……あの少年ですが」
わずかに言葉を選ぶ。
「異質です」
はっきりと言った。
ヒューギルは何も言わない。ただ、窓辺の鴉が一度だけ羽を震わせた。
エイルが続ける。
「風と雷。属性としては珍しくありません。ですが――」
一瞬、間を置く。
「魔力の質そのものが違います」
ヒューギルの指が机を軽く叩いた。コツ、と小さな音が響く。
「だろうな」
短い肯定。
エイルは続ける。
「そしてもう一つ」
視線をわずかに下げる。
「魔力の制御です」
ヒューギルの視線がわずかに動く。
エイルは言った。
「あの年齢で、あれは異常です」
迷いのない言葉だった。
「あの出力で、あの精度。無駄が一切ありません。暴発も、乱れもない」
わずかに息を吐く。
「本来、あの規模の魔力は制御しきれるものではありません」
ヒューギルは鴉を見る。二羽の黒い影が、静かにこちらを見返していた。
「抑えているな」
静かな声だった。
エイルは顔を上げる。
「……やはり」
「ああ」
ヒューギルは続ける。
「溢れていないだけだ」
エイルの表情がわずかに変わる。
「……つまり」
言葉を飲み込む。
ヒューギルが言う。
「器に収めている。本来の量をな」
沈黙。
エイルはゆっくりと息を吐いた。
「……危険ですね」
ヒューギルは否定しない。
「可能性はある」
短く言う。
エイルが続ける。
「ですが、あの制御を見る限り――現時点で暴走するとは思えません」
ヒューギルは頷く。
「同意見だ」
そして、わずかに口元を歪めた。
「だからこそ面白い」
エイルは小さく苦笑する。
「そういう言い方をしますか」
ヒューギルは答えない。ただ視線を外に向ける。
「もう一人はどう見る」
グランヴェルのことだ。
エイルはすぐに答えた。
「優秀です。完成度が高い。すでに一つの型として完成しています」
ヒューギルも頷く。
「順当に伸びれば人族の大きな力になる」
端的な評価だった。
だがエイルは続ける。
「ただ、比較対象が悪いですね」
ヒューギルはわずかに笑う。
「当然だ」
短く言う。
再び静寂が落ちる。
風が部屋を抜ける。
ヒューギルは椅子に深く座り直した。
「しばらくは様子を見る。学園にいる限り、動きは追える」
エイルは頷く。
「監視は」
「不要だ」
即答だった。
「現時点ではな」
エイルはその言葉を理解する。
「……現時点では、ですか」
ヒューギルは答えない。
ただ、窓辺の鴉が羽を広げた。影が一瞬、部屋に落ちる。
ヒューギルが呟く。
「問題は――」
わずかな間。
「あれが何を成そうとするかだ」
エイルは黙ったまま、その言葉を受け止める。
その先にあるものを、想像しながら。




