第91話
第91話
アーカディアの夜は、昼とはまた違った賑わいを見せていた。街の中央通りに面した高級レストラン。石造りの落ち着いた店内には柔らかな灯りが灯り、各国の貴族や商人らしき客たちが静かに食事を楽しんでいる。
その奥の席に、ルシアンたちは座っていた。丸いテーブルを囲む四人。グランヴェル、その護衛の青年と女性、そして向かいにルシアン。料理はすでに並んでいる。香ばしく焼かれた肉料理、湯気の立つスープ、焼きたてのパン。学生が食べる食事としては明らかに豪華だった。
テーブルにはそれぞれのグラスが置かれている。中には淡い色の果実水が注がれていた。葡萄や柑橘の果汁を薄く混ぜたもので、ほんのり甘い香りが漂っている。
グランヴェルは椅子にもたれ、ナイフで肉を切りながら言った。
「実のところ、貴様のことは知っていた」
ルシアンの手がわずかに止まる。
グランヴェルは気にした様子もなく続けた。
「アルケシア王国も随分と情報封鎖していたようだが、帝国の諜報機関にとっては大した問題ではない。表向きの話はこうだ。スタンピードによってヴェルグレイヴ伯爵領は壊滅的な被害を受け、生き残りは当時七歳の次男のみ」
肉を口に運び、ゆっくり咀嚼する。
「だが実際は違う。魔族によるスタンピード、その前線に立ち、Sランクの魔物と渡り合い、そして魔族四天王ゼルキスと対峙し、生かされた」
テーブルの空気がわずかに重くなる。護衛の青年が一瞬だけ視線を上げ、女性の護衛も小さく息を吐いたが、二人とも口を挟むことはない。
グランヴェルはグラスを手に取り、軽く揺らした。
「私は当時とても興味が湧いた。同い年でそんなとてつもない存在がいるのかと」
果実水を一口飲む。
「それ以来、音沙汰がない。どこへ行ったのかも分からん」
そしてゆっくりとルシアンを見る。
「だが今回の試験で出会えるかもしれないと思った」
少し笑う。
「なにしろ特徴的な容姿だからな。銀髪に、左右で色の違う瞳。左が金、右が翠。そんな人間は貴様以外にはいないだろう」
グラスをテーブルに置く。
「試験会場で貴様を見た瞬間、すぐ分かった」
ルシアンは黙ってスープを口に運ぶ。否定も肯定もしない。
グランヴェルは構わず続けた。
「そして実際に戦ってみたが、どうだ。他の受験者と比べれば確かに突出していた。それは認めよう。だが――その程度ではないはずだ」
ナイフとフォークを皿に置く。
「俺程度に負けるはずがない」
護衛の青年が苦笑した。
「皇子、自分で言いますか」
グランヴェルは肩をすくめる。
「事実だ。俺も歳の割には強い。だがせいぜいAランクがいいところだろう。Sランクに勝てるとしても可能性はかなり低い」
そしてルシアンを見据える。
「七歳の時点で今の俺と同格の男の現状が、その程度のはずがない」
静かな沈黙が落ちる。店内の音楽と食器の触れ合う音だけが小さく聞こえる。
グランヴェルは椅子にもたれ、腕を組んだ。
「さて」
口元がわずかに歪む。
「どうだ、ルシアン」
鋭い視線を向ける。
「俺の勘は外れているか?」




