第85話
第85話
昼休憩が終わる頃、第四会場の受験者たちは再び訓練場へ集められていた。先ほどまでそれぞれ散って休んでいた受験者たちも、次第に中央へと集まり、自然と整列していく。昼の空気はまだ少し暖かく、風がゆっくりと学園の敷地を吹き抜けていた。
訓練場の中央には、大きな黒い板のようなものが設置されている。高さは人の背丈ほど。近くで見ると金属とも石ともつかない素材で作られており、表面には細かな魔法陣が幾重にも刻まれていた。魔力を感知するための装置なのだろう。
教師の一人が前へ出る。
「これより魔法試験を行う」
低くよく通る声だった。訓練場のざわめきがゆっくりと静まっていく。
「中央の的に向かって魔法を放て」
教師は後ろの巨大な板を軽く指した。
「これは特殊な魔道具だ。とても頑丈なので安心して全力で魔法を放て。その魔法の威力、発動速度、正確性、魔力制御を確認する」
もう一人の教師が続ける。
「なお試験中は全員、受験番号で呼ぶ。身分や出身は一切関係ない」
その言葉に、受験者の何人かがわずかに顔を引き締めた。王族や貴族が混じっていても、ここではただの受験者に過ぎない。
「順番に行う」
教師が名簿を確認する。
「受験番号九三一」
呼ばれた少年が前に出た。少し緊張した様子で杖を構える。
「ファイアボルト!」
火の魔法が放たれる。
ドン、と鈍い衝撃音。炎が的の中央付近に当たり、表面の魔法陣が淡く光った。
教師は短く言う。
「次」
試験は淡々と進んでいった。
火、水、風、土。
受験者たちはそれぞれ得意な魔法を放つ。威力は様々だった。弱いものは的を軽く揺らす程度。強めの魔法は衝撃音が大きくなる。
それでも、教師たちの表情はほとんど変わらない。記録係が淡々と結果を書き込んでいくだけだった。
やがてルシアンの順番が近づく。
(……派手にやる必要はない)
ルシアンは静かに的を見つめた。魔法試験は実力を見る場だが、ここで目立つ必要はない。魔力測定で紫を出している以上、あまり弱い魔法も不自然になるが――強すぎるのも困る。
ほどほどでいい。
「受験番号一〇一七」
呼ばれる。
ルシアンは列から一歩前へ出た。的までの距離は二十メートルほど。歩幅を止め、軽く右手を上げる。
魔力を流す。
(風でいい)
短い詠唱。
「――ウィンドカッター」
空気が鋭く裂けた。
ヒュン、と細い音。
風の刃が一直線に走り、的の中央に吸い込まれる。
ドン。
鈍い衝撃音が訓練場に響いた。的の魔法陣が少し強く光る。
教師の一人が小さく言った。
「……速いな」
記録係が紙に書き込む。
「次」
それだけだった。
ルシアンは静かに列へ戻る。
(この程度でいい)
威力は抑えた。
発動速度だけ少し速めにした。
評価としては優秀。だが突出はしていない。狙い通りだった。
教師が次の番号を呼ぶ。
「受験番号一〇四二」
一人の少年が前へ出た。
歩き方に迷いがない。まるで試験そのものに興味がないかのような、どこか退屈そうな表情だった。周囲を一瞥する視線には、はっきりとした自信がある。
右手を前へ出す。
その瞬間、空気がわずかに重くなった。
(……)
ルシアンの視線が静かに動く。
魔力が集まっている。
それも、かなり大きい。
詠唱はない。
次の瞬間――炎が生まれた。
拳ほどの火球。
だが、その密度が異常だった。
炎は一瞬で膨れ上がる。
そして放たれた。
ドォォン!!
爆発のような衝撃音が訓練場を揺らした。
炎が一直線に飛び、的に直撃する。衝撃で地面がわずかに震え、的の魔法陣が激しく光った。
周囲の受験者たちが息を呑む。
「なんだ今の……」
「火力がおかしい」
「詠唱してないぞ……」
教師の一人が小さく呟いた。
「……なるほど」
記録係が慌てて書き込む。
受験番号一〇四二の少年は、それをまるで気にしていない。的を一瞥すると、退屈そうに肩をすくめ、ゆっくりと列へ戻った。
周囲を見下ろすような目だった。
ルシアンはその様子を静かに見ていた。
(……あれが)
レグナス帝国第三皇子。
グランヴェル・レグナス。
入学試験首席候補と噂される男。
そして――
同じ第四会場にいる。
魔法試験は、まだ続いていた。




