第89話
第89話
第四会場の訓練場の空気は、明らかに変わっていた。
先ほどまで続いていた試験の模擬戦とは違う。試合場の中央に立つ二人へ、自然と視線が集まって
互いに剣を構えたまま、数歩の距離で向かい合う。
グランヴェルがわずかに目を細めた。
「……なるほど」
低く呟く。
「やはり多少は楽しめそうだ」
次の瞬間、踏み込んだ。
速い。
剣が横から閃く。
ルシアンは半歩体を引き、刃を滑らせるように受け流す。金属音が鋭く響いた。
だがグランヴェルの攻撃は止まらない。
振り上げ、振り下ろし、すぐに突き。間合いを詰めたまま連撃を重ねる。力任せではない。踏み込みと体重移動がきれいに繋がっている。
(……基礎はかなり高い)
ルシアンは受け流しながら判断する。
十四歳の剣としては十分に強い。普通の騎士団なら若手でも通用するだろう。
グランヴェルの剣が振り下ろされる。
ルシアンは刃を受けるのではなく、横へ流す。刃同士が擦れ、火花が散る。そのまま体を捻り、距離を取る。
だがグランヴェルはすぐに追う。
「逃げるか?」
低く笑う。
「少しは打ち合え」
踏み込み、斬撃。剣の速度がさらに上がる。
受験者たちが思わず声を上げる。
「速い……!」
「皇子の剣、なんて重そうなんだ……!」
ルシアンは防ぎながら後退する。
金属音が連続して響く。
だが数合打ち合ったところで、ルシアンが踏み込んだ。
刃が閃く。
グランヴェルの剣を弾き、懐へ入り込む。短い距離での斬撃。
グランヴェルが体を引く。
だが遅い。
ルシアンの剣が頬を掠めた。
細い線が走り、血がにじむ。
一瞬、試合場の空気が止まった。
「……おい」
「今、皇子に当てたぞ」
ざわめきが広がる。
グランヴェルはゆっくりと頬を指でなぞった。
指先に付いた血を見る。
そして――笑った。
「面白い」
次の瞬間、空気が変わる。
魔力が膨れ上がった。
グランヴェルの剣に炎が宿る。
赤い魔力が刃を包み、熱が周囲へ広がる。空気が揺らぎ、地面の砂がわずかに舞い上がった。
観戦していた受験者たちが思わず後ろへ下がる。
「おい……」
「試験だぞこれ……」
だが教師たちは止めない。
グランヴェルは楽しそうだった。
「いい」
剣を構える。
「もう少し付き合え」
踏み込んだ。
炎を纏った剣が振り下ろされる。
ルシアンは刃を合わせた。
轟音。
衝撃が腕に伝わる。地面がわずかに砕け、砂が弾けた。
ルシアンはそのまま滑るように後退する。
だがグランヴェルは止まらない。
炎の剣を振るい、さらに踏み込む。斬撃が連続して叩き込まれる。炎が刃の軌跡を描き、空気が熱を帯びる。
ルシアンは防ぎながら距離を取る。
だが三撃目。
炎の斬撃が直撃した。
爆発のような衝撃。
ルシアンの体が後ろへ吹き飛ぶ。地面を転がり、数メートル滑った。
砂煙が舞う。
観戦していた受験者たちがざわめく。
「おい……!」
「大丈夫か!?」
煙がゆっくり晴れる。
ルシアンは膝をついていた。肩口の服が裂け、血が滲んでいる。腕も焦げていた。
教師が前へ出る。
「立てるか」
ルシアンはゆっくりと立ち上がる。
少し息が乱れているが、足取りは安定していた。
「……大丈夫です」
教師が短く頷く。
「勝負あり」
グランヴェルの勝利だった。
試合場の空気が少し緩む。
受験者たちの声が広がる。
「よく立てたな……」
「今の普通終わるぞ……」
グランヴェルは黙ってルシアンを見ていた。
頬の傷から血が一筋流れている。
そして、ゆっくりと口元を歪めた。
(妙だ)
さっきの一撃。
本当にまともに受けたのなら、あの程度の怪我では済まない。
グランヴェルは確信していた。
(……こやつめ)
そして――
少しだけ、楽しそうに笑った。




