第93話
第93話
翌朝。
アーカディア学園の門の前には、朝から多くの学生や受験者が行き交っていた。試験を終えた者もまだ街に残っているため、普段より人の流れが多い。
その中を、ルシアンと一人の青年が並んで歩いていた。
「改めて自己紹介をしておこう」
青年が口を開く。
「俺はヴァルク・アルディオン」
背は高く、体格もしっかりしている。腰には剣が下がっており、立ち方一つとっても戦い慣れていることが分かる。
「帝国の武門、アルディオン家の人間だ。将来は騎士団に入る予定になっている」
軽く肩をすくめた。
「まあ、いわば皇子の護衛役だな」
ルシアンは小さく頷いた。
「ルシアンです」
「知っている」
ヴァルクはあっさり言う。
「昨日あれだけ話を聞けばな」
そう言いながら、二人は学園の受付へ向かった。
石造りの建物の中には、受付の机が並んでいる。事務員らしい女性が顔を上げた。
「ご用件は?」
ヴァルクが答える。
「訓練場を借りたい」
「模擬戦をしたいんだ」
女性は少し驚いた顔をした。
「学生ですか?」
「まだ入学前の受験者だ」
女性は困ったように眉を下げた。
「少々お待ちください」
そう言って奥へ引っ込む。
数分後。
奥の方でざわめきが起こった。
「帝国の皇子?」
「それは……」
「学園長に報告を――」
小さな声が聞こえてくる。
ヴァルクが小さくため息をついた。
「やはり大事になるか。皇子が絡むと面倒だな」
その時だった。
ふっと、空気が変わる。
気配の変化はほんのわずかだった。だが、その場にいた者の意識が自然とそちらへ向く。
いつの間にか、一人の女性がそこに立っていた。
長い銀色の髪。落ち着いた瞳。静かな佇まいだが、そこにいるだけで空気が自然と引き締まる。
受付の女性が慌てて立ち上がった。
「守護者様……!」
その言葉に、周囲が一瞬で静まり返る。
ヴァルクが小さく息を吐いた。
「……守護者か」
女性はルシアンたちへ視線を向ける。
「模擬戦をしたいそうですね」
穏やかな声だった。
ルシアンは頷く。
「はい」
「場所を借りることができればと」
女性は少しだけ考え、静かに言った。
「ここで話す内容ではありませんね」
踵を返す。
「ついてきなさい」
二人は顔を見合わせる。
そしてそのまま女性の後を追った。
学園の奥へ進む。一般の学生が立ち入らない区域へ入ると、廊下は急に静かになった。石壁に足音が小さく響く。
やがて一つの部屋の前で女性が止まる。
扉を軽く叩いた。
「お連れしました」
中から落ち着いた声が返る。
「入れ」
扉が開いた。
部屋の奥に、一人の男が座っていた。
ただ椅子に座っているだけ。
だが、その存在感は異様だった。
ルシアンは一瞬だけ目を細める。
(……なるほど)
この男が。
守護者の長。
人類側の均衡を保つ存在。
男はゆっくりと視線を上げた。
そして、ルシアンを見る。
数秒の沈黙。
やがて、わずかに口元を歪めた。
「……ほう」
静かな声だった。
「帝国の皇子が興味を持つわけだ」
その視線は、完全にルシアンへ向けられていた。




