第75話
第75話
王都の朝は穏やかだった。
空はよく晴れており、街の上には柔らかな光が降りている。遠くから聞こえるのは市場の喧騒や人々の話し声。平和な日常の音だった。
ルシアンはその喧騒から少し離れた場所にいた。
日課の鍛錬の時間だ。
王都の外れにある小さな空き地。朝のこの時間は人も少なく、体を動かすにはちょうどいい場所だった。
ルシアンはゆっくりと剣を振る。
風を切る音。
動きは正確で無駄がない。何度も繰り返してきた基本の動きだった。踏み込み、斬る。引き、構える。呼吸を整え、また振る。
汗が額を伝う。
剣を振る動きは単純だが、集中は切らさない。体の動き、魔力の流れ、足の位置。すべてを一つ一つ確かめる。
その時だった。
――ズンッ
突然、意識が揺れた。
ルシアンの足が止まる。
「……?」
頭の奥で、何かが弾けた。
次の瞬間――
膨大な記憶が流れ込んできた。
山岳地帯。
魔力の濃い岩山。
ドワーフの集落。
バルグラム。
巨大な地竜との戦い。
三柱の神。
封印。
吸収。
力。
すべてが一気に押し寄せる。
「……っ!」
ルシアンの身体がぐらりと揺れる。思わず片膝をついた。
頭の奥が焼けるように熱い。
記憶だけではない。
力も流れ込んでいる。
神の力。
風の神、戦いの神、影の神。
三柱の神の力が、一気に身体の中へ流れ込んできた。
魔力が膨れ上がる。
制御を誤れば暴発しかねないほどの量だった。
「……くっ」
ルシアンは歯を食いしばる。
呼吸を整える。
流れ込んでくる力を、無理に止めない。受け止める。流れを読む。暴れさせない。
数分。
いや、実際にはもっと短かったのかもしれない。
だが体感では長かった。
やがて――
流れが落ち着き始める。
膨れ上がっていた魔力が、ゆっくりと収まっていく。
ルシアンは深く息を吐いた。
「……統合、したか」
小さく呟く。
頭の中には、もうはっきりと山岳地帯での出来事が残っていた。
ドワーフの集落。
バルグラム。
ボルグラム。
そして――新しい武器。
ルシアンはゆっくりと立ち上がる。
足元の影がわずかに揺れた。
その影の中に、確かに存在している。
あの剣。
そして、神の力。
ルシアンは空を見上げた。
青い空。
穏やかな王都の朝。
だがその身体の中には、以前とはまったく違う力が宿っている。
「……少し、強くなりすぎたか」
小さく笑う。
だが、悪い気分ではなかった。
ルシアンはもう一度剣を構える。
今度はゆっくりと振る。
風が動いた。
ほんのわずか。
だが、以前とは明らかに違う感触だった。
新しい力。
新しい武器。
そして、新しい段階。
ルシアンの物語は、ここからさらに大きく動き始める。




