第94話
第94話
部屋の空気は静まり返っていた。
守護者の長は椅子に座ったまま、ゆっくりとルシアンを見ている。その背後の窓辺には、二羽の黒い鴉が止まっていた。翼を休めるように静かに佇んでいるが、鋭い瞳だけがこちらを見ている。
ヴァルクが小さく息を整えた。
ルシアンは一歩前に出る。
「ルシアン・ヴェルグレイヴです」
「知っている」
低く落ち着いた声だった。
「私はヒューギル」
短い名乗り。
その言葉だけで、この場の格がはっきりと示される。
ヒューギルは視線を少し動かし、窓辺の鴉を見る。
「試験の時から見ていた」
その言葉に、ヴァルクがわずかに眉を動かす。
ヒューギルは続けた。
「魔力測定」
「模擬戦」
「すべてだ」
そして、ルシアンを見据える。
「異質な魔力だった」
静かな言葉だった。
「興味を持った」
ルシアンは黙ってその視線を受け止める。
ヒューギルは背もたれに軽く体を預けた。
「皇子も同じだ」
赤い瞳の少年の姿を思い浮かべるように言う。
「グランヴェル・レグナス」
「強い」
短く評価する。
「まだ未熟だが、将来的には人族の大きな戦力になる」
そして再びルシアンを見る。
「お前もだ」
数秒の沈黙。
ヒューギルは続けた。
「人族にとって重要な戦力になる可能性がある」
ヴァルクが小さく息を吐いた。
「皇子をそこまで評価する人はあまりいませんが……」
ヒューギルは特に反応しない。
代わりに、部屋の入り口に立っている女性へ視線を向けた。
「エイル」
女性守護者が静かに頷く。
ヒューギルは言った。
「模擬戦の件だが――」
少し間を置く。
「場所は貸す」
ヴァルクがわずかに目を見開く。
ヒューギルは続けた。
「ただし条件がある」
視線がエイルへ向く。
「エイルの立ち合いのもとで行え」
エイルは静かに言った。
「私が審判役ということですね」
「そうだ」
ヒューギルは短く答える。
「学園の施設で戦う以上、事故は困る」
ルシアンは頷いた。
「分かりました」
ヴァルクも肩をすくめる。
「皇子はむしろ喜ぶでしょう」
ヒューギルはわずかに口元を歪めた。
「だろうな」
そして窓辺の鴉が、静かに羽を震わせた。
ヒューギルはそのまま言う。
「準備が整い次第、エイルが案内する」
その視線が再びルシアンへ向く。
「面白い戦いを見せてもらおう」
静かな声だった。
だが、その言葉には確かな期待が込められていた。




