第80話
第80話
レグナス帝国の街を抜け、さらに街道を進むこと半日ほど。丘を越えた先で、ルシアンの視界に巨大な城壁が現れた。
それは、これまで見てきたどの都市よりも大きかった。
灰白色の石で築かれた城壁が地平線に沿って長く続いている。塔が等間隔で並び、その上には旗が揺れていた。王国でも帝国でもない紋章――中立都市アーカディアの旗だ。
街道には多くの人がいた。
商隊、旅人、冒険者、貴族の馬車。様々な国の装いが混ざっている。
(……さすがに多いな)
アーカディアは大陸中央の都市だ。交易の要所でもあり、人の往来は常に多い。
ルシアンは人の流れに混じりながら門へ向かった。
巨大な門の前には兵士が立っている。だが、王国や帝国の門番とは雰囲気が違った。鎧の紋章はアーカディアのもの。どの国にも属さない都市の兵だ。
「次」
門番の声に、ルシアンは前に出る。
「目的は?」
「アーカディア学園の入学試験を受けるために来ました」
証明書を差し出す。伯爵家に連なる者であることを示す書状だ。
門番はそれを確認し、小さく頷いた。
「アルケシア王国の貴族か」
「はい」
「問題ない。通れ」
それだけだった。
ルシアンは軽く頭を下げ、門をくぐる。
門を越えた瞬間、空気が変わった。
広い大通り。石畳の道の両側に、背の高い建物が並んでいる。看板には様々な文字が混ざっているが、基本は大陸共通語だ。
商人の呼び声、冒険者の笑い声、馬車の音。
街は活気に満ちていた。
王都とも帝国の街とも違う。もっと雑多で、もっと自由な雰囲気だ。
(……面白い街だ)
ルシアンはしばらく街を歩いた。市場を通り、宿の場所を確認し、街の構造を頭に入れていく。
そして向かう場所は決まっている。
アーカディア学園。
街の中心に近い高台に、その敷地はあった。
巨大な門。
その奥には広大な敷地が広がっている。石造りの校舎、訓練場らしき広場、塔のような建物。普通の学校とは明らかに規模が違う。
門の前にはすでに多くの若者が集まっていた。
年齢は同じくらい。装備を見る限り、剣士、魔法使い、貴族の子弟など様々だ。
門の横には受付が設けられている。
ルシアンは列に並んだ。
順番が来る。
「名前」
「ルシアン・ヴェルグレイヴです」
「出身」
「アルケシア王国」
受付の男は書類を確認し、頷いた。
「入学試験の申し込みで間違いないな」
「はい」
男は一枚の紙を取り出し、ルシアンに渡した。
「受付は完了だ」
そして続ける。
「試験は一ヶ月後に行われる」
ルシアンは紙に目を落とした。
そこには試験の日程と簡単な説明が書かれている。
「それまでに街で準備をしておけ」
「分かりました」
ルシアンは書類を受け取り、軽く頭を下げた。
受付を離れる。
周囲を見ると、同じように申し込みを終えた受験者たちが話している。
「一ヶ月か」
「思ったより余裕あるな」
「宿探さないと」
様々な声が聞こえてくる。
ルシアンは静かに息を吐いた。
(……一ヶ月)
時間はある。
街を見て回ることもできるし、鍛錬もできる。情報も集められる。
そして――
ここには、勇者と聖女も来る。
勇者レオン。
聖女フィアナ。
さらに、レグナス帝国第三皇子――グランヴェル。
バルセリオン王国第二王女――レティシア。
未来の中心になる者たちが、この学園に集まる。
ルシアンは書類を折り、懐にしまった。
視線を上げる。
アーカディア学園の門が、静かにそびえていた。
入学試験まで――あと一ヶ月。




