第73話
第73話
翌朝。
山岳地帯の空気は冷たく、夜の宴の熱気が嘘のように静かだった。集落の外れ、岩壁に囲まれた入口付近で、ルシアンは足を止めていた。
肩には新しい剣。
バルグラムが打った刃は、鞘に収まっていてもわずかに存在感を放っている。魔力の流れが自然に馴染んでいるのが分かった。
すでに何人かのドワーフが集まっている。昨夜の宴で顔を合わせた者たちだった。
「もう行くのか」
腕を組んだドワーフが言う。
「もう少し飲んでいけばいいのによ」
別のドワーフが笑う。
ルシアンは小さく頭を下げた。
「長くお世話になりました」
「はは、真面目なやつだな」
ドワーフたちは豪快に笑う。
そこへ、足音が近づいた。
バルグラムだった。
肩に大斧を担ぎ、いつものように無駄のない足取りで歩いてくる。その後ろにはボルグラムの姿もあった。
ルシアンは二人の前で足を止める。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……本当に、最高の武器をありがとうございます」
腰の剣に手を添える。
「この剣、大切に使います」
バルグラムは腕を組んだまま、少しだけ鼻を鳴らした。
「当然だ」
短く言う。
「俺が打ったんだからな」
だが、すぐに表情を少し緩める。
「……俺こそ、本当に感謝してる」
低い声だった。
「お前がいなきゃ、あの素材は手に入らなかった」
一拍。
「長にもなれてなかっただろうな」
ルシアンは小さく首を振る。
「バルグラムさんの実力です」
「……そういうことにしておく」
小さく笑う。
ボルグラムが一歩前に出る。
「若いの」
ルシアンが視線を向ける。
「お前が何を背負っているのか、詳しくは聞かん」
静かな声だった。
「だが、いつかまたこの山に来ることがあれば」
顎で集落を示す。
「ここを訪ねるといい」
「歓迎しよう」
ルシアンは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして顔を上げる。
バルグラムと目が合う。
ルシアンは軽く笑った。
「……また来ます」
短い言葉だった。
バルグラムは頷く。
「ああ」
一拍。
「その時は、もっと強くなって来い」
ルシアンは剣に手を置いた。
「ええ」
そして踵を返す。
岩山の道をゆっくりと歩き出す。振り返らない。
背後では、ドワーフたちが腕を組んで見送っていた。
バルグラムがぽつりと呟く。
「……変なガキだったな」
ボルグラムが小さく笑う。
「そうだな」
しばらく二人はその背を見ていた。
やがてルシアンの姿は、山岳の岩場の向こうへ消えていった。
冷たい風が吹き抜ける。
だが、その背には確かな刃があった。
新しい武器とともに、ルシアンは再び旅へ出た。




