第72話
第72話
鍛冶場にはまだ熱気が残っていた。
完成したばかりの剣を手にしたルシアンの周囲で、ドワーフたちはざわめいている。誰もが刃を見ていた。魔鉱石と地竜の素材から打たれたその剣は、ただそこにあるだけで静かな存在感を放っている。
しばらく沈黙が続いたあと、低い声が響いた。
「……文句はねぇな」
口を開いたのはボルグラムだった。
腕を組み、鍛冶場に集まったドワーフたちをゆっくり見渡す。
「高純度の魔鉱石を扱い、あれほどの武器を二つ打った」
一拍。
「それも一人でだ」
視線が候補者たちへ向く。
「まだ異論がある者はいるか?」
鍛冶場は静まり返った。
数人のドワーフが互いに顔を見合わせる。
やがて、一人の大柄なドワーフが前に出た。以前、長の候補者として名が挙がっていた男だった。
腕を組み、バルグラムを見つめる。
「……ねぇな」
短く言う。
「あの武器を見せられて文句言うやつは、鍛冶を知らねぇ」
別のドワーフが鼻を鳴らす。
「同感だ」
「俺もだ」
次々と声が上がる。
「認める」
「文句ねぇ」
「長はバルグラムだ」
空気が変わった。
ボルグラムは静かに頷く。
「……決まりだな」
ゆっくりと宣言する。
「バルグラム・ドゥルガン」
視線が向けられる。
「お前が次の長だ」
一瞬、鍛冶場が静まり返った。
そして――
「おおおおお!!」
歓声が爆発した。
ドワーフたちが斧を掲げ、拳を振り上げる。
「長だ!」
「決まったぞ!」
「宴だ!!」
誰かが叫んだ。
「今日は宴だ!!」
それに応えるように声が広がる。
「酒を出せ!」
「肉を焼け!」
「鍛冶場を閉めろ!」
鍛冶場の空気が一気に変わった。仕事の空気から、祝いの空気へ。
バルグラムは腕を組んだまま、少しだけ息を吐く。
「……騒がしいな」
だが、口元はわずかに緩んでいた。
その日の夜。
集落の広場には火が焚かれ、大量の肉が焼かれていた。酒樽が並び、ドワーフたちは大声で笑いながら杯をぶつけている。
宴だった。
長の誕生。
そして、最高の武器の完成。
祝いには十分すぎる理由だった。
「レイヴン!」
ドワーフの一人が大声で呼ぶ。
「こっち来い!」
「飲め!」
「人間も飲めるだろ!」
ルシアンは苦笑しながら杯を受け取る。
周囲ではドワーフたちが肩を組み、大声で歌っている。
少し離れた場所では、バルグラムとボルグラムが酒を飲んでいた。
ルシアンはそこへ歩み寄る。
「楽しんでいるか」
ボルグラムが言う。
「はい」
ルシアンは頷く。
「とても賑やかですね」
バルグラムが鼻を鳴らす。
「いつもこんなもんだ」
杯を傾ける。
少しだけ間が空いた。
ルシアンは二人を見て、静かに言う。
「……一つ、お伝えしておきたいことがあります」
二人の視線が向く。
「明日、この集落を立とうと思います」
短い沈黙が落ちた。
バルグラムが眉を動かす。
「……もう行くのか」
「はい」
ルシアンは頷く。
「やるべきことがありますから」
ボルグラムはしばらくルシアンを見ていた。
そして静かに言う。
「そうか」
短い言葉だった。
だが、その目は少しだけ柔らかかった。
宴の火はまだ高く燃えている。
ドワーフたちの笑い声は、夜遅くまで続いていた。




