第70話
第70話
あれから数日が経っていた。ドワーフの集落での生活にも、ルシアンは少しずつ慣れてきていた。岩山の内部を削って造られた街は思っていたより広く、どこかで必ず鍛冶炉の音が響いている。鉄を打つ音と炉の熱気が、この集落の空気そのもののようだった。
武器が完成するまでの間、ルシアンはただ待っていたわけではない。むしろ、ほとんどの時間を外で過ごしていた。
朝は山へ出る。岩場を走り、体を動かす。魔力の流れを確かめ、影を使った移動の感覚を何度も繰り返し確認する。神の力を取り込んでからまだ日が浅い。制御は出来ているが、身体に完全に馴染ませるには時間が必要だった。
風の流れを読む。影の位置を確認する。魔力を抑え、必要な時だけ引き出す。
山岳地帯の険しい地形は鍛錬には都合がよかった。
そんなある日だった。
鍛錬を終え、岩場で休んでいると、数人のドワーフが近づいてきた。腕を組んだまま、じっとこちらを見ている。そのうちの一人が言った。
「おい、人間。レイヴンとか言ったか?」
ルシアンは顔を上げる。
「はい」
短く答えると、ドワーフは鼻を鳴らした。
「バルグラムの連れてきたやつだろ」
「そうです」
少しの沈黙。ドワーフは腕を組み直す。
「……なら」
口元がわずかに歪む。
「お前の腕っぷしを見せてみろ」
ルシアンは少しだけ目を細める。
「どういう意味ですか?」
すると別のドワーフが笑った。
「決まってるだろ。腕相撲だ」
周囲のドワーフがにやりと笑う。ドワーフは力自慢の種族だ。力を試すなら、これ以上分かりやすい方法はない。
「嫌ならいいがな」
「人間じゃ無理か?」
挑発だった。
ルシアンは静かに立ち上がる。
「構いません」
岩の上に腕を置く。ドワーフも腕を置いた。
「よし」
「いくぞ」
「三」
「二」
「一」
力がぶつかる。
ドワーフの腕は太く、筋肉も重い。普通の人間ならまず勝てない力だ。
だが――ルシアンの腕は微動だにしなかった。
「……っ」
ドワーフの顔が歪む。押す。さらに押す。しかし動かない。
そして次の瞬間。
ドンッ。
ドワーフの腕が岩へ叩きつけられた。
周囲が静まる。
「……は?」
「おいおい」
別のドワーフが言う。
「もう一回だ」
結果は同じだった。三人目、四人目とドワーフたちは次々と挑んでくるが、誰も勝てない。
「……ちっ」
「見かけによらず力があるな」
「人間のくせにやるじゃねぇか」
文句を言いながらも、どこか楽しそうだった。
それから変わった。狩りに誘われるようになった。山岳地帯の魔物を追い、ドワーフたちと並んで戦う。
「右行ったぞ!」
「任せろ!」
斧が振るわれ、魔物が倒れる。ルシアンが動く。死角からの一撃で別の魔物を仕留める。
「……悪くねぇな」
「やるじゃねぇか」
そんな言葉が聞こえるようになっていた。
最初は警戒していたドワーフたちも、今では普通に声をかけてくる。種族が違っても、強さは分かる。腕があれば認める。それがドワーフだった。
そして――その日。
鍛冶場の方から、大きな音が響いた。
ガンッ!!
重い鉄を叩く音。何度も聞いてきた音だが、今日は少し違う。集落の空気がわずかに変わる。
「……終わったか」
近くにいたドワーフが呟いた。ルシアンも視線を向ける。
鍛冶場の奥、炉の炎がまだ強く燃えている。そしてその中央に――バルグラムが立っていた。
巨大な金床の上には、一振りの剣が置かれている。
まだ赤熱している刃。
だが形はすでに完成していた。
細く、長い刃。魔鉱石と地竜の素材を混ぜて打たれたそれは、わずかに黒い光を帯びている。
魔力が流れていた。
静かに、だが確実に。
バルグラムはその剣をじっと見ている。
そして――
ゆっくりと口を開いた。
「……出来た」
低い声だった。




