第77話
第77話
王都の朝はまだ静かだった。
夜の冷気がわずかに残る通りに、薄い朝日が差し始めている。街はまだ完全には目を覚ましていない。店の扉も閉じられたまま、人通りもほとんどない。
ルシアンは家の扉を静かに閉めた。
背には小さな荷袋。だが本当に必要なものは多くない。武器や装備の大半は影の中に収めてある。
しばらく王都を離れる。
目的地は決まっていた。
中立都市アーカディア。
そして――アーカディア学園。
門の前まで歩いたところで、人影に気付く。
「早いな」
落ち着いた声だった。
兄――アルベルトが門柱にもたれて立っていた。
腕を組み、こちらを見ている。
ルシアンは少しだけ肩をすくめた。
「兄さんこそ」
「今日はお前の旅立ちの日だろ」
アルベルトは小さく笑う。
「見送りくらいはする」
短い沈黙が落ちる。
王都の朝の空気は冷たいが、不思議と悪くない静けさだった。
「……本当に行くんだな」
「はい」
迷いなく答える。
アーカディア学園。
大陸中から優秀な若者が集まる場所。勇者や聖女も目指している学園。
そして――世界の中心に近い場所でもある。
アルベルトは数秒ルシアンを見ていた。
やがて小さく息を吐く。
「まあ、お前なら大丈夫だろう」
それだけだった。
心配していないわけではない。だが、余計なことを言う兄ではない。
ルシアンは少しだけ笑った。
「兄さんも体には気をつけてください」
「お前に言われるとはな」
アルベルトが肩をすくめる。
その時だった。
「……出るところか」
後ろから低い声がした。
二人が振り返る。
そこには一人の男が立っていた。
アレクシス。
公爵家の当主だ。
外套を羽織り、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
アルベルトが軽く頭を下げた。
「公爵」
ルシアンも同じように頭を下げる。
「アレクシス様」
アレクシスは二人の前で足を止めた。
「今日発つと聞いた」
「はい」
短い返事。
アレクシスはルシアンを少しの間見ていた。
「アーカディア学園か」
小さく呟く。
「あそこは面白い場所だ」
一拍置く。
「大陸中の人間が集まる」
王族、貴族、冒険者、魔導士。
様々な背景を持つ若者が集まる場所。
アレクシスは腕を組んだ。
「よく見てこい」
「……はい」
ルシアンは頷いた。
アレクシスはふと思い出したように言う。
「それと…」
視線がわずかに緩む。
「クラリスによろしくな」
ルシアンは少しだけ笑った。
「分かりました」
クラリスはすでにアーカディア学園にいる。しかも学園でもトップクラスの優等生だ。
再会することになるだろう。
しばらく沈黙が続く。
やがてルシアンは荷袋を背負い直した。
「それでは」
軽く頭を下げる。
「行ってきます」
アルベルトが軽く手を上げた。
「行ってこい」
アレクシスも静かに頷く。
「ああ」
短い言葉だった。
それで十分だった。
ルシアンは振り返らず歩き出す。
石畳を踏む音が静かに響く。
王都の門を抜け、その先の道へ。
中立都市アーカディア。
そして――アーカディア学園。
新しい舞台へ向けて、ルシアンの旅が始まった。
2章終了
次回からは3章になります。




