第86話
第86話
魔法試験が終わると、受験者たちはそのまま第四会場の訓練場に残された。中央に置かれていた巨大な的はすでに片付けられており、代わりに広い空間が確保されている。地面には白い線が引かれ、いくつかの戦闘区域が区切られていた。どうやら複数の試合を同時に行うらしい。
教師の一人が前に出る。
「これより実技試験を行う」
低く落ち着いた声が訓練場に響いた。
「受験者同士で戦ってもらう」
その言葉に、受験者の間に小さなざわめきが広がる。だが教師は構わず続けた。
「試験は三戦。対戦相手はこちらで決める」
名簿を軽く持ち上げる。
「武器の使用は自由。ただし殺傷を目的とした攻撃は禁止」
もう一人の教師が続ける。
「危険と判断した場合はこちらが止める。勝敗だけで評価するわけではない。動き、判断、戦い方、総合的に評価する」
つまり、ただ勝てばいいという試験ではない。
教師は最後に言った。
「では始める」
名簿を見て番号を読み上げる。
「受験番号九三一、九三八。前へ」
最初の試合が始まった。
剣がぶつかる音が訓練場に響く。周囲の受験者たちはそれを取り囲むようにして見ていた。時折、金属音や足音が響く。緊張と興奮が混ざった空気が場を満たしていた。
試合は次々と進んでいく。
受験者の実力差は様々だった。互角の戦いもあれば、あっという間に決着がつくこともある。教師たちは戦いをじっと見ており、何かを紙に書き込んでいた。
やがて――
「受験番号一〇一七」
ルシアンの番号が呼ばれる。
「受験番号九八四」
対戦相手の番号も呼ばれた。
ルシアンは静かに前へ出る。戦闘区域に入ると、向かい側から一人の少年が歩いてきた。短剣を二本持った軽装の戦士だった。体格はルシアンと同じくらいだが、動きは軽い。
「よろしく」
少年が軽く言う。
「ええ」
ルシアンは短く答える。
教師が手を上げた。
「始め」
その瞬間、相手が動いた。
地面を蹴り、一気に距離を詰める。二本の短剣を使った連続攻撃。素早さを活かした戦い方だった。右から斬り込み、すぐに左の短剣が追う。流れるような連撃。
だが――
(……速さだけだな)
ルシアンは半歩だけ動いた。
短剣が空を切る。
相手はすぐに体勢を変え、再び踏み込む。今度は低い位置から斬り上げるような攻撃。さらに回転しながらもう一撃を重ねる。
だが、そのどれもが届かない。
ルシアンは最小限の動きでそれを避けていた。大きく下がることもなく、体をわずかに動かすだけで攻撃の軌道から外れている。
相手の表情が変わる。
「くっ……!」
焦りが浮かぶ。
さらに踏み込み、強引に距離を詰める。短剣を交差させ、同時に振り抜いた。
その瞬間――
ルシアンが動いた。
剣が閃く。
カンッ!
鋭い金属音。
短剣の一本が弾き飛ばされる。
「なっ――」
驚きの声。
次の瞬間、ルシアンの剣が相手の喉元に止まっていた。
完全に間合いを取られている。
もし本気の戦いなら、もう終わっている距離だった。
静止。
数秒の沈黙。
教師が言う。
「そこまで」
短い宣言だった。
「勝者、受験番号一〇一七」
試合は、あっけなく終わった。
ルシアンは剣を下げる。
対戦相手は少し呆然としていたが、やがて苦笑した。
「……強いな」
ルシアンは軽く頷いた。
「あなたも速かった」
それだけ言う。
少年は肩をすくめた。
「全然届かなかったけどな」
互いに一礼し、戦闘区域を離れる。
観戦していた受験者たちが小さくざわめいていた。
「今の見たか?」
「一瞬だったぞ」
「動きが全然違う」
ルシアンはそれを気にする様子もなく元の位置に戻る。
(……このくらいでいい)
一戦目としては十分だ。
派手すぎず、弱すぎもしない。
実力は見せるが、目立ちすぎない。
ちょうどいい勝ち方だった。
試合はまだ続いている。
そして、ルシアンには――
あと二戦残っていた。




