第68話
第六十八話
静かな室内に、短い沈黙が流れていた。
ボルグラムは椅子に腰を下ろしたまま腕を組み、目の前の少年をじっと見ている。鋭い目だったが、敵意ではない。長として相手を見極める視線だった。
ルシアンは一歩前へ出る。
「改めて、お礼を申し上げます」
深く頭を下げた。
「バルグラムさんには山岳地帯で多くの助力をいただきました。そしてこうして集落へ迎えていただいたことにも、感謝しています」
ボルグラムはしばらく黙って聞いていた。
やがて小さく息を吐く。
「礼をするのはこちらの方だ」
低い声だった。
「息子を助けていただいたようだしな」
その言葉にルシアンは顔を上げる。
「助けたというほどではありません」
静かに答える。
「お互いに協力しただけです」
ボルグラムは小さく頷いた。
「それでもだ。ドワーフは恩を忘れん」
短い言葉だったが、そこには揺るがない価値観があった。
しばらくして、ボルグラムは腕を組み直す。
「不躾で悪いが」
一拍置いて言う。
「それとは別として聞かせてもらいたい」
視線がわずかに鋭くなる。
「人間の子供が、こんな山の奥に一人でいる事情とは何かね」
静かな問いだった。
だが長として当然の疑問でもある。
ルシアンは少しだけ考え――答えた。
「神託を受けました」
短い言葉。
室内の空気がわずかに変わる。
バルグラムは腕を組んだまま、少しだけ眉を動かした。
「そのため、この山岳地帯に来ました」
ボルグラムの眉がわずかに上がる。
「……神託」
「はい」
「内容は?」
ルシアンは静かに首を振る。
「申し訳ありません。それは言えません」
短い沈黙。
ボルグラムはルシアンをじっと見ていた。嘘を見抜こうとするような視線だったが、やがて小さく息を吐く。
「神託ということは」
ゆっくり言う。
「いずれかの神の加護、あるいは寵愛を受けているということか」
ルシアンは否定しない。静かに頷くだけだった。
ボルグラムは腕を組んだまま、少しだけ天井を見上げる。
「……この時代にしては珍しい」
低く呟く。
神の声を聞く者は、昔ほど存在しない。
ドワーフの集落でも、ここ数十年そういった話は聞いたことがなかった。
再び視線がルシアンへ戻る。
「事情は分かった」
落ち着いた声だった。
「無理に聞いてしまい、申し訳ない」
長としての謝罪だった。
ルシアンは小さく頭を下げる。
「いえ」
「当然の疑問です」
その答えに、ボルグラムの口元がわずかに緩む。
そして横にいる息子へ視線を向けた。
「……なるほどな」
短く呟く。
「お前が気に入るわけだ」
バルグラムは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「悪い奴じゃねぇ」
それだけだった。
だが、その言葉には確かな信頼が込められていた。




