第87話
第87話
第四会場の訓練場では、実技試験が続いていた。広い石造りの闘技場の中央に円形の試合場が設けられ、周囲では教師たちが静かに観戦している。受験者たちは順番に呼ばれ、三度の模擬戦を行うことになっていた。
ルールは単純だ。
武器は自由。ただし殺傷は禁止。
戦闘不能、場外、降参のいずれかで決着となる。
第一戦を終えた受験者たちは、控えの列で静かに待機していた。勝った者も負けた者も、息を整えながら次の指示を待っている。
ルシアンもその一人だった。
先ほどの一戦は、ほとんど一瞬で終わった。相手は動きこそ悪くなかったが、技量の差がありすぎた。教師たちも特に驚く様子はなく、淡々と記録していた。
しばらくして、再び教師の声が響く。
「受験番号一〇一七」
ルシアンは顔を上げた。
「前へ」
ルシアンは列から歩き出し、試合場へ向かう。
反対側からも一人の受験者が歩いてきた。年齢は同じくらいだが、体格はやや大きい。肩幅が広く、剣を持つ姿勢にも迷いがない。
第一戦の相手とは明らかに雰囲気が違っていた。
(……少しは戦えるか)
ルシアンは静かに剣を構える。
教師が二人の間に立った。
「始め」
次の瞬間、相手が踏み込んだ。
速い。
先ほどの相手とは比べものにならない。地面を蹴る力も強く、剣の軌道にも迷いがない。横から鋭い斬撃が飛ぶ。
ルシアンは半歩だけ身体をずらす。
剣が風を切る。
そのまま相手は連撃へ移る。上段からの振り下ろし、すぐに横薙ぎ。さらに踏み込みながら突き。
動きは荒くない。
(……実戦経験も多少ある)
ルシアンは受け流しながら判断する。
剣を軽く当てて軌道をずらす。踏み込みを読んで距離を保つ。相手は焦らず、間合いを詰め直してくる。
数合、剣が交差した。
金属音が訓練場に響く。
周囲の受験者たちも少しだけ視線を向けていた。
「おい、あの二人……」
「結構やってるな」
小さな声が聞こえる。
相手の剣が再び振り下ろされる。
ルシアンはそれを受け止めず、横へ流す。体勢がわずかに崩れる。その瞬間、踏み込む。
剣の柄で相手の腕を弾いた。
「っ!」
相手が体勢を立て直そうとする。
だが遅い。
ルシアンの剣先が喉元で止まった。
静寂。
相手は数秒だけ動きを止めた。
やがて、ゆっくり息を吐く。
「……参った」
剣を下ろす。
教師が言う。
「そこまで」
試合終了だった。
ルシアンは剣を下ろし、軽く一礼する。相手も同じように礼を返し、試合場を離れた。
列へ戻る。
(……まあ、このくらいか)
ほどよく時間は使った。強すぎる印象も与えていない。ちょうどいい結果だった。
実技試験はまだ続いている。
数試合ほど進んだところで、教師の声が再び響いた。
「次の対戦を発表する」
名簿を確認しながら、順番に番号を読み上げていく。
受験者たちが少しずつざわめく。
やがて教師の声が響いた。
「受験番号一〇一七」
ルシアンは顔を上げる。
「対戦相手――」
一瞬、間があった。
「受験番号一〇四二」
その番号を聞いた瞬間、周囲の空気が少しだけ動いた。
ルシアンの視線が静かに向く。
少し離れた場所に、一人の少年が立っていた。
腕を組み、退屈そうに試合場を眺めている。
レグナス帝国第三皇子。
グランヴェル・レグナス。
その少年が、ゆっくりとこちらを見た。
わずかに口元が歪む。
次の試合は――
ルシアンとグランヴェルだった。




