第81話
第81話
アーカディアに来てから数日が経った。
試験まではまだ時間がある。ルシアンは宿を拠点に、街の様子を見て回っていた。
アーカディアは大陸の中心都市だけあって、王都とも帝国の街とも雰囲気が違う。通りを歩くだけで様々な国の装いが目に入る。商人、冒険者、貴族の子弟。人種も様々だ。人間だけでなく、エルフや獣人の姿も見える。
もちろん街の共通言語は大陸共通語だが、耳慣れない言葉も時折聞こえてくる。
(……さすがに人が多い)
アーカディア学園の試験が近いからか、同年代らしい若者も多かった。剣を腰に下げた者、杖を持つ者、明らかに貴族の装いの者。
ルシアンはそうした人の流れの中を歩きながら、街の構造を頭に入れていく。宿の場所、武具店の位置、鍛錬できそうな広場。必要な情報を静かに整理していた。
その時だった。
「おい! ちゃんと前見て歩け!」
「そっちこそぶつかってきただろうが!」
怒鳴り声が聞こえた。
大通りから少し外れた通りで、男たちが言い争っている。商人と冒険者らしい。木箱がひっくり返り、中身が地面に散らばっていた。
周囲には野次馬が集まり始めている。
その中心に、一人の少年がいた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
明るく、よく通る声だった。
「落ち着きましょう! ほら、荷物も壊れてないみたいですし!」
金色の髪の少年が、慌てた様子で木箱を拾い上げている。
「まず話を――」
「関係ねぇだろ、ガキ!」
怒鳴られても、少年は怯まない。
「関係あります! このまま殴り合いになったら、絶対もっと面倒になりますって!」
必死に両者の間に入る。
少し無鉄砲だが、真っ直ぐだった。
ルシアンは小さく息を吐く。
(……巻き込まれてるな)
そう判断し、一歩前に出た。
「その荷物、こっちにまとめます」
そう言って地面の箱を拾い上げる。
男たちの視線が少しそちらに向いた。
「中身は壊れていませんね」
箱の中を見せる。
それだけで、少し空気が緩む。
「……ちっ」
「まあ、壊れてねぇならいいか」
男たちは不満そうにしながらも荷物を拾い始めた。
やがて騒ぎは収まり、野次馬も散っていく。
静かになった通りで、金髪の少年が振り向いた。
「助かりました!」
明るい声だった。
「俺一人じゃ、ちょっと止めきれそうになくて」
頭をかく。
「いえ」
ルシアンは軽く肩をすくめた。
「あなたが間に入っていたから、収まっただけです」
少年は少し照れたように笑う。
「そうですかね?」
そして姿勢を正す。
「俺、レオンって言います!」
元気よく名乗った。
礼儀はあるが、どこか庶民的な雰囲気が残っている。
ルシアンは短く頷く。
「ルシアンです」
「ルシアンか」
レオンは少し嬉しそうに笑った。
「もしかして、学園の試験ですか?」
「ええ」
「やっぱり!」
レオンは頷く。
「この時期、この街に来る人は大体そうですよね」
そう言って少しだけ拳を握る。
「俺も試験受けるんです」
目は真っ直ぐだった。
「絶対受かるつもりで来ました」
その言葉に嘘はない。
ルシアンは少しだけ目を細める。
「そうですか」
「ええ!」
レオンは笑った。
「試験、頑張りましょう!」
「ええ」
ルシアンも頷く。
短い会話。
だが互いに相手の雰囲気は感じ取っていた。
「じゃあ俺、ちょっと用事があるんで!」
レオンは軽く手を振る。
「また試験で会うかもしれませんね!」
「そうですね」
ルシアンも軽く返した。
レオンは元気よく通りを走っていく。
その背を見送りながら、ルシアンは静かに息を吐いた。
(……勇者)
間違いない。
あの真っ直ぐさ。
あの空気。
一方、レオンも走りながら振り返る。
「……ルシアン、か」
少しだけ笑う。
「なんか強そうだったな」
そして再び走り出した。
入学試験まで、あと一ヶ月。




