第97話
第97話
炎が爆ぜた。
グランヴェルの剣から溢れる赤い魔力が、闘技場の空気を震わせる。熱気が一気に広がり、石床に刻まれた魔法陣が淡く光った。守護結界が働き、衝撃と熱を外へ逃がしているのが分かる。
グランヴェルが踏み込む。
爆発的な加速だった。
瞬きほどの時間で間合いが消える。炎を纏った剣が上段から振り下ろされた。轟音と共に炎の斬撃が石床を叩き、衝撃で石片が弾ける。
だが、その一撃は空を切っていた。
半歩。
ほんのわずかな移動で、ルシアンは軌道を外している。
グランヴェルは振り抜いた姿勢のまま笑った。
「避けるか」
振り返りざまに剣を横薙ぎに振る。炎が弧を描き、熱波が空気を歪ませる。ルシアンは剣を合わせた。金属音が鋭く響き、衝撃が腕へ伝わる。
重い。
炎の魔力が刃を伝い、衝撃が骨まで響いた。
ルシアンは一歩後ろへ滑る。靴が石床を擦る音が小さく響いた。
グランヴェルの口元が歪む。
「どうした」
「その程度か?」
次の瞬間、魔力がさらに膨れ上がった。
剣を包む炎が濃くなる。赤い光が闘技場を照らし、熱が一段と強くなる。グランヴェルは一瞬だけ剣を引き、再び踏み込んだ。
速い。
先ほどより明らかに速い。
炎を纏った斬撃が連続で叩き込まれる。上段からの振り下ろし、返す刃で横薙ぎ、間髪入れず突き。炎が剣の軌跡を残し、まるで赤い線が空中に刻まれるようだった。
ルシアンはそれを受け流す。
刃を滑らせ、衝撃を逸らし、最小限の動きで斬撃を外していく。足運びは静かだが正確だった。半歩、斜め後ろ、横へ。炎の斬撃が紙一重で空を切る。
だがグランヴェルは止まらない。
むしろ速度は上がっていた。
観戦しているヴァルクが腕を組んだ。
「……完全に本気だな」
女性護衛が小さく頷く。
「試験の時とは別人ですね」
ヴァルクが苦笑する。
「そりゃそうだ。皇子は本気で戦える相手を待っていたんだからな」
闘技場では炎の嵐が続いていた。
グランヴェルの剣が振り下ろされる。炎が爆ぜ、熱風が広がる。ルシアンは剣を合わせた。轟音と共に衝撃が走る。
だがその瞬間。
ルシアンの剣がわずかに動く。
刃の角度が変わった。
次の瞬間、グランヴェルの剣が弾かれる。ほんの一瞬、重心が崩れる。
その隙をルシアンは逃さない。
踏み込み。
銀の刃が走る。
グランヴェルの瞳が細くなる。咄嗟に身体を捻る。刃が肩口をかすめ、服が裂けた。だが致命傷にはならない。
グランヴェルは後ろへ跳び、距離を取る。
そして笑った。
「いい」
心底楽しそうだった。
「それだ」
剣を構える。炎が再び刃を包む。
「ようやく少し見えてきた」
赤い瞳が鋭く輝く。
「試験の時の動きとは違う」
ルシアンは静かに剣を構え直す。呼吸は乱れていない。視線は落ち着いている。
グランヴェルが言う。
「もっと来い」
炎が揺れる。
「俺の期待に応えてみせろ!」
そして再び踏み込む。
今度の踏み込みはさらに鋭かった。炎が剣から溢れ、斬撃と共に魔力が爆ぜる。横薙ぎ、突き、振り上げ。炎の剣が連続で襲いかかる。
ルシアンは迎え撃つ。
金属音が連続で響く。刃と刃がぶつかり、火花が散る。炎と銀の刃がぶつかるたびに空気が震えた。
その瞬間。
わずかに空気が変わる。
エイルの瞳が細くなる。
「……今のは」
風がわずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ、ルシアンの剣に別の魔力が宿ったのを感じた。だがそれはすぐに消える。まるで見間違いのようだった。
グランヴェルは気づいていない。
ただ楽しそうに笑っている。
「いいぞ」
炎がさらに強くなる。
「もっと見せろ」
闘技場の空気は完全に熱を帯びていた。炎が揺れ、石床の魔法陣が強く光る。
戦いは、まだ終わらない。




