第78話
3章開始
第78話
王都を出てから数日が過ぎていた。
街道の上を、一人の少年が駆けている。
いや――駆けているというより、滑るように進んでいた。
地面を蹴る。
次の瞬間には数十メートル先にいる。
風が後ろへ流れていく。
普通の旅人なら数日かかる距離でも、ルシアンにとってはそれほど長くない。魔力で身体を強化し、無理のない速度で走り続けている。
急ぐ必要はない。
アーカディア学園の試験日まではまだ余裕がある。
だからこそ、ルシアンは早めに王都を出た。
各地の街を見て回るためだ。
街道を進みながら、ルシアンは周囲を観察する。王都から離れるほど、景色は少しずつ変わっていく。石造りの建物が並ぶ王都とは違い、地方の町は木造の家が多い。市場の規模も小さく、人々の服装や話し方もどこか素朴だ。
そうした違いを見ながら進む。
昼頃、ルシアンは街道沿いの町へ入った。
門の前には簡単な検問所がある。
「止まってください」
門番の男が声をかける。
ルシアンは速度を落とし、門の前で足を止めた。
「どちらから来られましたか」
「王都です」
「目的地は?」
「アーカディアです」
門番はルシアンの姿を一度確認する。年齢はまだ若い。だが旅人の装備は整っている。
「身分証の確認をお願いできますか」
「はい」
ルシアンは荷袋から一枚の証書を取り出した。
伯爵家の紋章が刻まれた証明書。
門番はそれを受け取り、丁寧に確認する。
表情がわずかに変わった。
「……伯爵家の方でしたか」
すぐに証書を返す。
「失礼いたしました」
「いえ」
ルシアンは軽く首を振る。
門番は門を開く。
「どうぞお通りください」
「ありがとうございます」
ルシアンは町の中へ入った。
市場には人が集まり、屋台が並び、商人の声が響いている。地方の町らしい穏やかな空気だ。
ルシアンは少し歩き、簡単に食料を補充した。パンと干し肉。それだけあれば十分だ。
長居するつもりはない。
街を出ると、再び街道へ戻る。
軽く身体をほぐし、地面を蹴る。
次の瞬間には風が吹き抜けた。
ルシアンの姿はすぐに街道の先へ消える。
森を抜け、丘を越え、街道は続く。
大陸の中央。
中立都市アーカディア。
その都市には、多くの人間が集まる。
王族、貴族、魔導士、騎士、そして未来の英雄たち。
ルシアンは走りながら小さく息を吐いた。
(……もうすぐだ)
アーカディア。
そして――アーカディア学園。
新しい舞台は、確実に近づいていた。




